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『空母いぶき』『ゴールデンリバー』『泣き虫しょったんの奇跡』『 i-新聞記者ドキュメント』『軍旗はためく下に』『ベラのワンダフル・ホーム』

cinema
07 /31 2020
珍しく日本映画を4本も見ました。また「ゴールデンリバー」を含めて、3本は男だらけの世界の話です。「空母いぶき」と「ゴールデンリバー」は文字通り男臭い世界。「泣き虫しょったんの奇跡」は男臭くはないですが、将棋の世界の話なので女性は刺身のつま程度の出番。『軍旗はためく下に』は戦争映画好きの夫と見ましたが、予想を大きく外した様子。でもこの悲惨さこそが戦争の真実だと思います。

『空母いぶき』監督: 若松節朗 (2019)
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いうまでもなく夫の希望で選びました。地震やら集中豪雨やら日本は災害の多い国ですから、自衛隊にはいつも感謝しているものの、私はバリバリ平和主義者のため、どうせ戦艦だの戦闘機だのがカッコよく出てきて、愛国心をあおるんでしょ?と偏見を持って見始めたのですが、予想よりはずっとまともな映画でした。
実際には「いぶき」という空母は日本にはないそうで、「いずも」というのが最大の空母だそう。
そもそも空母とは何ぞや?そこからして分からない私ですが、ミリタリオタクの夫は非常に熱心に見ていました。そのくせ見た後、ここでフランスの潜水艦なんて全く現実的で無いとかぶつくさ文句言ってましたけど(笑)
何がよかったって、佐藤浩一演じる総理が安倍さんより遥かにまともな人で良かった。
空母の艦長以下面々もみんな賢い人々で良かった。

日本の島をとある国が占拠して、いきなり偵察機が攻撃されて落とされちゃうわけ。で、大変だ〜!てんで政府が会議するのだけど、「これは戦争だ!武力を投入してやっつけろ!」という単細胞な大臣もいるけれど総理は沈黙を守る。そして総理以下閣僚たちも日本は戦争をしない、でも自衛は必要、というわけで近くにいた空母いぶきの艦長西島秀俊、副艦長佐々木蔵之介らに日本の将来がかかります。
最初、副艦長は艦長がどう出るか、心配してたのだけれど、我らが西島さんはアホとちゃうから、軽率なことはしません。
でもこれ見てて、案外いざとなれば現場の判断でどっちに転ぶか分からないものなのかな?とちょっと怖くなりました。相手が問答無用で攻撃仕掛けてくる仁義なき国家なら、私のようなバリバリ平和主義者だって、目の前で仲間が殺されたらカッとなって、相手を攻撃しちゃうと思うけれど、そこは西島艦長、自制心と訓練の賜物。現実もこうあって欲しいとしみじみ思いました。
自衛隊はなんのためにあるか?それは国民を守るため。国民を守るということはどういうことか?
自衛のための戦闘はするけれど、その戦闘が戦争に拡大しないようにすることなんですね。戦闘シーンはたくさんあるけれど、専守防衛という縛りを持って戦う工夫も見所です。相手の戦艦を壊滅できる場面でも、相手の被害を最小にするため、こちらがリスクを取った攻撃手段を選ぶのも他の戦争映画にない視点です。でも現実ではどうだろう?相手側の兵士に死者を出さないように考えて戦うなんてできるのかな?あっちが攻撃してきたんだから、やっつけたくなるだろうし。でも専守防衛ってそう言うことなのか…、自分たちを守るけれど、相手をやっつけない、なかなか現実には難しいことに気づかされました。
映画全体を通じて、「国民を守る=戦争を避ける」、という哲学が貫かれていて、そのためには相手の命をも守るため、高度な戦闘能力が必要なんだ、とも解釈できる。
う〜ん、これは自衛隊にとって、非常に良い宣伝になると思いました。
少数精鋭のために武器や技術はやはり高度なものが必要だろうし、隊員の士気も高くなければ(そのためにはお給料も高くないとね)「あくまで戦争をしないために」。この映画を見た分には思わず説得されてしまった感じです。
でもスイス並にシビアに自分たちだけは生き残る戦略のある国ならともかく、日本はどうなんだろう?米中が戦争になったりしたら、米側として最前線で戦争に巻き込まれたりもありえるのだろうか…?ヒェ〜そんなの絶対いや。そうならないためにも日本の最大の武器はやっぱり9条なんじゃないか?でも自衛隊には強くあってほしい……、めちゃくちゃ矛盾してますが本音です。
映画のエンドロールに参考文献として後藤田正晴氏の著書が出てきます。懐かしい。残念ながら、今ではああいう政治家っていませんね。


『ゴールデン・リバー』監督:ジャック・オーディアール(2018)
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ゴールドラッシュで沸き立っているアメリカ。兄のイーライ(ジョン・C・ライリー)と弟のチャーリー(ホアキン・フェニックス)のシスターズ兄弟はすご腕の殺し屋。二人は提督からの依頼で、黄金を見分ける化学式を発明した化学者ウォーム(リズ・アーメッド)を追う。先に連絡係ジョン(ジェイク・ギレンホール)が化学者に近づくが、ジョンはウォーム側に寝返り、そこに荒くれ者の兄弟も合流し、他の追撃者から身を守るために4人は組むことになる。
監督は「君と歩く世界」「真夜中のピアニスト」などで知られるフランスの名匠ジャック・オーディアール、2018年・第75回ベネチア国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞した映画。

