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『人類と気候の10万年史』『地学ノススメ』『日没』& お花見

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04 /10 2021
今年は桜が早いですね。
ご近所及びちょっと足を伸ばして近場の桜を、お散歩しながら見て回りました。新緑もきれいです。
毎年、次々と花が咲くこの時期は心浮き立つ季節です。猫の額の我が家の庭も花盛り。リカちゃんハウスみたいなミニミニ仏壇に花を欠かさないようにしてるのですが(信心深いわけでも、義父母想いだったわけでもなく、花をわざわざ飾るスペースもないので、仏壇に花があるだけでちょっと気分上がる、というのが本音)その花をわざわざお金払って買わなくても庭の花だけで調達できる(写真6番目)のがとても嬉しい、というセコい喜びがあります。

と書いてアップするの忘れ、現在4月10日。
なんと藤の花も、八重桜も、モッコウバラも満開。ハナミズキまで咲いてる!久しぶりで行った実家の庭がジャングルに!(写真9)
私の記憶ではソメイヨシノが入学式の花(4月上旬)、八重桜は4月下旬、藤やハナミズキは5月の花だと思っていたのに!どうなっているのでしょう?

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『人類と気候の10万年史』中川毅:著
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副題に「過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか 」とあります。
福井県水月湖に関心を持ち、「時を刻む湖」と同じ著者の第2弾も読んでみました。「時を刻む湖」は福井県水月湖の湖底に積もる地層=年縞が「世界標準時計」となるまでの道のり。そもそも古代のものってどうやって年代を特定するのか?放射性炭素年代測定法の記述が多く、水月湖自体への内容はこちらの本の方が詳しいです。
この本では、水月湖の年縞に含まれる花粉を調べて、その時々に湖の周辺に生えている植物を特定します。そこから当時の気候がわかるという話。な〜るほど!ポン!という感じ。
太古の風景を11~12万年前、2~3年前、5500年前と当時の植生から風景画を再現しているところなどワクワクします。

地球は大きく10万年毎に氷期を繰り返しているそうですが、その理由は地球の公転軌道が楕円の時は温暖期で正円に近づくと氷期になるんだそう。間氷期という名前から分かるように、基本地球は、氷期の方が長いのです。さらに10万年より短期スパンでも温暖と寒冷の繰り返しをしているのですが、一番最近の氷期の終わりは1万6千年前ほど。なんとこの時は今の温暖化以上に急激に、わずか1〜3年の間に7度も気温が上がったそうです。この氷期の終わりがこのように突然終わったということは水月湖以外にも、グリーンランドの氷床(6万年分の雪が固まった氷の層)も証明しており、世界同時に氷期が終わりを迎え、その後今日まで温暖期(間氷期)が続いているのです。この短期スパンの繰り返しで見れば、そろそろ氷期に入ってもいいはずですが、今はご存知のように温暖化が問題になっています。ところがわずか数十年前の1970年代には、寒冷化の方が問題になっていたそうです。
氷期の特徴はずっと寒いわけでなく、毎年のように気温の変化が激しいことがあります。現在に続く温暖期(間氷期)に入ってからはその温度変化が少なく、そのことに「縄文の終わり」=「稲作の始まり」の原因を著者は見ています。
気温の変化の激しい時には、植生も、獲れる動物も変わる。しかし狩猟採集ならば、その時々でなんらかの食料を確保できます。稲作のように単一の作物に食料を頼ると、気温の変化についていけない。これは1993年の米の大不作を思い出すと分かります。あの年初めて私はタイ米を食べました。
あの1年で終わったからいいけれど、これで数年おきに大不作になったら、確かに農業はリスクが大きいことが理解できます。人口が少なければ狩猟採集の方が合理的という考えは分かります。
縄文人は栗の木を栽培していたらしいし、稲作を知らなかったというより、安定した気候になるまでは始められなかった、というのが著者の考えです。
縄文人は周囲の環境の変化に応じて、その時々あるものを食べて生きていく。それに比べて弥生になって稲作に食料を頼るということは計画的、安定志向ということだから、逆にいうと変化には弱くなったとも言えます。
今の日本がコロナに際して、右往左往してしまうのはやっぱり長年の稲作民族のせいでしょうか?
ここで私は縄文好きの友人を思い出しました。
その友人には「矢でも鉄砲でも持ってこい」みたいな雰囲気が常日頃からあります。
バブル崩壊後の日本は震災はじめ自然災害も多く、経済もかっての右肩上がりは望めません。
ここは一つ、我々の中に眠る縄文人の血を呼び覚ます時かも?となぜか地質学の本を読んで、思ったのでした。

