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『ファヒム パリが見た奇跡』 監督:ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル

cinema
08 /26 2020
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先日のブログで将棋の話をしたのですが、今度はチェスです。
フランスであった実話をベースにしたドラマ。政治難民としてバングラデシュからパリへと逃れた天才チェス少年とその父親。難民申請をしながら、チェス・コーチであるシルヴァン(ジェラール・ドパルデュー)の教室に入り、彼の指導を受けながらチェスのトーナメントを目指す。あっという間にフランス語を習得、友人もできチェス全仏トーナメントを目指すファヒムだったが、父親は仕事もなく、フランス語もできず、難民申請も却下され、不法移民として行方をくらます。チェスクラブの友人宅を泊まり歩くファヒムだったが、父を見つけ一緒に路上生活者になる。しかしチェスクラブのシルヴァンや仲間たちが迎えにきて、不法移民には参加権のなかった全仏大会に、シルヴァンの尽力で参加する。

まずは2011年バングラデシュの首都、ダッカでの暴動シーンから始まります。ファヒムの父は救急隊員らしいのですが、反政府デモに参加しており、息子のファヒムは同地のチェスチャンピオンになったことから、脅迫され身の危険を感じた父は妻子をバングラデシュに残したまま、ファヒムだけ連れてパリに飛びます。
パリに来たものの、何のあてもなく路上で寝ていると、赤十字のボランティアによって、難民センターに連れて行かれ、そこで生活し、ファヒムは学校とチェス教室に通い、父親は難民申請を申し込みます。
この辺りまでは、へぇ、フランスって、いきなりやってきて路上で寝ている移民の人々に暖かい個室と食事を用意し、子供達の教育もしてくれる、随分親切な国なんだなぁと感心して見ていましたが、それはあくまで政治難民であることが認められるまで。一旦申請が却下されてしまうと、不法移民となり、警察の取り締まりの対象となり、本国に送還されてしまうのです。それもファヒムはそのまま残れるけれど、まだ小さい子供から親を引き離して送還っていうのも謎なしくみでした。
ここで驚いたのは、通訳が相当デタラメな訳をしているのですが、それがインド系を多く通したいため、わざとだということ。
我々から見ると、インド人とパキスタン人とバングラデシュ人の区別はつきませんが、宗教も違うし、色々対立があるんですね。

ファヒムは渡仏した時が8歳で、11歳で全仏ジュニアチャンピオンになっています。チャンピオンになったことで、身分証明書が手に入り、その後バングラデッシュから母や兄弟たちも呼んで、現在は父親は食堂で働き、ファヒム本人は高校生だということです。本人のインタビューによると、子供だったためか、チェスでチャンピオンになることだけ考えていて、それによって人生が大きく変わるということまでは予想していなかったそうです。パリに来てわずか4ヶ月でフランス語を習得、普通の小学校に通ったそうです。そもそもチェスは5歳の時に父から教わり、6歳でもうチャンピオンになっていることから、生まれつきの才能があったんですね。

ファヒムを演じた男の子は実際、撮影の数ヶ月前にバングラデシュからフランスに来たばかりの少年。ファヒムくん、なかなか強情かつ攻撃的。チャス教室の仲間の子供達がいい味出してて、よくこんな面白い面構えの子供ばかり集めて来たなぁ〜と感心するほど。
チェスのコーチはジェラール・ドパルデュー。めちゃくちゃ太ってて、普通のセリフ言うのもハァハァ言ってて大丈夫かな?と思っていましたが、映画の最後にモデルとなった本人たちの画像が出て来ます。このチェスコーチは’15年に53歳で亡くなっており、この映画は彼に捧げられています。ご本人、相当メタボな方で、ドパルデュー太り過ぎで、セリフ言うのもゼイゼイ言ってるじゃん!と呆れていましたが、スミマセン、これは演技だったのですね。
コーチ、自分の喫煙タイムに脳にいいからと子供達に運動をさせるのですが、ご自分こそタバコをやめて運動していたら、この映画を一緒に見られたのにね。
そして、ファヒムのお父さん、途中、ほとんど野良犬のようになってしまって何とも可愛そうでした。だからハッピーエンドで本当に良かった。
ファヒムくん本人のインタビューを読むと、映画のように友人の家に泊めてもらったり、仲間としての連帯もあり、アジア系、アフリカ系、など人種も多く、学校でいじめられたこともないそうです。「超個人主義」というのがフランスのイメージですが、実際はそうでもなく、パリは多様性な街だと言っているのが印象に残りました。

