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『ユリゴコロ』監督:熊澤尚人 『彼女がその名を知らない鳥たち』監督:白石和彌

cinema
12 /27 2018
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この2本は沼田まほかるの原作を読んでいたため、内容は知っていました。いっとき、私の周辺ではちょっとした「まほかるブーム」がおき、1冊読んでは回して感想言い合って盛り上がっていたものです。
怖いわ、それ以上にいやらしいのなんのって、女のいやらしさ全開のおっそろしい小説ばかりですので、健全な皆様には決してオススメしません。
そんなまほかる様原作小説が昨年立て続けに映画化。どんな風に映画化されたのか見たいと思いつつ、なかなか録画したまま見る暇がなかったのですが、年末の慌ただしい中、大掃除もそっちのけで見てみました(笑)

主人公は『ユリゴコロ』が吉高由里子、『彼女がその名』が蒼井優。どちらも若手の女優の中では好きな女優さんです。
忙しいので一緒くたに感想を言いますと、
『ユリゴコロ』はファンタジーです。印象としてはドロドロ感はなく、時代感もあるためか、あ〜ファンタジーを見たな〜という印象。夫になる松山ケンイチが出てくる以前の、殺人でしか『生』を感じられない前半はホラーですが、リストカット癖のある友人と殺人癖のある主人公の交友関係が痛そうで直視できなかった。
後半、松山ケンイチ演ずる夫と子供との暮らしの中で人間性を獲得していく主人公。
息子は松坂桃李。『彼女が』ではクズ男を演じているので、続けて見ると面白い。
そもそもこんな人いるわけないじゃんと思いきや、その後、名古屋大女子大生が犯人の事件が実際あったため、こういう人が実在することにたまげたのですが、果たしてこういう人がその後の人生で愛に目覚めたりすることってあるものなんでしょうか?
どんな小説もかなわないほどに現実は奇なりですから、ありえなくはないと思います。

『彼女がその名を知らない鳥たち』は『ユリゴコロ』よりももっとず〜っといやらしさ全開の映画で、主人公十和子はじめ、まさにクズ揃いの救い難いお話。
竹野内豊、松坂桃李、というイケメン俳優がこれでもかという最低男を演じていて、面白いです。
原作を読んだ時に友人と、陣治は誰が演じたらいいか?という話題で盛り上がりました。(映画では阿部サダヲ)
監督の白石和彌は『凶悪』や『日本で一番悪い奴ら』の監督なので、陣治の不潔感もイケメンたちのいやらしさも上手に描いていますが、それでもまほかる様のいやらしさには足りていません。原作の方がより一層、陣治の生理的な不快さがすごくて、うわっ〜と思って読んでるため、ラストがより一層衝撃的なのです。
ところで竹野内豊は10年くらい前にママ友たちとおしゃべりしてたとき、私が「どこがいいのかさっぱりわからん」と言ったら、その場にいた全員(確か6〜7人)から総スカン。私以外の全員がファンだったということに衝撃を受けた俳優です。その時私は、世の中の女性との間に越えられない谷があることを知ったのです(←大げさ)。
でも昨年、NHKの『この声をきみに』というドラマでの竹野内豊を見て、初めていいなぁ〜と思いました。ようやく世間との谷が縮まったわ。
ヒロイン対決は蒼井優が一枚上です。クレーマーのいやらしさから始まって、しょうもないクズぶりです。顔も体も美人でもグラマラスでないのに、なんとも色っぽくて(クズ)男たちを磁石のように惹きつけてしまう説得力があります。

ふ〜、大掃除に疲れて、お昼の後、まほかる様原作の病んだ映画を2本も続けて見てしまったよ。
大掃除の続きをやって、身を清めよう(笑)