なんとも不思議な余韻の残る西部劇でした。
かなりドンパチのシーンも多くあり、このシスターズ兄弟(名前も不思議!)の凄腕ぶりも見どころなんですが、それでも、なんだろう…。いわゆる西部劇とはだいぶ違います。
黄金を光らせて川の中の蛍のように光らせる化学物質を発明したインド系?異邦人である化学者ウォーム。
この人の目的はお金儲けではなく、暴力的な西部社会にあって理想社会の実現。民主的な独立国をテキサスに作ろうと目論んでおり、ここにインテリであるジョンが共鳴しウォームに友情を抱く。
見る前はこの4人が同格の主役と思っていましたが、これはあくまでシスターズ兄弟が主役であり、さらにいえば兄のジョン・C・ライリーが主演です。ジョン・C・ライリー、大きくて不細工で凄腕のガンマンですが、心優しく純情な兄役にぴったり。ホアキン・フェニックスはどこか狂気を称えた破滅型の弟にやはりぴったり。さらに私の好きなギレンホールもあらくれ社会にあって、インテリで日記を書いている役で、化学者ウォームに共鳴する繊細さがやはりぴったり。化学者役は知らない俳優でしたが、この人のインド系の大きな澄んだ瞳で「君と友達になりたかった」とか「君は他の人と違う」とか言われたら、実は暴力にうんざりしてる男たちが彼に寝返るのも分かる気がします。
ともかく周りが暴力的な環境だけに、この4人(正確にはチャーリー以外)の間の友情とも共鳴ともつかない不思議な人間関係や、いろいろあっても強い絆で結ばれている兄弟愛も印象的。ドンパチはあるけど、どこか不思議な西部劇。
しかしこの黄金を光らせる化学薬品はかなりの毒物らしく、悲劇が訪れ…
また兄弟の横暴な父を弟チャーリーが殺したらしい過去がほのめかされ、兄弟にウォームの暗殺を命じる提督は2人にとって横暴な父のような存在(一瞬の出番はルドガー・ハウアー)。
2人は提督を殺して父の支配から解放されようと目論むのですが、帰ってくると提督はすでに……。
ラスト、久しぶりに家に帰り母に迎えられ、ひだまりで幸せそうにまどろむ大きな赤ん坊のようなジョン・C・ライリー。
なんとも印象的なラストでした。

『泣き虫しょったんの奇跡』監督: 豊田利晃 (2018)
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ちょうど藤井聡太新棋聖の誕生が話題になっていますが、我が家でもブームに乗ってこれを見てみました。
私は将棋囲碁は全く興味なし。夫は結婚前からどちらも好きで、おかげで我が家の日曜日は朝10時から午後2時までEテレの将棋囲碁番組。それをDVDに録画して繰り返し見ている……うっとおしいです。
この映画は実在のプロ棋士瀬川晶司をモデルに、主人公の小学5年生から、35歳でプロになるまでの将棋人生が描かれます。
よきライバルにも恵まれ、どんどん強くなる子ども時代。奨励会に入り、将棋以外考えられない人生ながら、どこか必死さが足りない主人公しょったんを松田龍平。無表情な松田のせいで、涙と根性の物語でなく、淡々とした味わいになっています。26歳までにプロになれなければ永久にプロへの道が閉ざされるしくみで、仲間たちが失意の中、次々と去る奨励会時代の場面はとてもシビアです。12~3歳から入る子供が多いので、プロになれなければ資格も学歴もなく20代半ばで社会に放り出される。囲碁も同様だそうです。しょたんは追い詰められても、プロになれると楽観していたのが、とうとう年齢制限で放り出される時がきます。雑踏を歩きながら底無し沼に引き込まれるような絶望を感じる場面。その後1年近く家でゴロゴロ寝て過ごしますが、ゆっくり休みなさいと言ってくれた優しい父が事故でなくなり、しょったんも変わります。その後サラリーマンになりますが、プロになれなかったからこそ純粋に将棋の楽しさに目覚め、どんどん強くなり、やがてアマ名人として、奨励会時代夢にまで見たプロとの対局が実現。そこで7割以上プロに勝つという事態に、周囲も動き出し、とうとうプロへの再チャレンジの道が開けるという奇跡の実話。
小学生時代の担任の先生、クラスメートの親友でライバル、35歳の彼にプロへの道を開かせるアマ強豪、全て実話だそうで、人との出会いに恵まれた人なんだなと思いました。
奨励会時代の仲間たちに、妻夫木聡、染谷将太、 永山絢斗など、脇役も豪華です。この映画には個性派棋士役で新井浩文が出ていたそうですが、そこは削られていました。せっかくのスパイス的役柄、見たかったのに残念です。

『 i-新聞記者ドキュメント』監督: 森達也
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映画「新聞記者」の原案者としても話題を集めた東京新聞社会部記者・望月衣塑子を追った社会派ドキュメンタリー。新聞記者としての取材活動を展開する望月の姿を通して、日本の報道の問題点、日本の社会全体が抱えている同調圧力や忖度の実態に肉迫していく。監督はドキュメンタリーおよび、学校の怪談シリーズの森達也。

映画版『新聞記者』はヒロインのシム・ウンギョンをこのブログの主演女優賞に選びましたが、モデルになった本人はかなり印象の違う人です。小柄でチャーミングですが、あの映画のヒロインよりもサバサバ系で超早口、おしゃれだけど女捨ててます感もあり、何よりそのメンタルのタフさに感心しました。
見所は菅官房長官との記者会見なんですが、これ、どちらかの立場から見て腹を立てる人もいると思うのですが、私は無責任に見る分には「案外いいコンビだな」と。すっかり戦い済んで日がくれた頃、二人仲良く酒でも酌み交わしながら、どんだけお互いムカついたか、語り合ったらいいのでは?と思ったくらい(笑)
昔、韓国人の友人に日本語には見当たらない韓国語というのを、教わったことがあります。
「スィーオンソプソプハダ」とか言いましたが、例えばすごく嫌な上司がいて、その人に会う度に胃が痛くなるほどの相手。もちろん大嫌いなんですが、急にその上司が転勤で目の前からいなくなったらなったで、なぜだか隙間風が吹くような寂しさを感じる時の感情を表す言葉と習いました。
これ見てて、望月さんと菅さんはそういう関係なのでは?と思えました。
この映画を見ていて、印象に残ったのは、森友学園の籠池夫妻や、元文科省事務次官(だっけ?)の前川さん。どちらも元は現政権側にいたのに、その後、敵対するようになった人々の明るいこと。なんか吹っ切れたのか、やたら楽しそうで顔が明るい。それに対して、望月記者が質問するたびに何度も「早く質問してください」とか質問妨害する係の官僚がいるのですが、この人、目が死んでます。想像するに「東大出て、何でこんな小学生のいじめみたいなことやらされてんだろ、オレ?」とか思っていそう。勝手な想像ですけど。