映画としてはかなりオーソドックスな作り。難民やチェスのことなど、色々と興味ふかく、(子供と犬が主役の映画にはどうしても甘くなるため)とってもいい映画でした。




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『草原の実験』 『8番目の男』 『蜜蜂と遠雷』『ターミネーター:ニュー・フェイト』

cinema
08 /23 2020
この暑さとコロナで、この夏はどこにもいかず、家にいるのにあまり映画を見ていません。
理由はべったり家にいる夫が囲碁と将棋を見ている時間が長すぎるため。それも繰り返し繰り返し見ているせいで、1台しかTVのない我が家ではほぼ囲碁と将棋に占領されてるわけ。もちろん「映画見たいからそれやめて」といえばすぐに貸してくれる夫ですが、なんだか人が熱心に見ているもん邪魔するのも忍びなく…。それでもEテレの「藤井聡太 驚異の強さ!~史上最年少タイトル獲得~」(22日)は面白かったです。プロ中のプロ達が、彼の差した一手を思いつかなかったというほど、うんと先まで読んでいるらしいです。将棋といえば、王とか玉の駒をとったほうが勝ちということしか知りませんが、プロの試合はそこまでやらずに一方が「負けました」と言って終わります。夫の話では、「負けました」という地点から、プロと普通のアマが続きをやると(もちろん勝っている方をアマ)、そこからでもプロは勝ってしまうそうです。プロってすごいですね。

『草原の実験』 監督 :アレクサンドル・コット(2014)
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雄大な草原にぽつんと立つ家で父娘の2人が暮らしている。父は朝青龍みたいないかつい男性、15、6才に見える少女はすごい美少女。全く似てないが親子と思われる。父親はピックアップトラックでどこかへ仕事へ行く。見渡す限り草原で職場がどこなのかは不明。少女は父のトラックで別の離れた家にしばしば出かけ、毎回分かれ道で降ろされ、そこに馬に乗った少年が彼女を迎えに来る。彼は少女に好意を持っている様子。彼も東洋的な面差しをしている。
ここにもう一人白人?の少年が現れ、美しい彼女に好意を持ちカメラに彼女の姿を写したりしている。

一言もセリフがない。よっていろいろと分からない。風景も緑豊かな草原というよりも不毛な地という乾いた印象。そこで暮らす主な出演者4名。父娘の生活が淡々と描かれる。
あまりに淡々と一言のセリフもないため、眠気をもよおした頃、不穏な様子になる。
父親は軍人達に何かを捜査されている。隠しているものがないか素っ裸にされ土砂降りの雨に打たれる。軍人達はガイガーカウンターを使って、探し物をしている。
父親は雨に打たれたせいなのか?ガイガーカウンターに反応する物質(放射能)が原因か?病で亡くなる。少女は父を草原に埋め、少ない持ち物を持つと、馬に乗った少年の家に行く。馬に乗った少年は自分も少女も民族衣装に着替え、結婚式をしようとする。しかしもう一人の白人の少年が現れ、二人は少女を巡って決闘?
雨の中、白人少年が倒れているので負けたのかと思いきや、馬に乗った少年が泣いている。なぜか白人少年が海辺にいる?(どう見ても海が近くにあるとは思えない)
白人の少年と少女は一緒に暮らし始める。
二人仲良く、大草原に向かって二人並んで座っていると、突然、
(以下ネタバレ)

地平線にきのこ雲が現れる!?
「えっ!?」
ものすごい衝撃に掘っ立て小屋のような家は吹き飛び、少女が埋めた父親の遺体が衝撃で土の中から飛び出す。
地平線に真っ赤な太陽が昇ったかと思うと、再び沈んで終わり。(これは朝日?夕日?それとも核爆発の様子?)

