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『見送ル〜ある臨床医の告白』『ラダック 懐かしい未来』『むらさきのスカートの女』『キュー』

book
09 /11 2019
ずいぶん前に読んでブログにメモを残しておいた「見送ル」から、昨日読み終えた「キュー」までの感想メモ。
私は寝る前の短時間しか読書しないのですが、最近ベッドに入るや否やすぐ寝落ちしてしまい、ほとんど本を読んでません。先日ベッド脇の積ん読本の山が崩れ落ちました。そしたら中から図書館に返却し忘れてる本や、とある先生から借りっぱなしの本が出てきて焦りました。しまった〜!(大汗)

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『見送ル〜ある臨床医の告白』里見清一:著
『偽善の医療』『衆愚の病理』の著者が描く、医者と病院と患者の真実。「小説」でしか描けない、現役医師だけが知る病院の現実。(「BOOK」データベースより)
一応小説の形を取っていますがほぼ自伝のようです。この著者の医療エッセイをいくつか読みましたが、歯に絹着せぬ物言いが癖になります(笑)
患者をえこひいきするなんて当然と開き直るこの先生、年寄りに冷たいところがガックリきますが、それでも臨床医として、非常に優秀かつ頼りになる医師だと思います。
ともかく熱量の多い人らしく、良くも悪くも激しい人で恐ろしく優秀、時に若い女性の喘息患者に対して恋愛感情まで持ちます。反対に無能な人間に対する罵り方も半端ない。この人の患者として大事にされたら、これほどいい先生はいないでしょうが、この人の下についた気の利かない研修医は地獄でしょう。

私も大病していくつか思ったことがあります。
当たってるか否か分かりませんが、名医とは知識と技術が高いのは当然ですが、もしかしたら「勘」も大事なのでは?と思いました。もちろん高い知識に裏打ちされた勘じゃないと怖いですけど。
この先生は内科医ながら転移したガンに抗がん剤後、セオリーとは異なる自らの勘を信じ、ある外科手術をオーダーします。内科医と外科医はあまり仲が良くないらしいのですが(病院の内情をいろいろバラしてます)そういう院内の力関係などには囚われず、ひらめきを大事にして成功した例が出てきます。
反対に難しいケース(18歳の小細胞癌!)で手術に踏み切り、癌治療は上手くいったのに、思いがけない原因で患者が亡くなってしまった例ではどんな名医にも超えられない不条理な運命を感じました。

怖いと思ったのは、(里見先生の後輩医師の)60代男性肺がん患者の話。
もう打つ手が無くなった最終段階にも、「自分が後悔したくないから」と、徹底的な治療を望む患者の娘に担当医は翻弄されます。読んでてゾッとしました。大病したら、元気なうちに家族にはちゃんと伝えておかないと、死ぬに死ねないひどい状態にされそうです。しかし考えてみると、これは無理で無駄な治療を長年してきた医療、死を敗北とし最後まで諦めないのを良しとする医療が人々に植え付た価値観なのかもと思いました。

この先生は素晴らしい医師とは思うものの、違和感もあります。
先にも言った”えこひいき上等”な性格のため、命の選別の姿勢がきっぱりしていることです。私も高齢者に対する積極治療は必要ないと同意するものの、神様じゃないのだから医療者に命を選別する権利はあるのだろうか?と疑問を持ちました。この調子で選別されていくと、「社会の役に立たない者は死ね」となりそうで、ちょっと怖いです。

『ラダック 懐かしい未来』ヘレナ ノーバーグ・ホッジ :著
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押し寄せる近代化と開発の波の中でヒマラヤの辺境はどこへ向かうのか?ラダックに学ぶ環境と地域社会の未来。
「リトル・チベット」と呼ばれるヒマラヤの秘境に押し寄せるグローバライゼーションの波。伝統的社会システムを再認識した上で新たな価値観や社会システムを創造していく道筋をラダックに学ぶ。