東京新聞に関しては昔取ってました。トントン家はずっと読売の固定客だったんですけど、結婚して数年たち、あるときから新聞をTV欄以外読むようになった頃、一面コラム(一面の一番下のやつ)を読んでて気がついたことがあります。自分でも頭悪いとは思うけれど、この新聞、読者を馬鹿にしてないか?と。
読売が自民党の御用新聞であることは百も承知でしたが、読売のコラムの何がムカつくって「比喩」です。毎回、例え話を書いて、政権よりの決着に持っていくパターンがすごく多いのです。比べて意味のあるもんとないもんがあるやろ!こんなしょーもない比喩使って、騙されると思うほど、読者をバカにしてる姿勢がみえみえでムカついたんですね。で、新聞変えようと夫に言ったら、どうせ家で新聞読む暇ないから何でもいいけど、朝日は偏向してるからやめてくれって言うんで東京新聞にしたんです。そうしたら一面コラムが読売と全く同じパターンでびっくり!結論を右に誘導するか、左に誘導するかの違いはあるんですけれど。
私はその時しみじみ思いました。昔、受験で使われるのは朝日新聞の「天声人語」ばかりでしたが、そのことに納得しました。朝日は少なくとも文章が読みやすい、と。で結局夫の嫌いな朝日に落ち着いたわけ。比喩嫌いで新聞決める人ってそんなに多くないのかしら?


『軍旗はためく下に』監督: 深作欣二
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深作欣二監督、直木賞受賞の結城昌治原作、新藤兼人脚本の反戦映画。
昭和27年。富樫勝男の未亡人サキエ(左幸子)は“戦没者遺族援護法”に基づき遺族年金の請求をするが、政府はこれを却下した。理由は富樫軍曹の死亡は“敵前逃亡”による処刑で援護法の対象外というもの。しかし、“敵前逃亡”の確たる証拠はなくサキエは以来、昭和46年の今日まで真実を求めている。そして、ある日、厚生省から聞いた4人の復員兵を訪ねて歩き、とうとう何があったのか真相にたどり着く。

『仁義なき戦い」の深作欣二監督による戦争映画。戦争アクションを期待してみると、その期待は恐ろしいほど裏切られます。ドキュメンタリー風の画面、訪ね歩く4人の兵士の証言は食い違い、藪の中の様相を見せ、やがて不毛で虚しすぎる戦争の真実が現れる。
訪ねていく生き残った者たちの闇がそれぞれに深い。特に寺島(三谷昇)は焼け跡の剥き出しの人間の生には馴染めたが、その後の高度成長した戦後の日本には自分の居場所がないと、人里離れてゴミの中で孤独に暮らしているのが印象的。表面的には高校教師として穏やかに暮らしている大橋も戦争を引きずり、現実と過去にうまく折り合いを付けられない空虚さを抱えている。彼らに対し、米兵を斬殺、戦争直後、口封じのために冨樫らを処刑、戦後は企業の役員として、現在は孫に囲まれ幸せに暮らす当時の上官を歌舞伎役者の中村翫右衛門。この人もすごく巧くて、面の皮の厚い、いかにも政治家などにいそうな大物タイプ。

私はこれを見ていて、なぜだか現在のコロナ騒動とリンクしてしまいました。
もちろん、ニューギニア戦線の恐ろしい真実とは共通する部分はないものの、第2次世界大戦を扱ったドラマや映画を見るたびに、勇ましく美しい戦争ドラマも、悲惨な反戦映画も、どちらを見ても、日本って国は戦争の作戦立てるのがよほど苦手だったんだなぁ〜と思ってしまうのです。「フォックスと呼ばれた男」と「硫黄島からの手紙」は、ちょっと違うのですが、これらは狭い範囲の戦線の話なので、個人の上官の優秀さが光った例外だと思います。

こんな悲惨すぎる作戦と並べてはなんですが、これ観てて、思わず現在のコロナに対する政府の対処を思い出してしまいました。
幸い日本は重症化や死亡率が低いから救われますが、それでもアジアの中では死亡率は高い。地方の方が高齢化率も高いし医療体制も脆弱だから、医療体制を整えてから GO TOというならわかるけど、その辺はどうなのか?マスクと言い、休校といい、自粛といい、どこか泥縄式で、政府がどういう道筋を立てているのか、具体的に見えてこないのが不安なのです。
おまけにスポーツでも戦争でも、まずは敵を知ることが重要だと思うのに、コロナでもなぜか他国に比べて検査が進まない。まさか、コロナの検査が進まないのも、昔と同じく、敵を知ることや合理的な裏付けよりも、耐え難きを耐え根性だけで乗り切ろうとしてるってことはないでしょうね?さすがにそれはないと思いたい。
でも政府がどういう方針なのか見えてこないのが不安だし、信頼できないのです。
日本人はモノ作りは得意だけど、戦争はつくづく苦手だと思う。それがコロナとの戦いだろうが、国と国の戦争だろうが。


『ベラのワンダフル・ホーム』監督: チャールズ・マーティン・スミス
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野良犬だったベラは退役軍人病院で働く学生のルーカスに保護される。ルーカスのもとで幸せな日々を送り、成長したベラだったが、ある事件をきっかけに家から600キロも離れた場所で迷子になってしまう。ベラは再びルーカスに会うため、さまざまな困難が待ち受ける旅に出る。(シネマトゥデイ )