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『女神の見えざる手』『ドリーム』『ラビング』『ザ・シューター/極大射程』『KUBO/クボ』『SING/シング』

cinema
12 /26 2018
慌ただしい暮れですが、ブルーレイに録画したままの映画を見ました。感想を簡単に書いておきます。

『女神の見えざる手』(2016) 監督:ジョン・マッデン
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アメリカが抱える闇の根深さにため息のでる作品。アメリカは銃乱射事件を繰り返しつつ、何であげな危険なモンが禁止にならないのか!?その原因の一端が少し分かったような気がしました。
ジェシカ・チャステインが息つく暇のないやり手のロビイストを熱演。こういう役がドンピシャです。売春夫を買って一時の癒しを得るような神経すり減らす戦いの毎日。見ているだけでこっちの神経もすり減りそうな社会派サスペンスですが、アッと驚き胸のすくラスト。
いや〜面白かった!映画館で見てたら、その年のベスト3には入る作品でした。
『スリービルボード』と並んで脚本賞をあげたい作品です。

『ドリーム』(2016) 監督:セオドア・メルフィ
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これまた映画館で見てたら年間ベスト3に入れたい作品。
1960年代初め、アメリカ宇宙開発史の影にこんな女性たちの活躍があったとは!?
それにしてもこの時代、難しい軌道計算をしている数学の天才たちが”黒人の女性”というだけで、こんな離れたトイレまで毎日走らなければならなかったとは!今見ると笑うしかないのだが、時代の価値観というのは想像以上に暴力的なものなのだな、と思わざるをえません。
『女神の〜』と同じく、スカッと胸がすくラスト。まさに元気と勇気をもらえる作品。実話ものに弱い私はその辺もドンピシャにハマりました。

『ラビング 愛という名前のふたり』(2016) 監督:ジェフ・ニコルズ
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こちらも2016年制作、実話をもとにした作品です。
2016年は傑作が多かったのかしら?個人的には親の介護が始まり、なかなか映画館に行けなくなった頃かな。
ここにきてまとめて見ることができてよかったです。
こちらも「時代の価値観」の暴力性をとても静かに個人目線から描いた作品。1958年異人種間の結婚が禁止されていた米バージニア州で結婚した夫婦の実話の物語。実話の夫婦の名前が本当に「Loving」なんだそうです。
公民権運動の象徴になった夫婦ですが、内容はとても淡々としています。夫役の俳優がイケメンとは言いがたく、見るからに無骨な大工の男。黒人の妻は夫よりはマスコミに対応したりもしますが、楚々として控えめな美人で、彼女の社会的な目覚めが見せ場では全くありません。どこまでもただ夫婦で居たいだけ。そしてお互いの家族の住む故郷に帰りたいだけ。
自然な演技と淡々と描かれた夫婦の愛が胸に迫ります。

『ザ・シューター/極大射程』(2007) 監督:アントワーン・フークア
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引退し山奥で犬と生活している元海兵隊の凄腕スナイパーがマーク・ウォールバーグ。元大佐が大統領暗殺計画が発覚したため、凄腕スナイパーならどんな計画を立てるか知恵を借りたいと言ってくる。暗殺阻止に力を貸す主人公。しかしそれは巧妙に仕組まれた罠だった…というお話は面白く、さらに犯人に仕立てられて逃げる途中のサバイバル知識もへぇ〜と面白い。
相棒になるFBI捜査官マイケル・ペーニャは一眼見た瞬間、あっこの人!と思ったら、いろんな映画で主人公の相棒役をやっている俳優でした。『ワールド・トレード・センター』でニコラス・ケイジと、『フューリー』でブラピと。いつも頼りになる相棒役がぴったりのラテン系脇役俳優に注目。