一面の草原、ガイガーカウンター、そういえば最初のシーンは縛られた羊をトラックに乗せていた…。もしかしてあの羊って実験動物?草原の「実験」って核実験だったのか……
説明するとこんな感じなんですが、草原地帯にあった旧ソ連のセミパラチンスク核実験場(現カザフスタン)が舞台のようです。
ここでは450回以上の核実験が行われたそうですが、旧ソ連の原爆開発責任者はこの一帯を無人だと偽りの報告をしたそうです。
美しくて恐ろしい映画でした。
ストーリーはほぼ無いに等しく、眠気に襲われるほど淡々と変化の少ない草原の暮らしを描きながら、最終的には見る者を衝撃で打ちのめします。すごく不思議でショックな映画でした。


『8番目の男』 監督 ホン・スンワン
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2008年、韓国で初めての陪審員裁判が開かれた。その実話を元に映画化。すでに証拠、証言、自白がそろっていて刑を量定するだけの事件だったが、当日の記憶のない被告人が否認したため、陪審員たちは有罪か無罪の決断を迫られる。当日、急遽陪審員に選ばれた8番目の男ナムは様々な疑問を感じる。

第1回目の陪審員制度で、いきなり無罪というのが実話なんて、裁判のプロたちは慌てただろうなぁと思いました。
子供の頃の火事が元で障害を抱える被告人が実母をベランダから落としたという殺人事件なんですが、専門家や鑑定医が有罪とした事件を決定的な新たな証拠が出て来たわけでもないのに、ひっくり返す陪審員の空気の読まなさに感心しました。
夜中に散水車やライトを用意、向かいの棟の目撃者の証言を証明するために再現までしますが、やはり目撃者の証言通り。普通、ここでやっぱり犯人か…と思いそうですが、そうはいきません。
意外だったのは、韓国は陪審員制度になってから無罪判決がそれまでの3倍以上になり、現在しくみが見直されていると最後に出て来ました。へえ?なんとなく、一般人に裁定させた方が罰が重くなると思っていたので意外でした。
だって普通に考えると被害者の身になってしまって、犯罪許せない!となりそうな気がしたのですが(日本ではどうなんだろう?)
でももしも自分が陪審員に選ばれたら、やはり他人の運命を決めるのは重いと思います。どこかに警察の見落としがないか、そういう目で見ると思います。
そしてここでも韓国の貧富の差や貧しさが背景として描かれます。陪審員同士の中でも貧富の差やお互いに偏見があったのですが、徐々に真実に向けて団結していくチームものにもなっています。

8番目の急遽補欠で駆り出された青年が主人公。「身長も顔もそこそこ」って言われる場面がありますが、「そこそこ」ってどういう意味だろう?イケメンではありませんが人の良さげな顔した青年です。へえ、韓国のアイドルなんだ。
そしてクールな女裁判長はムン・ソリです。この人は20年ほど前、私が初めて韓国映画を見始めた頃の名作に色々出ていた韓国を代表する女優です。若い頃から美人女優ではなく演技派でしたが、20年経ってもほとんど老けてないのにびっくり。
「オアシス」「ペパーミントキャンディ」「大統領の理髪師」、特に「オアシス」での重度脳性麻痺の女性役は忘れられません。
実話を元にしていても、エンタメ色の強い韓国映画らしく、面白く見ました。


『蜜蜂と遠雷』 監督 :石川慶
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優勝者が後に有名なコンクールで優勝するというジンクスで注目される芳ヶ江国際ピアノコンクールに挑む栄伝亜夜(松岡茉優)、高島明石(松坂桃李)、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)、風間塵(鈴鹿央士)。長年ピアノから遠さがっていた亜夜、年齢制限ギリギリの明石、優勝候補のマサル、謎めいた少年・塵は、それぞれの思いを胸にステージに上がる。(シネマトゥディ)