愛犬が飼い主とはぐれて、長い道のりを旅して帰る物語。よくある話です。この手の映画は私にとって、映画として批評する対象ではありません。少なくとも3回は泣きました。
デンバーはピット・ブルが飼育禁止なのだそうだけど、ピット・ブルって「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のブラピが飼ってる犬ですよね?(あ、今気がついたけど、ピット・ブル→ブラピってダジャレ?)
そもそもこのベラちゃん、ピット・ブル?の血は入っているかもしれないけれど、ああいう見るからに迫力のある犬では全くなくて、痩せ型中型犬で地味顔、カッコよくも美犬でもないところが、かえってとてもかわいいのです。
ニューメキシコからデンバーまで600キロという距離を2年半かけて飼い主のもとに戻ってくるのですが、大半は山の中(ロッキー山脈?)で、景色がとても美しく、ハンターに母親を撃たれたピューマの子どもと共に生活したり、雪崩に巻き込まれたハンターを救い出し、猟に来ていた若い男性二人の家で飼われたり、ホームレスの飼い犬になったりと、様々な経験をしたのち、それでも元の飼い主が忘れられずにデンバーまで帰ってくるというもの。
最初、ピューマに演技させているのか?と驚きましたが、そこはCGでした。でもベラちゃんの演技は素晴らしくて、というか演技してるのかどうかも分かりませんが、ともかくかわいい!もうそれだけで十分な映画でした。


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『パブリック 図書館の奇跡』監督 :エミリオ・エステヴェス

cinema
07 /23 2020
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監督、主演エミリオ・エステヴェスの『パブリック 図書館の奇跡』を千葉の映画館まで観に行ってきました。電車に乗って千葉の映画館まで進出したのは2月のジョージア映画以来かも…。でも帰ってきたら、東京でコロナ感染者300人超えのニュース!すっかり映画館は安全と、遠くの映画館まで脚を伸ばした日に……また引き篭もる日々に戻るべきか?60代肺がん経験者としては非常に悩ましいところです。

記録的な大寒波により凍死者が続出する中、満杯の緊急シェルターに入れなかったホームレスの集団が図書館のワンフロアを占拠。彼らの境遇を心配した図書館職員のスチュアート(エミリオ・エステヴェス)は、避難場所を求めてデモを始めたホームレスたちと行動を共にする。しかし、メディアの報道などでスチュアートは危険人物に仕立てられ、さらには警察の機動隊が出動する騒ぎへと発展していく。(シネマトゥデイより)

ストーリーは上の通り。実話をもとに作られたそうですが、映画としては大勢のホームレスが寒波を避け、図書館で夜を過ごそうと居座っただけで、暴力を振るって占拠したわけでもないし、警察や検察官、マスコミが事件に仕立てただけの話。映画としてはあまり展開がなく間延びしている印象もあります。しかし個人的に同じようなことが過去にあったため興味を持って見ました。
私は以前、公共図書館の非常勤、すなわちパートのおばちゃんをやっていた時に、真冬になるとホームレスの人が毎日のように入ってきてソファで居眠りしていました。周囲から匂い等クレームが入り、途中からホームレスは出て行ってもらうルールになりました。しかしホームレスではなく普通の利用者の中にも年配の方にはお風呂に入るのが億劫なのか、強烈な香りの方がよくいて、体臭を出て行ってもらう理由にするのなら発熱チェックならぬ体臭チェックが必要なはずで、ホームレスの人だけ体臭を理由にするのは一貫性がないのでは?と思ったものでした。(理屈っぽいヤツと思われるため口には出しませんでしたが)税金払ってないくせに来るなという人も多かったのですが、それも奇妙な話で、公共施設を利用するのに利用資格はいらないはず。とは言え、現実問題として他の利用者からクレームも入るため、悩ましい問題だったのですが、アメリカでも同じ問題はあるようです。
この映画では図書館員エミリオに図書館と本に救われた過去がある設定。さらにホームレスの人々には退役軍人が多かったり、3人の子供もいて真面目に働いてきたのに、失業でホームレスになった過去等々、アメリカの現実を反映させています。報道を見た人々が様々な物資を寄付しにきたりするところはさすがキリスト教の国だなと思いました。
ちょうど市長選の最中で、市長に立候補している検察官クリスチャン・スレーターが悪役。アレック・ボールドウィンは警察の交渉人でヤク中の息子を探している設定。息子は図書館のホームレスの中にいるのですが、この親子の話はどうなったのか中途半端で気になりました。結局、機動隊の突入が決まり、その時エミリオやホームレスたちのとった行動は…?
結局事件として報道が地味なため、この問題はすぐに忘れ去られてしまうと思っての行動のようですが、大寒波の中、わずかの時間でもこの姿では風邪引きそう。絵的にはコメディな決着のため、ほんわかした気分で終わります。
扱っている問題は深刻な社会問題なのですが、それをシリアスにせずコメディよりで薄味に味付けした映画。映画の出来としてはビミョ〜ですが、個人的には面白く見ました。

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』  監督 :グレタ・ガーウィグ

cinema
07 /15 2020
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トライ3週目にしてようやく見ることができました。
明日で終了だったのでギリギリセーフ。先週の「カセットテープ…」に比べたら人は入っていましたが、それでもガラガラ。鑑賞後友人とランチしようとショッピングセンター内を歩きましたが、平日にしてはかなりの人出で、レストラン街も帰りに寄ったスーパーも混んでいました。意外にも映画館が一番安全かもしれません。