『地学ノススメ』 鎌田浩毅:著
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宮本常一の日本探訪から、水月湖に立ち寄ったところで、アマゾンのリコメンド機能だかアルゴリズムだかのいいカモになり、ついついおすすめしてくる本の解説が面白そうで買ってしまいました。
次なる読書は「地学のススメ」です。そもそも地学って何?と言うくらい、興味もなければ知識もなかった世界なのに、60過ぎて何にハマるか分かりません。60過ぎてホストクラブにハマるより実害もないし、まあいいとしましょう(笑)
そもそも地球ってどんなもんか初めて知りました。
真ん中が核(内核ー固体、外核ー液体)、その周りがマントル(下部マントル(内側)上部マントル(外側))があって内側が少し硬くて、外側は柔らかい。で、一番表面の地殻は硬い。で、プレートは地殻とイコールと思いきや、上部マントルの一部と地殻を合わせたのがプレート?なんでそんな中途半端に分類する?

地球って意外とダイナミックに動いているんですね。
一つの大きな大陸だったものがバラバラになり、再び寄り集まって……と意外や何度も動き回っていたんです。このプレート運動は40億年ほど前からあるそうです。20億年前頃あった超大陸ヌーナが分裂始めて、バラバラになって、再び動いて集まってと・・まるで生き物!?この大陸は動いてる(プレート・テクトニクス説)って発見されたのはまだ20世紀初めのことなんです。ドイツのウェゲナーさん、世界地図見てて、あれ南米とアフリカってくっつけるとぴったりじゃん?と気がついたそうで「プレートは動いてる」って発見しちゃうんだから、科学者ってどういう頭してるんでしょうか?
一番新しい超大陸パンゲアは、一塊りだった大陸の真ん中辺から超巨大噴火によって分裂(2億5千年前)。
一塊だった大陸の地下から吹き出したマントルで真ん中から別れて広がったのが大西洋。ここが中央海嶺と言われる場所では今も地下からマントルを吹き出し新たなプレートが作られている場所。左右に別れて動いて最終的にプレート同士が重なって入り込んでいる場所が沈み込み帯と言われる中央海嶺の反対側で、ちょうど日本の真下辺り。太平洋プレートとフィリピンプレートの2つの海洋プレートとユーラシアプレートと北米プレートという大陸プレートのなんと4個のプレートの上に我らが日本はあるわけ。世界で約10数枚なのに(プレートの数え方は14~5枚?)そのうち4個が重なった場所にあるんだもん。地震が多いのも無理ないのね。日本の面積は世界の大陸の400分の1、なのに世界中で起きる地震の10分の1が日本で起きてるんですって。
そんなわけで、海洋プレートが大陸プレートに潜り込む形でどんどんプレートの端切れがマントルに入り込んでるんですが、その後そのカステラ、じゃなくてプレートの切れはし、どうなると思います?どんどん溜まっちゃって(プレートの墓場)その後長いこと漂ったのち、核近くまで下降、これをコールドブルーム、反作用でゆっくりと核付近から熱い塊が上がってくるのがホットブルーム。このように地球内部で対流が起きてるんだそう。もうねえ半端ない巨大な地面の切れ端が日本の下でこんなことやってくれちゃってるわけ。想像しただけでめまいがして、ここ読んだ後寝たら変な夢見てうなされましたよ、私(笑)
先ほど超大陸パンゲアが分裂して、ヨーロッパ、アフリカ大陸と南北アメリカ大陸に分かれたといいましたが、南の方では南極とインドとオーストラリアがくっついていた状態から分裂して、年に10〜20cmのスピードでインド大陸がユーラシアにぶつかって盛り上がったのがヒマラヤ山脈。今でも同じ方向に押してるんで、ヒマラヤは毎年5mmほど高くなり続けているんだそうです。
ところで、太平洋プレートは日本側に向かって沈み込んでるわけですから、そのうちハワイがご近所になるでしょう(注:本書にはそんなことは書いてありません)
ところで隕石の衝突による恐竜絶滅(6500万年前)は有名ですが、他にもこの2億5千年前なんて巨大火山爆発で太陽光が届かなくて地球上の生物の95%が絶滅したらしいです。
でもこの本でもっとも現実的な恐怖は第8章の日本列島の地学。この章は冗談抜きで、日本てなんという場所にあるんだろうか…と改めて頭を抱える気分になりました。
現代の科学では地震予測は不可能なようですが、次に来る西日本大震災はなんと!まだ来てないのに正式名称が決まってるそうです。いわゆる南海トラフが震源となる地震は、唯一確実に予報できる地震だそうで、極めて周期的にくるんですって。時期はこの先生の予想だと’30年代後半だそうですが、遠くない将来、確実に来るそうです!皆さん、備えましょう。
最終章は巨大火山噴火の話。日本列島には110の活火山があり、東日本大震災以降、活発化しているとか。大地変動期に入った地球。しみじみ地球って生きてるんだな、と思います。