’70年代半ば、言語人類学者としてインド北部ヒマラヤラダック地方にフィールドワークに入ったスェーデン人の著者が見た理想郷。
第1章のこの伝統的な暮らしは本当に感心する点が多く、人間にとって根本的な幸せとは?と考えさせられます。そしてそれが’80年代に入り観光開発に伴い、貨幣経済の洗礼を受け、生活、人間関係、環境が急速に変化していきます。しかしこの本は失ったものを懐かしみ、グローバリゼーションを批判して終わるものではありません。もう一度伝統的な文化を守りつつ再生しようとした試みの記録です。
著者はここラダックの暮らしがとても環境循環型であり、相互協力的で、人間関係にストレスが少なく、先進国に比べ人々が幸福であると確信します。
しかし’80年代に入り、海外から観光客がきたことで急激に貨幣経済と都市化が進み、人々が自分たちを遅れていると自信を喪失し、見る見る人間関係にも影響を及ぼしていく過程を真近で観察してきました。
そこから著者たちは再生可能エネルギーによる伝統的な農業や生活を目指し、活動を始めます。
レー(ラダックの中心地)にセンターを作り太陽光壁の住居を普及させ、活動を始めるのが1984年です。未だ手をこまねいている先進国に比べ素早い対応です。もちろん小規模だからできることですが、どこよりも遅れていたはずの暮らしが時代の最先端になるという、それが「懐かしい未来」というタイトルに込められているのです。
この地の循環型の暮らしは、とことん全てを使い倒します。ボロボロの布から、食料、人糞まで、ここには「無駄」という概念がない暮らしです。もちろん貧しい故なんですが、これを先進国でやったら色んな問題が一気に解決しそうです。
この地が’80年代に環境破壊を考え、再生エネルギーの家が普及を始めたのに比べ、何度も石油ショックや原発事故で再生エネルギーへの転換が叫ばれつつも今ひとつ普及しない日本は、もはや夏の暑さでエアコンを一晩中切れない暮らし。よく考えると怖いです。そういう我が家も太陽光を何度か検討しつつも、設置の値段の高さで二の足踏んでます。
それにしても昨今の異常な夏の暑さ、加えてアマゾンの森林火災。少し前に言われていた以上に、温暖化は急速に進んでいて、もしや人類の滅亡は近いのか?と悲観的な気分になってきます。

ラダックは2009年インド映画『きっと、うまくいく』(日本公開2013年)のラスト、主人公が暮らす美しい湖パンゴンツォの風景で有名になりました。主人公は環境に優しい発明をしながら、この地で貧しい子供達のために小学校を運営しています。
またチベット仏教の教えは西洋の一神教の価値観とは根本から異なります。「あらゆるものは相互に依存する関係にあり、「あなた」と「私」、「心」と「もの」という分類も区別も消失し一つに溶け合う。「自己」や「我」も結局宇宙のいかなるものと分離しては存在しない。」とチベット仏教の僧が著者に言う言葉は、アジア人の我々にはどこか懐かしいような不思議な魅力も感じます。

『むらさきのスカートの女』 今村夏子 :著
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最新の芥川賞受賞作を早速読んでみました。
スイスイ読めます。読みやすいです。でもなんというか、何がどういう風に面白いのか?分からない感じなのです。
そもそも芥川賞に面白いもんなし、というのが私の印象でしたが、最近の作品では『コンビニ人間』は確かに面白かったです。コンビニという舞台に時代を映してて、これは面白さの説明がつくような…気がします。鉄壁のマニュアルがあるコンビニという世界だから、変容した人間関係も、奇妙に成長を拒否した人間も、生きていけると思わせてくれました(完全に読み違えてる気もします)。
この小説も『コンビニ人間』と同じように、奇妙なおかしみや危うさが描かれているのですが、それが何なのかよく分かりません。選考委員の批評によるとむらさきのスカートの女と語り手である黄色のカーディガンの女は同一人物?みたいなことも書いてありますが、確かに最後に入れ替わるものの、同一人物ってことはないと思うのですが…。そもそもむらさきのスカートの女は読み進めていくと全く平凡な普通の女なのです。語り手の黄色のカーディガンの女は異常な執着でむらさきの女のストーカーと化しているのですが、何がそれほど彼女を惹きつけるのか私には全く分かりませんでした。
う〜ん、読みやすいけど何だか色々と腑に落ちません。本の内容がというより、芥川賞って何だか”ヘンテコで賞”になりつつあるのかしら?それに「むらさきのスカート」って言ってるのになんで表紙は水玉のスカートなん?

『キュー』上田 岳弘 :著
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『ニムロッド』で芥川賞を受賞した著者の最新作。
心療内科医の立花徹が主人公と思って読み始めると……。
一人称形式ですが、この「わたし」が立花徹以外にもたくさんいます。頻繁に切り替わる構成で、1行開けて別の「わたし」の話になるため、最初はこの「わたし」は誰?と思いつつ読みました。
「わたし」は徹の高校時代の同級生だった藤堂恭子(広島の原爆直下で焼かれ亡くなった少女の記憶を持つ)だったり、徹の祖父立花茂樹だったり、満州国を作った石原莞爾という実在の人物だったり、700年後に冷凍睡眠から目覚めた最後の人間だったり、人間そっくりなアンドロイド(Rejected People)だったりします。時代も戦前から現代、700年後と頻繁に入れ替わります。さらに太字の部分はAI?によるこの世界の人類の歴史というのか、小説の補足になっています。