ルイザ・メイ・オルコットの自伝的小説「若草物語」を実写化した何回目かの映画化。南北戦争下の姉妹の物語を、作家を夢見る次女の視点で描く。ストーリーは今更いうまでもないので省きますが、かなり原作に忠実なようでいて、当然ながら現代的視点が強く出ていると思いました。原作の細かい点は全く記憶にないのですが、ジョーばかりでなく、4女のエミリーも女に生まれた鬱憤を吐き出す場面があります。
反面、長女メグは愛する人との結婚が自分の望みなのだといいます。ジョーは結婚を否定しつつ一人はどうしようもなく寂しい、と心情を吐露します。この映画は結婚を選ぶのも、結婚を否定し自立するのも、金持ちとの結婚を望むのも、どんな生き方も否定しないところが現代的だと思えました。
エマ・ワトソンが保守的な長女メグを演じたのはやや意外ですが、主人公ジョーのシアーシャ・ローナン、すごくキレイになったなぁと親戚のおばちゃん気分で見ていました。3女ベス、4女エミリーは知らない女優でしたが、2人ともかわいい。4女は当時のドレスが似合うタイプではなくて、どこか大阪のおばちゃん感も漂いますが、社交的な明るさがよく出ています。母役をローラ・ダーン。私にとっての彼女の18番は「ワイルド・アット・ハート」のいかれたお姉ちゃんでしたが、ここではピューリタン精神の権化みたいなママ役にぴったり。顔の骨格のせいか、最もジョーと親子らしく見えました。
この母が慈善事業をしている場面で黒人女性が今でも人種差別があるなんて、とこぼす場面で、思わず一体ここから何年経っているのか?と突っ込みたくなるシーンも。

そうそう、19世紀後半のお話らしく、インテリア、ドレスも見所ですが、メグがつい女友達の前で、見栄からドレス用の生地を買ってしまうシーン。なんと18m。見るからに生地をたくさん使いそうだなとは思ったけれど、当時のロングドレスってまあ大変ですね。
あと、マーチ家の姉妹、お金がないことをぼやく場面が多々ありますが、なんやかや言ってマーチ家は中産階級の模様。家族同然の家政婦さんもいます。本当に貧乏な一家も出てきて、森の中の掘立て小屋見たいなところに子沢山で住んでて、食べる物もなくてクリスマスの朝、マーチ家が食べ物を施します。逆にマーチ家の伯母メルリ・ストリープや隣人ティモシー・シャラメ君宅の豪華さがすごい。誰も働いてるところが出てこないので、このお金持ちたちはどうやってお金持ちなのかがよく分かりませんでした。
男性陣はやはりティモシー・シャラメ君が細っこくて可愛いです。でも弟みたいでジョーが振るのも少々納得。プロポーズを断ったことを後から後悔する場面はちょっと切ないです。比べて移民系の彼ね。うんうん、私もこっちの方がタイプです(笑)

作り方は時制が行き来する編集。この手の編集は好きですが、登場人物がほぼ老けも変わりもしない時の流れ(おそらく5〜6年)を行き来するため、若草物語のあらすじも知らなくて、映画を見慣れない人が見たらどうなんだろうか?ちょっと混乱する部分もあるかもしれないと思いました。
やはり映画館の大きな画面で見る映画はいいです。映画館、空いてて大丈夫そうなので、色々見たくなります。




『カセットテープダイアリーズ』監督 :グリンダ・チャーダ

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07 /09 2020
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3月20日に近所のシネコンで見た「三島由紀夫vs東大全共闘」以来、3ヶ月半ぶりの映画館!
本当は先週、「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語 」を見に行く予定が強風と大雨で中止。リベンジはまたも風と雨の中。おまけに「若草物語」は時間が合わず、急遽「カセットテープ…」に変更しましたが、3ヶ月以上ぶりの映画館に少々ドキドキしました。しかしソーシャルディスタンスどころか、5人しかお客がいなくてスッカスカ。これならスーパーより安全です。「若草物語」は再チャレンジ課題として、この「カセットテープダイアリー」とってもとっても良かったです。星5つ!

1987年、イギリスの田舎町ルートン。音楽と詩の好きなパキスタン移民の高校生ジャベドは、閉鎖的な町で受ける人種差別や、保守的な父親の価値観に鬱屈とした思いを抱えていた。ある日、友人にもらったテープでブルース・スプリングスティーンの音楽を聴いて衝撃を受ける。そして彼の人生も変わり始める。ジャーナリスト、サルフラズ・マンズールの自伝的回顧録を元に映画化したもの。監督はインド系女性監督で「ベッカムに恋して」同様、青春のみずみずしさを描くのがとても上手い監督だと思います。

見ていて、何度も鼻の奥がツンとなり、胸がいっぱいになりました。
ブルース・スプリングスティーン、私が代々木の体育館にコンサートに行ったのは(wikiで調べたら)'85年でした。どうでもいいけど代々木ということはまだ東京ドームがなかったってことね……
この映画の舞台は1987年、スプリングスティーンの大ヒット曲「ボーン・イン・ザ・U.S.A. 」は'84年ですが、16才の彼らにとって、ブルースはすでに親世代のスターで、若者にはダンスミュージックが流行の様子。幼なじみの親友マックもビジュアル系バンドを組んでるらしく、ジャベドにこれからはシンセサイザーだと話してます。デュランデュランとかカルチャークラブの頃かな?
全編ブルース・スプリングスティーンの曲に彩られたこの映画、ジャンル的には音楽映画ですが、主人公ジャベドが詩作が趣味で、将来作家になりたい少年だけに、曲と共に画面に大きく歌詞は現れるのが珍しい。メロディ以上にブルースの詩が彼の心を貫いたことが分かります。
ジャベドが色々行き詰まった嵐の夜、友人から勧められたテープを初めて聞く場面。ここは、若者が衝撃を受け心を奪われる様子を描いた傑作場面だと思います。
私も初めて清志郎の曲を聞いたときの衝撃が思い出されて、胸が熱くなりました。私のような音楽音痴でもそうなのだから、ブルース・スプリングスティーンのファンなら号泣すること間違い無し!