直木賞受賞の原作(恩田陸)は読んでいません。
私は音感が悪すぎ、音楽素養がなさすぎなため、音楽を判断する才能はないものの、この映画は音楽映画としてとてもよくできているという印象を持ちました。
逆にこの話を原作がどう音を「言葉」で表現しているのか、興味を持ちました。今度読んでみよう。
こちらは映画らしく、「音」と「映像」で音楽を表現し、ピアノに取り憑かれた者たちの心情を描いています。
松岡茉優は見た目がすごく普通の女の子だけに、「ひとよ」の時はよかったのですが、トラウマを抱える元天才少女という役にはもう少し面構えに個性が欲しい気がしました。具体的に誰だったらいいのか?思いつかないんですが。
一番印象的だったのは松坂桃李。囲碁や将棋と同じく、コンクールも年齢制限があるようです。28歳で妻子もおり、普通の生活者である彼は普通の生活者にも理解できる演奏をします。それはそれでとてもいい演奏だったのですが、ライバルの天才たちの演奏を聴き、全く敵わないことを悟ります。それでもたまらなくピアノが好きな彼は、普通の生活者としてピアノを弾いていく人生(ピアノの先生?)に納得するのです。
囲碁や将棋も音楽も絵画も、きっとあらゆる才能はごくごく一握りの天才とその他大勢になることの残酷さと、そのことに納得しつつも音楽に出会えた幸せ。それを自然に見せてくれ、私のような見事に音感ゼロの人間でさえ、50年ぶりにピアノを弾いてみたくなりました。


『ターミネーター:ニュー・フェイト』 監督: ティム・ミラー
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「ターミネーター」は”2”までは見ているのですが、その後はどうなっているのか、不明。
しかしこの最新作は「2」の続編ということで見て見ました。
サラ・コナーとシュワルツネッガーの2人はマッチョなジジババとして参加。
そもそも”2”で未来を変えたはずなのに、始まりでいきなりちゃぶ台返し!?
あ、でもサラは人類を救ったけど…と言ってるので、これは一応人類の未来を変えたあとの悲劇ってことなのかな?
ま、しかし難しく考えずにアクション映画としてぼ〜と見ました。
設定は1と全く同じ。未来から来たヒロインを守る人間VSヒロインを抹殺しようとする敵
未来から来た人間は今回は女性で強化手術された兵士。初代マイケル・ビーンに比べても相当強いけれど一応人間。時々エネルギー切れになる。
そして今回の敵はあまりに強い。タイプとしては2に出てくる液体金属と同タイプ。分身の術も使えちゃう。見た目が”2”の液体金属の彼よりも平凡なだけにそのしつこさが怖い。
ヒロインはラテン系で小柄な女の子。正直いうと、ちょっと顔が覚えられない。
未来からやってくる女性兵士は背が高いハンサムウーマン。
そこにサラ・コナーとシュワちゃんが参加。お話は単純、ひたすらアクションの連続です。
シュワちゃんが人間の女性とその連れ子と家族として暮らしていて、人間らしい心が芽生えているのが愛嬌です。
サラ・コナーがおばあちゃんになってるのは当然として、シュワちゃんが機械なのに老けてるのはなぜ?とか、真面目に考えてはいけない映画。
それにしても「ターミネーター」シリーズはガンガンCG使いながら、AIの未来に否定的です。
確かにAIは人間社会も人との関係も変えたし、色々不安になることはあります。



『はちどり』 監督:キム・ボラ

cinema
08 /06 2020
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驚異的な経済成長に沸く1994年の韓国、ソウル。14歳のウニは、両親、姉、兄と集合団地で生活している。小さな店の経営に追われる両親は子供たちと向き合う余裕がなく、兄は父に期待されている重圧から親の目を盗んでウニに暴力を振るっていた。自分に関心のない大人に囲まれ孤独感を募らせるウニは、通っている漢文塾で不思議な雰囲気を持つ女性教師ヨンジと出会う。(シネマトゥディ)