『日没』桐野夏生:著
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久しぶりの小説です。それも桐野夏生!図書館からやっと順番が回ってきました。
一気読みしましたが、小説として面白いかというと「?」です。
「文化文芸倫理向上委員会」略してブンリンなる政府組織から呼び出されたマッツ夢野という40代女性小説家が主人公。彼女は断崖に建つ海辺の療養所へと収容される。そこにいる職員たちは皆アスリートで、過激な性愛描写や、政府批判する小説家たちに「社会に適応した小説」を書くよう命じてくる。
これは桐野夏生自身が今の世の中にこれほどの脅威を感じていることの現れだと思います。ですから小説としての面白さよりも、ほとんど私的ホラーのように読め、読んでいるとどんどん彼女の恐怖が伝播してくる印象です。
食べ物の話が多いのは、やはりそれが人間にとってのリアリティを呼ぶ恐怖だからかもしれません。
(話はそれますが、私の姉はとっても食い意地が張ってます。そのため、主人公が食べ物を求め飢えている「戦場のピアニスト」はどんなホラーよりも恐ろしかったそうです)

私は夫はじめ周囲に保守的な人間が多かったので、保守的な人間の良さも分かるつもりです。安定志向で家族や身近な人間関係を大事にし常識や伝統を重んじます。例えば今でも町内会の班長とか順番に回ってきます。神社の草取りとか参加させられるわけ。正直めんどくさいなぁ〜と思いますが、きちんと参加します。そんなことに意味はないと言って、どんどん古い習慣をやめていけば、自由で快適な社会になるとも思えないしね。市民社会には案外頭の固い保守的な人間が必要だと思います。私自身もけっこう保守的なところがあります。
が、しかし!またまた言っちゃうけれど「あいちトリエンナーレ」ね!
この時の騒動には心底、え?えええ〜!?と驚いたのです。
うちの夫も名古屋市長と同じこと言いだすし。そんなバカな話ってある?と私は一人驚きつつ恐怖を覚えました。
だいたい市長の仕事って市政なはず。何で市長の好みで現代美術にまで口出すわけ?と。
私個人は現代美術なるものはさっぱり理解できないし興味もありません。だから何が出品されようと自分の生活には関係ない。だからと言って、政治家が自分が理解できない芸術まで自分の趣味で検閲し出したら、どんだけ文化の幅が狭くなることやら?と心配する程度に社会性はあるつもりです。
十分保守的な私でもトリエンナーレの騒ぎにはびっくりしたのだから、桐野夏生は安倍政権以降の流れに恐怖を感じてこの作品を書いたのだと思います。
これはミステリーではなく(ミステリーとして出来がいいのか疑問)、桐野夏生にとってのリアルなホラーとしか読めませんでした。
きっと作家や芸術家は炭鉱のカナリアのような人々で、世の中の不穏な空気をいち早く察知しているのではないでしょうか。


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tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。