'80年代後半は日本はバブル時代、豊かで浮かれた時代でしたが、英米ではサッチャー、レーガンの時代。イギリスは不景気で失業者が多く、ここでもGMの工場縮小に伴いお父さんが失業。お母さんの内職に頼る生活が描かれます。またネオナチ的若者も増え、パキスタン移民はパキと呼ばれ、差別されてる様子が繰り返し描かれます。
それでもお父さんは息子に超保守的な慣習を要求。八方塞がりの鬱屈した生活の中、ブルースの歌詞だけが自分の心を現し、寄り添ってくれる。痛々しいまでのブルース愛が詰まっていますが、決してブルース・スプリングスティーンのファンだけのものではありません。若かった頃の心を思い出させてくれる、そんな映画でした。
私の年ですと、何かに感動しても、それが生活全般を支配するということはありません。でも16才の多感な主人公はまさにブルースの歌にホールドオンされちゃう感じ。人生の方向性が決まる、その受けた衝撃や感動の大きさをビジュアルや音や演技で見せてくれる、”青春”というものの光の部分を見せてくれます。この映画の原題(Blinded by the Light=光で目もくらみ)の通りと言えます。

移民同士のつながりや文化、家族愛も描かれ、お母さんは最初は従順なだけの人かと思いきや、肝心なときには夫を勇気づけ、息子の夢を応援、頑固な夫を説得する芯の強い人。
彼にブルース・スプリングスティーンを教えるやはりインド系の友人ループスはいつもターバンを巻いてるので、シーク教徒かな?、モスクや、移民同士の人間関係、姉の結婚式の衣装や、妹の行くエスニック系ダンスホールの様子など、イギリスにおける移民文化も面白いです。同時に閉鎖的な田舎町で白人たちから見た移民への苛立ちもネオナチたちのデモに現れています。
時代背景がちゃんと描かれているため、主人公の閉塞感も記号的でなく伝わりますが、それでも主人公ジャベドは周りにとても恵まれている幸運な少年。文学クラスの教師、移民の友人、彼女、親友マックのお父さん(グルメ紀行映画「イタリアは呼んでいる」の人)、隣のおじさんまで、みんないい人で、そういう意味ではかなりラッキーでハッピーな映画。
しかし、ブルース・スプリングスティーンの曲を久々にまとめて聞いて、これは現代の生活に疲れた人々にもそのまま通じる歌だと思いました。全然古びていないことに驚き、また世の中の人々の幸福度が決して上がっていないことにも気づかされました。




DVD『ガリーボーイ』『1987、ある闘いの真実』『ゴジラ』(1954)『パリに見出されたピアニスト』『セラヴィ!』

cinema
07 /01 2020
コロナ自粛は解かれたものの、東京では感染者が高止まり。気がつけば、2020年も後半に入りました。
なんと言う奇妙な年。これを機会に、コロナが収束したあと、元通りに戻るのではなくて、人類の新局面が開かれたりするのでしょうか?
個人的には肺がん手術後、引きこもりの趣味を2つ得ていまして、何かと出かけているときにはおざなりだったその趣味とずいぶん真面目に向き合っている今日頃ごろです。

『ガリーボーイ』監督: ゾーヤー・アクタル(2018)
Gully boy

インド、ムンバイのスラム街で育った大学生ムラドがラップ歌手として誕生するまでを描く。実在のインド人人気ラッパーをモデルにしたドラマ。
インド製ミュージカル?と聞いて見ましたが、貧しい若者がラップに出会い、自分を表現する手段として才能を発揮していき、ラップ大会で優勝すると言うなんだかとってもアメリカンな映画。いわゆる歌って踊り出すインド映画とは違います。でもドラマに描かれる生活がやはりインドらしくて興味深かったです。
ムラド演じるランヴィール・シンはイケメンですが、その容貌が今ひとつラッパー向きでなく、一番似合うのがサラリーマン姿。声も迫力がないので、最後の盛り上がるはずのラップ大会でのパフォーマンスも説得力がイマイチ。ラップに詳しくありませんが、ラップは歌詞がキモの世界。確かにロックだとギターやドラム、アンプなど、それなりにお金もかかりますが、ラップならば訴えたい詩があれば楽器もいらず歌の才能もいらない(リズム感は必要)、ラップは最も格差を訴えるのに向いている音楽だと思いました。

それとは別に、インド映画を見るたび、いつも思うのは、親の権威。今の日本では考えられないほど、子供にとって、親、特に父親の権威が強い様子です。
主人公はスラムの狭〜い家にお金持ちの運転手をしている父と祖母、母と弟と住んでいますが、父が若い女を連れ込み、ムラドにも彼女を「母さん」と呼ばせるなんて、日本ではあり得ない。他にもムラドの恋人は医師の娘で彼女自身も医学生ですが、格差社会のインドでは貧しいムラドとの交際は親に許されず内緒で付き合っています。この彼女、嫉妬深く気が強くて、ムラドの音楽仲間のアメリカナイズされた女性に嫉妬、ぶん殴って警察沙汰に。親の知るところになり、親の進める相手と見合いを強要、医大も辞めさせられそうになりますが、泣いて頼んで大学だけは続ける許可を得ます。結局ムラドとは相思相愛で親に内緒でよりを戻すものの、なかなか将来的に親の許しを得るのは大変そうです。(インドは親の決めた相手との結婚がまだ大半らしい)
ムラドが友人のシェールと作るMVが面白いです。「路地裏が俺の庭」(ガリーボーイとは「路地裏の少年」の意味)と歌う歌詞とともに、実際のムンバイのスラム街の路地風景がまるで迷路のようで、スラム街の路地って映像的にはとても絵になります。