『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(2016) 監督:トラヴィス・ナイト
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まさか、日本を舞台にした時代劇、それもストップモーションアニメ映画がアメリカでアメリカ人たちによって作られる時代がくるとは!おまけに着物とか村とか不自然じゃありません。「斬」と同じ程度に妙なところはあるものの、歴史考証が重要なドラマではないので、全然OK。(私自身歴史に詳しいわけではありませんし)
三味線の音色に合わせて折り紙が生き物のように様々な形になって芝居を始める場面が素晴らしい。この映画自体が(人形をちょっとずつ動かす)ストップモーションアニメのためもあり、若い頃見た人形浄瑠璃の舞台を思い出しました。クボが母と2人、ある村の片隅で細々と暮らしているところを月の一族が襲い母は亡くなります。残されたクボは月の一族と戦う中で自らの出自を知っていく、というお話。許されぬ恋に落ちたロマンチックな両親のはずなのに、なぜか冴えないサルとクワガタになってクボを助けるというお笑い要素も。『ココラインとボタンの魔女』とか『9 〜9番目の奇妙な人形〜』が好きな人なら気に入りそうです。それらよりも癖がなく、お話は王道のファンタジー。

『SING/シング』(2016) 監督:ガース・ジェニングス
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こちらは『KUBO/クボ』に比べてもっとずっと王道のアニメ映画。絵も内容も正しいアメリカン。でもやっぱり面白い。
『アメリカンアイドル』というオーディション番組がありますが、それを思い出してしまった。
豚のお母さんのメカニック強者ぶりが面白い。それぞれのキャラクターが面白いのはもちろんですが、やはりコンサートシーンが見応え十分。
『KUBO/クボ』とこの『SING/シング』ではどちらもマシュー・マコノヒーが声優として重要な役で出ています。アニメ好きなのかな?
向こうのアニメっていわゆる声優はいないのか?有名俳優が声優として名を連ねています。みんな歌が上手い。キングスマンの主役タロン・エガートンがゴリラの男の子で、スカーレット・ヨハンソンがハリネズミのロック少女でいい声聴かせます。


『ザ・シューター/極大射程』だけが2007年ですが、それ以外全て2016年の映画。
2016年製作で2017年日本公開だったりすると、2017年は本格的に親の介護が始まりほとんど映画館へ行けなかったので、見逃してるのが多いのかもしれません。今回まとめて見てみて、どれも傑作で満足しました。家のリビングで特に家族と見ると、集中力欠いてしまうため、あまりしっとりした地味な映画は向いていません。『ラビング』だけは一人で見て正解でした。ドラマ嫌いの夫も『女神の見えざる手』と『ドリーム』には感心していました。

年賀状は終わった。大掃除はまだ5割方。
お正月は実家が今使えない事情があり、両親&姉親子が我が家に集合予定。のんびり寝正月したいところだが、けたたましいお正月になりそう。でも姉が大の料理好きのため、おせちはお任せできるのがラッキー。
そうとなったら、年末が私の貴重な時間。大掃除なんてほっといて、WOWOWで録りためた映画を見てしまおう!

『来る』  監督:中島哲也

cinema
12 /19 2018
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2018年、おそらく今年最後の映画館での鑑賞はホラー?オカルト?です。
正直、ホラーとかスプラッターには興味のない私ですが、友人の希望で見ました。
この監督は「下妻物語」の監督なんですね。ついでにいうと「告白」と「渇き。」の監督でもあります。
「下妻物語」は楽しい映画でしたが、以下2作、特に「渇き。」はなかなかしんどい映画でした。

さて『来る』はかなりの血みどろ、かつラストはオカルト大戦争の様相でかなりエンタメ色強いため、見終わった後、暗く落ち込む感じではありません。とはいえすっきりとはしません。結局何が何やらよく分からないままです。

ホラーとして怖いと思いませんでしたが、この映画の一番面白い部分は、前半の主役、妻夫木聡演じるサラリーマン田原という人間だと思います。
田原はいつも陽気な男で、理想のイクメンパパをブログで綴っているのですが、イクメンブログを綴るのに忙しくて実際には子供のオムツ一つ替えません。おかしいのは本人も我が子への愛を疑っておらず、妻の憎悪にも鈍感です。
ネット上の評価を、リアルな人間関係以上に重視してしまう現代人の滑稽さをグロテスクに描いているのかもしれません。