ベースに石原莞爾の「世界最終戦争論」という実在の軍事思想から着想を得た(らしい)世界が進むべき2つの針路、「錐(すい)国ギムレッツ」と「等国レヴェラーズ」という2つ結社?が秘密裏に攻防を続けているという設定。
「錐国」は全人格を注ぎ込んだ全てを兼ね備えた人間を頂点に担ぐ体制。こちらは絶対君主制の北朝鮮やら日本の戦時中の天皇中心の軍国主義やら、一応イメージできます。その頂点に立花茂樹の脳が使われているんだそうで、孫である徹は対立する「等国」に拉致されます。祖父立花茂樹は戦中は石原莞爾の片腕として、戦後はフィクサーとして暗躍した非常に頭のいい人なんですが、’70年代狭山の地下でAll Thingという謎の物質に触れたことをきっかけに50年以上寝たきりになり(おそらくこの間彼の脳は錐国の頂点として機能?)、しかし突然目覚め行方不明になります。そして徹は自分を拉致した武藤という「等国」の調査員と共に祖父の行方を追います。
対する「等国」は昔選挙権は男性にしかなかったものが女性にも解放されたように、全ての権限を砕いていく社会らしいのですが、原始共産制とかアナキズムみたいのを目指してるのか?私にはイマイチイメージできませんでした。
全ての人格を注ぎ込んだ究極の雛形指導者とか、全ての権限を解放する究極の平等とか、どちらも「個」の境界を払うことで成せるなら、結局同じゴールに行き着きそうじゃない?とつい思ってしまいましたが、一体何を目指しているのやら?
それから徹の高校の同級生藤堂恭子は原爆で亡くなった前世の記憶があるというだけでなく、第2次大戦が”入っている”という女性で、うちの夫と対抗できるほど第2次大戦に関する全ての知識が入っています。彼女が何者かはいずれ分かるのですが、まあ事ほど左様にヘンテコな話です。

しかし荒唐無稽なようで、どこか既視感もあります。わたしはSFを読まないので分かりませんが、おそらく「全ての”個”の枠が取り払われ、個体は境界線をなくす」という発想は極端な全体主義を表すのか?また児童文学の『どろんころんど』がそうでしたが、究極の平和を目指す発想としてもあると思います。『どろんこ』は人類は戦争に嫌気がさし、絶対平和を目指し一体化し泥の海になります。そこをロボット達が人間を探して旅する話でした。全然違うけれど「惑星ソラリス」もソラリスの生命体って海じゃなかったっけ?
あ、それに「「あなた」と「私」、「心」と「もの」という分類も区別も消失し一つに溶け合う」って上で感想を書いた『ラダック』にあったチベット仏教にも通じていません?そうか!もしやこれって仏教の考え方なのかしら?
それからAll Thingはオレンジ色の板状の形状で、そこから何でも(人造人間も)生み出せます。これはモノリス(『2001年宇宙の旅』)を思い出しました。

聞きなれない言葉がたくさん出てくるし、切り替わりが多すぎるし、時代が戦前から700年後まで飛ぶので、読みやすくはないけれど、あまりに変テコかつ怒涛の展開のため、読み出したら止まらなくなって、夜更かししてしまいました。
パーミッションポイントという言葉が繰り返し出てきますが、今まさに「シンギュラリティ」とやらAIが人間の知能を超えることが現実に問題になってるので、”言語”も”個”もなくなる設定もありかも?
700年後、冷凍から目覚めた最後の(生身の)人間が「生まれてきたことに怒りしかなく、引きこもりで薬のオーバードーズで廃人になった日本の若者」という設定も切なく、藤堂恭子が700年後、女型の人造人間Rejected Peopleとして生まれ変わり、最後の人間と最後の人造人間の2人はともにテニアン島で暮らし、恭子(女型の人造人間)が一人迎えるラスト。
恭子という女性は広島の原爆で亡くなり、現代では第2次大戦の記憶とともに生き、未来では人造人間として原爆を積んだB29が飛び立ったテニアン島で暮らす。ずっと通底に響く憲法9条。
戦争を重要なモチーフにして、人類の行き着く先までも描いているので、「人間はどこに行くのか?」みたいな壮大な物語として読めます。が、私にはこの小説が何を言いたいのかは正直難しくてよくわかりませんでした。
誰かに感情移入して読むのが難しいタイプの小説ですが、人造人間が”寂しさという感情のみを持つ”という設定に心惹かれました。Rejected People(拒否された人)という名前も切ない。この小説は感情移入はしにくいのですが不憫萌えの琴線には触れます(笑)

私は映画でも過去や現在が切り替わる話は好みなので、とても面白く読みましたが、NHK大河ドラマ「いだてん」が時制が切り替わるのが嫌だという人が多く視聴率が悪いと聞いて、へえ〜と思ったので「いだてん」がダメな人には勧めません。(「いだてん」とじゃ全く話が違うけど共通点もあります。戦争はどちらも出てくるし、オリンピックは生身の人間がいなくなった後も人造人間が4年ごとに開催しているんです)
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コメント

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Re: むらさきぃ?