14歳、思春期の少女の日常を淡々と描いている。この映画は監督自身の少女時代が元になっているそうだが、懐かしく美しい郷愁の子供時代というわけではない。とはいえ、辛いだけの思い出というわけでもない。
様々な鬱屈を抱えた思春期というものを、(男性が見てどう思うかは分からないが)、少女だったことのある人なら、どこかしら思い当たる部分がある映画だと思う。
そこに韓国の社会背景があり、私には以前から(韓流ではない)韓国映画を観るたびに感じていた、韓国男性の暴力性。この映画の中でも重要なポイントとしてある。男性優位社会の中で、家庭内にも男性の女性に対する暴力が描かれる。
市場でトック(韓国の餅)の店を営む夫婦の3人兄弟の末っ子が主人公。14歳の彼女は賢そうな美少女だけれども、いつも不機嫌そうな顔をしていて、家庭でも学校でも小さな鬱屈を抱えている。
両親は仕事に忙しく、兄をソウル大に入れることしか関心がない様子。韓国の学歴主義は有名だが、小さな餅屋を営み、それほど裕福ではなさそうな両親が、随分子供たちの教育にお金をかけている様子が伝わる。両親の関心は兄に集中しているとはいえ、ウニも漢文塾に行っており、親からしたら特に無視してるわけではないことが私の年ならわかるのだが、ウニは街で見かけた母をどんなに呼んでも(母には)聞こえなかったり、自分は親にとって取るに足らない存在であると、本人が思いこんでいる思春期の心理があちこちに描写される。これは同じく3人兄弟の末っ子である私も子供時代はひたすら可愛がられ、屈託のなさすぎる子供時代を過ごしたが、学校の成績で人格まで図られる中学生になって、勉強嫌いの私は初めて自分の価値というものに直面させられた。それまで自分に価値があるとかないとか、大半の子供は考えないと思う。それが思春期になると、いきなりモノサシが現れ、自分自身に疑問を持ち出す。
もちろんそれは心の成長によって自意識が出てくるからなんだろうけれど、勉強嫌いな私の日常はご機嫌な毎日から、ある日を境に鬱屈したものになった記憶がある。
また私の世代では、まだ男性優位社会は色濃く残っていたため、家庭内でも長男は別扱いだったため(特に祖父母から)、ウニの気持ちはよく分かる。
兄が妹を殴るとか、両親が派手に喧嘩する生活は幸い私にはなかったが、育ってきた時代は、例えば皿洗いは女の子には当然のように求められるが、兄には決してない。社会に出ても、お茶くみ、酒宴の席でお酌をするのは当然。いちいち気にも留めなかったほど、それが当たり前の時代を生きてきた人間には、この映画の男性優位な空気は色々と思い当たる。

しかしこの映画は暗くて鬱屈しているだけではない。
思春期の友情や恋愛、弾けるように親友とトランポリンをする場面がなんども出てくる。その親友はウニ以上にひどい暴力を兄から受けており、万引きで捕まった時も、日頃の暴力への恐怖からウニを裏切ってしまう。しかし本音を語ったことで友情は復活する。
そして一番の出会いは漢文塾の先生との出会い。
この女性教師との出会いはウニにそれまでと違うものの見方をもたらす。周囲のいる人の中の何人の本心を知っているか?それはたとえ家族や親でも分からない。彼女自身も何かを抱えている人で、それが何かは分からないが、ウニの人生に大きな力を与える。

両親が派手な夫婦喧嘩をした翌朝、ウニが起きてくると二人は何事のなかったように笑って並んでTVを見ている。私が思うに家族とはそうしたもので、喧嘩をするたび修復不可能になっていたら大変だし、人間関係は近ければ近いほど、そういうもんだと思う。それでも思春期の少女にとっては不可解であり、なぜうちの家族仲良くないのか?と悩むタネになるのも理解はできる。でも決してこのウニの家族は冷たくもないし、おそらく韓国の(昔の日本も)男は強さを求められる社会の中で、弱みを見せられなかったのだと思う。ウニが手術することになった時、父は突然泣き出し、ラスト近く、現実にあった’92年10月の橋の崩落事故が起きる。この時、中高生の乗ったバスが転落したそうで、兄もいきなり泣き出す。ウニも大切な人を亡くす。仲がいいとは見えなかった3人兄弟は日常の大切さを噛みしめるように、3人並んで橋を見つめるラスト。(←ここは私の勘違いで、兄ではなく姉の彼氏でした。・・・となると、一番心配なのはあの兄だわ)
鬱屈や裏切りや暴力、しかしそれだけではない、愛しい日常が確かにある。
こんな風に淡々と誰の心にもある思春期の想いを見せる韓国映画は見たことがない。
韓国映画は社会派であっても、エンタメ要素が強いものが多い。例外は「冬の小鳥」くらい。これも女性監督が自分自身の体験をもとに描いたもので、とても静かで心に沁みるような映画だった。
韓国映画は本当に面白い作品が多くて感心していたけれど、こういう全く異なる作品も出てきて、ますます目が離せないと思う。



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映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。