『1987、ある闘いの真実』監督:チャン・ジュナン(2017)
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1987年1月14日の学生運動家朴鍾哲拷問致死事件から6月民主抗争に至る大韓民国(韓国)の民主化闘争を描く
1987年、全斗煥大統領による軍事政権下の韓国。南営洞警察のパク所長は”アカ”の取り調べを日ごとに激化させていた。そんな中、取り調べの拷問によりソウル大学の学生が死亡してしまう。警察は隠蔽のため遺体の火葬を申請するが、違和感を抱いたチェ検事は検死解剖を命じ、拷問致死だったことが判明。さらに、政府が取り調べ担当刑事2人の逮捕だけで事件を終わらせようとしていることに気づいた新聞記者や刑務所看守らは、真実を公表するべく奔走する。また、殺された大学生の仲間たちも立ち上がり、事態は韓国全土を巻き込む民主化闘争へと展開していく。

1980年の光州事件を描いた『タクシー運転手~約束は海を越えて~』も2017年でしたが、'80年代韓国の民主化運動を描いた映画が2017年に続けて作られています。これは(全く知りませんでしたが)朴槿恵(パククネ)前大統領時代(〜2017.3まで)に反政府文化人がブラックリストに載り、言論統制が取られたそうで、そのために韓国では「民主化運動を忘れるな」と言う機運が高まっていたのかもしれません。
'80年代といえば、日本はバブルに向かう浮かれた時代でしたが、ポン・ジュノ監督の傑作『殺人の追憶』のモデルになった連続殺人事件も80年代後半でしたし、ソウルオリンピック(’88年)前夜の韓国は暗くて激動の時代だったようです。

韓流じゃない韓国映画を見ていて、いつも呆れるのは、韓国男性の乱暴さ。ここでも公安の脱北者出身のパク所長の恐ろしさと言ったら!!彼と彼の部下たちは暴力団そのもの。乱暴さではそれに対抗する検事も負けていない。
この映画は変わった作りで、最初、この検事が主人公かな?と思っていると、どんどん入れ替わり、最終的にはデモで催涙弾が当たり亡くなってしまう実在の学生、彼と知り合う女子大生、その叔父で民主化運動を支持する看守たちが話の中心になります。強力な敵役のパク所長は一貫して影の主役ですが、彼の北朝鮮時代の思い出は、悪役とはいえ同情を禁じ得ない悲惨すぎる話です。
しかしパク所長は軍事政権である全斗煥政権に逆らうものを徹底的に弾圧しているのですが、彼が最も憎んでいる北の体制こそは民主主義の真逆であり、軍事独裁政権の方がよっぽど北に近いんじゃないの?と混乱しました。彼は現政権に逆らう者=「北寄り」と見なしているようですが、学生たちは民主的な選挙を求めているだけなのに……こういう思考回路の人って実際にいそうです。白か黒か味方か敵か、それのみで分けられちゃたまらんよね。
民主化運動のリーダーを私の好きなソル・ギョングが演じていて、出ていると知らなかったので一人で盛り上がっていました。(私の中では超大物スターなんですけど、なぜかポスターにも出ていない…)
今ではK-POP、韓流ドラマ、化粧品のイメージの隣国ですが、3月にみた「三島由紀夫vs東大全共闘」といい、自分も同じ時代に生きてたはずなのに、世代や場所が違うと、もう理解できないほどのギャップを感じる近過去の出来事。自分が生きてきた時代を見直すのって、価値観の全然違う国を旅するのと同じくらい面白いなぁと最近思っています。


『ゴジラ』監督:本多猪四郎(1954)
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夫がずっと家にいるため、私の映画鑑賞の趣味も多少影響を受けています。
で、なぜか初代『ゴジラ』の映画鑑賞。夫はこの映画と同じ年生まれ。私の生まれる前の映画。島に最初にゴジラが現れるシーンや嵐?のシーンは60年以上前の特撮といえ、けっこう迫力があって、これは子供の時に見たらビビっただろうなぁと思いました。ゴジラの暴れる場面以外の人間ドラマが妙に丁寧かつ少々意味不明ながら、今見ても面白かったです。
個人的にいちばんの注目ポイントはヒロイン河内桃子さんの着ている洋服。プレーンなワンピースやブラウスとスカート姿の素敵なこと。やっぱり昔の服ってドレメ式なのかしら?シルエットがとてもきれいだなぁと、映画と関係ないところに目が釘付け。しかし映画を見終えて河内桃子さんをググったら(ご存命なら88才。66才でお亡くなりになってました)、何と身長170cmもある方だったんですね。そうか〜、服の仕立ての問題よりもご本人がモデル体型でよく似合っていたのか…と納得。
ドラマ部分で最も謎だったのは、宝田明と河内桃子の関係。恋人同士のようですが、桃子さんの父親で古生物学者の志村喬の養子の学者(平田昭彦=和風イケメン)との関係も意味深で、清楚なお嬢様なのに、もしや三角関係?ゴジラってそんなめんどくさい人間ドラマだったのか?と驚きました。
最終的に水爆でも死なないゴジラを水中の酸素を奪う新型兵器でやっつけるんだけど、魚でもなく、そもそも海底にいたというゴジラなんだから、酸素奪ったくらいであっさり死ぬ理由がイマイチ分からん。
等々、疑問はあるものの、モノクロの暗い画面に、水爆実験によって生まれたという暗い背景、謎の三角関係といい、これって子供向けではないようです。感想としては、「ゴジラが大暴れしてスッキリするアクション映画」ではなく、暗い背景(水爆実験)に対する抗議や不安の方が心に残りました。