> これって、高校生や高専の子達の「ロボコン」みたいなものを国対抗でやってるってこと?
> 相変わらず面白そうなもの、読んでるなあ。

オリンピック競技は具体的には何も出てこないのよ。全体にずっとこの世界の解説読んでるみたいなところがあって登場人物に感情移入はしにくい。
私は4分の1くらいまでは投げ出そうかと思うほど読みにくかったんだけど、全容が見えてきたら急に面白くなってきて夜更かししてあとは一気読み。でもおそらくこれ面白いっていう人は半数以下じゃないかな。難解では全くないけれど読み易くはないな。


> 昔、仕事を頼んでいたエディトリアルデザイナーの男性が、小さいものが規則的に並んでいる様が苦手だと語っていました。
> そういう話を聞いたたけで、書ける人には短編一つ書けちゃうんでしょうね。
> 桐野夏生はあの短さであの味わい……。格が違うと思ってしまいます。

桐野夏生!それ読んでない。早速読みたい!
最近それ聞いたな…あ、「凪のお暇」で凪ちゃんがトウモロコシの見た目がダメって話だ。
集合体恐怖症とかってやつかな?フリスクで鳥肌立つんじゃ、トウモロコシもダメだろうね。
私『PATTERNS IN THE WIRD』っていう写真集持ってるのね。動植物&自然の柄のアップですごくきれいなんだけど、幾何学パターン多いからその人は見たくないだろうね。

むらさきぃ?

>オリンピックは生身の人間がいなくなった後も人造人間が4年ごとに開催しているんです)

これって、高校生や高専の子達の「ロボコン」みたいなものを国対抗でやってるってこと?
相変わらず面白そうなもの、読んでるなあ。

私も読んでいたのは『むらさきのスカートの女』だけ。
これねえ、カンジとしては桐野夏生の『虫卵の配列』(『錆びる心』に収録の短編)に近いけど、『虫卵の配列』の方が百倍も冴えているなあとしか思えませんでした。
タイトルもね。それはまあ、「虫卵」の文字を見た瞬間にそれをイメージできないことには話にならないんだけど。
昔、仕事を頼んでいたエディトリアルデザイナーの男性が、小さいものが規則的に並んでいる様が苦手だと語っていました。
昔、FRISKだったかその類似品だかで、容器の蓋をスライドさせると小さなタブレットが整然と並んでいるのが現れるミントキャンディがあったでしょ。あの程度で鳥肌が立つと言うんですな。
そういう話を聞いたたけで、書ける人には短編一つ書けちゃうんでしょうね。

気持ち悪い女を描く小説は山ほどあるけど、桐野夏生はあの短さであの味わい……。格が違うと思ってしまいます。

Re: No title

> tontonさん、台風15号の影響はありませんでしたか。

ありがとうございます。私の住んでいる地域は停電等はありませんでした。
我が家は庭木の葉っぱが落ちた程度で何もありませんでしたが(四方を家に囲まれてる狭い家なので)、翌日犬の散歩をしてたら公園や神社の木が倒れたり、大きな枝が落ちたりしてました。風の強さも房総の方がすごかったようで、まさかこれほど停電が長引くとは!現地の方々は暑い中、本当に大変だと思います。

> 「キュー」、面白そう! 私も「ヘンテコ」な話が大好きです。読みたいリストに入れたいと思います。

これは相当ヘンで読みにくい小説でしたが、クロエさんはSFがお好きだから、案外気にいるかもしれません。
ヘンテコ、お好きですか?……やっぱり(笑)

No title

tontonさん、台風15号の影響はありませんでしたか。
ブログに何も書かれていないので、大変なことはなかったかと思いますが、ひそかに心配しておりました(エリアによって被害の程度はずいぶん違うようですね)。

「見送ル」は、肺がん患者にとっては衝撃的な内容でした。まさか医師がこんなことを考えているとは……。多くの患者さんにも読んでもらいたいと思う1冊です。
「キュー」、面白そう! 私も「ヘンテコ」な話が大好きです。読みたいリストに入れたいと思います。

tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。