『パリに見出されたピアニスト』監督 ルドヴィク・バーナード(2018)
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パリ郊外で家族と裕福ではない暮らしをしているマチュー(ジュール・ベンシェトリ)はピアノが大好きな青年で、表向きはクラシックを否定しながら、ひそかに練習し続けていた。ある日、パリの北駅に置かれたピアノを弾いていると、偶然通りかかったパリ国立高等音楽院のディレクター、ピエールから声を掛けられる。その後警察に捕まったマチューは実刑を免れるため、公益奉仕を命じられた音楽院でピアノのレッスンを受けることになる。(シネマトゥディ)

放任系の我が家でもなぜか兄弟全員ピアノを習わされました。末っ子の私は母のうっかりで幼稚園に入れ忘れられたのに、なぜかピアノは習わされました。こういう場合、親自身が音楽好きとかなら分かるのですが、音楽美術文学映画等々、およそ文化全般に関心のない両親。ではなぜ?と思うでしょうが、私の世代は習い事の種類が少なかったため、一戸建てに住んでいる家にはアップライトピアノと百科事典はもはやセット小物という感じでほとんどの家のリビングにあり、隣近所の子供はみんなピアノを習っていました。私も隣家の体育系ワンパク坊主と一緒にピアノの先生のところに通っていましたが、毎度私もその少年も練習してなくて怒られに行っているようなものでした。ちなみに姉は1年ほど、兄はわずか3ヶ月でやめ、私は数年通ったのち、近所に越していたお姉さんに個人的にピアノピースで好きな曲を習うというゆる〜い形でしばらく続けましたが、中学に上がる頃には完全にやめ、以降我が家のアップライトピアノは単なる棚と化し、上に物をどさどさ置かれ、蓋も開けられない状態が続きました。やがて歳の離れたいとこがピアノを始めるというので喜んで送りつけ、ようやく我が家のピアノも少しは弾いてもらえたようです。

この映画の中で意外だったのは、主人公がお嬢様育ちのガールフレンドに「クラシックは自分のような環境の人間には金持ち用の音楽なんだ」的なことを言います。え?フランスでもそうなの?と驚きました。
それを思うと、昭和40年代の日本の首都圏では安月給のサラリーマンの家庭だった我が家でもピアノがあり、一緒に通っていた腕白坊主の家の両親はどう見てもヤンキー系の人だったのですが、やはりピアノがあり(彼はいつもそのピアノの上に登り、飛び降りる遊びをしていました)、ご近所のそこら中の家々から下手くそなピアノの音が聞こえてくる時代でした。バイオリンの先生もいましたが、バイオリンはちゃんとクラシックに造詣のある家庭の子が習う印象があり、ピアノは猫も杓子もとりあえず子供に習わせる習い事という時代だった記憶です。
今より豊かだったとは思えませんが、先に行けば行くほど豊かになるとみんなして信じて疑わない時代だったからなのか?
なんであんな邪魔くさいものを狭い家に置いて、揃って子供に習わせていたのか?今から思うと不思議な時代だったと思います。

音楽の素養がなさすぎて、正直「ラフマニノフ」の演奏が素晴らしいのか分からない私ですが、主人公ジュール・ベンシェトリはジャン=ルイ・トランティニャンの孫だそうです。お母さんはその娘でマリー・トランティニャンというフランスの女優だったそうですが、何とボーイフレンドのDVで亡くなったそうです。そんな背景は知らずに見ましたが、なんとなく目元の暗い印象のためか、この貧しい訳あり家庭から警察に捕まり…という設定によくマッチしています。
アフリカ系のガールフレンドもでき、少々不安定な性格がハラハラするものの、最後はコンサートに間に合い聴衆を魅了。出来過ぎの展開とハッピーエンド。最近のフランス映画はひねりも皮肉もなく、展開もスムーズ、なんとも見やすい映画です。
これが実話だったらすごいと思いますが、フィクションとしてはひねりが無く分かりやすい感動作。あ、別にけなしてはいませんヨ。


『セラヴィ!』監督 :エリック・トレダノ オリヴィエ・ナカシュ (2017)
c’est la vie
ウェディング企画会社社長マックス(ジャン=ピエール・バクリ)が主人公。ハゲて初老のおじさん。古城での豪華な結婚式の1日を裏方側から描いたコメディ。従業員の恋人がいるが、妻との仲をはっきりするまでは別れると冷たいしうちにあっている。カメラマンはスマホに仕事を奪われている自分の友人、バンド、スタッフ等々はいつもの面々らしいが、決して全てを任せられる有能で責任感溢れるとは言い難い面々。さらに足りない給仕を自分の義弟に頼んだら、この義弟が偶然新婦の昔の知り合いで彼女に気がある設定。さらに新郎がめんどくさすぎる男。
おいしそうな料理と素敵なインテリアを楽しむ映画と思ってみると、、、お城ですから確かに舞台は素敵なんですが、古いので電源が落ちたり、さらに冷蔵庫のプラグが抜けててメインディッシュの肉が腐ったり、その肉を食べたバンドメンバーが腹痛になったり、サプライズのパフォーマンスが失敗して新郎が彼方へ飛んでったり、次から次へとトラブル発生。
それにしても昼から準備に入り、夕方から始まり翌朝まで続く(新郎が飛んでったトラブルのせい?)パーティって、働く方はもちろん、呼ばれるお客も体力いるなぁ〜と思いました。
そしていい年したおじさんやおばさんがせっせとこのパーティ中にもカップルになるのもフランスらしい。若者らしい若者はカメラマンについてきた職業訓練の中学生くらい。(この子は可愛いけど、ある意味宇宙人的)
さらにヨーロッパ映画には欠かせない不法就労のパキスタン移民たち。言葉も不自由な彼らが最後にいい仕事をしてくれます。
ドタバタコメディですが、どこかフランス的な皮肉の効いた笑いで、笑って見ていると、最後の最後で思いがけず人間愛溢れます。セラヴィとはフランス語で「これが人生さ」という慣用句だそうで、「しょうがない」と言ったニュアンスらしいです。とても楽しく気楽に見られる作品。




tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。