私もこのブログを書いてるわけですが、ここに書かれている「私」は実際の私をかなり正直に書いています。でも逆にリアルな友人、ママ友やパート仲間が読んでも、おそらく私とは結びつかないと思います。映画や本の話はほとんどしないし、変な映画が好きなオタクだってわざわざ自分から言ってないので。(ごく少数のオタクなリアル友人はこのブログの存在を知ってます)
そういう意味では私も田原と同じく、現実の友人たちを裏切っていると言えなくもない…のかな?

ところで結局この映画で『来る』のはなんだったのか?
民俗学者が出てきて、過去の日本で口減らしで殺された多くの赤ん坊の話や、主演岡田准一演じるライターの男が過去に恋人に堕ろさせた子供の話がしつこく出てきて、生と死のイメージが繰り返されますが、実際に登場人物たちを殺した者はなんだったのか?よく分かりませんでした。
『渇き。』の小松菜奈ちゃんは怖かったけど、この映画の小松菜奈ちゃんは可愛かったです。
なんかスタッフが頑張って作った感があるね、と友人とも感想を言いました。

全然関係ないけど、予告はこれからやる邦画ばかり延々見せられましたが、若い人向けの邦画のうち2本が余命宣告された主人公の恋愛もの。これほど手垢のついた企画にお金出してスタッフ揃えて、よく撮るな〜というのが正直な感想でした。でも余命宣告でもされないと、リアルに他人と関わる気がしないのなら、そっちの方がよっぽどホラーかもしれませんね。






『パッドマン』 監督:R・バールキ

cinema
12 /13 2018
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夫が妻のために安くて安全な生理用品を作ろうとする実話を基にしたドラマ。清潔で安価なナプキンを低コストで大量生産できる機械を発明し、さらには女性たちに働く機会を与える主人公の奮闘を描く。(シネマトゥディ)

なんと事前にネットでチケットをとったのに、1時間時間を勘違い、冒頭20分ほど見そびれると言うアンポンタンな私。
見そびれた部分は友人の話によると、結婚式のシーン(多分インド映画らしく歌と踊り?)や妻が生理になり部屋に入らず外で寝ると言う場面だったようです。
貧しいけれど気のいい主人公ラクシュミが妻ガヤトリを娶り、初めて女性の生理の存在を知りますが、妻が不衛生なボロ布を当ててたり、生理中は寝室に入らず外で寝たり、我々日本人にはこれが2001年ということにまずびっくりします。インドは大きな国ですから、都市部と農村部との差は日本の想像を超えて大きいのかもしれません。
ナプキンはあるけれど、庶民にとっては高額で手が出ない。そこで愛する妻のために安いナプキンを手作り始める主人公への周囲からの偏見がすごいです。自分で人体実験の際、動物の血で聖なる河を汚したこともあり、村会議が開かれ村中から非難轟々、母親からも見捨てられ、妻は実家に連れ戻されます。
これは宗教的汚れに対する非難以上で、もう社会的に抹殺されそうな勢いなんですが、日本だとどういう例なんだろう?ちょっと思いつきません。戦争中の非国民みたいなもの?もしくはロリコンの変態に対する非難みたいな感じ?う〜ん、ちょっと違う気がする。
しかし、この主人公の頑固さが、これがまた半端ないです。

やがてビジネスパートナーとなる女性と出会い、工科大学の賞を取り賞金で設備を整え、女性の自助に役立て、国連に呼ばれ片言の英語で演説。米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたほか、インド政府から褒章を授与され。かって追われた故郷も大歓迎、妻とも復縁というハッピーエンドとなるのです。
国連の演説で、英語ができないラクシュミですが通訳を断り、片言の独特の表現で見事に感動的なスピーチをします。

このビジネスパートナーとなるパリーは妻ガヤトリとは対照的な女性で、料理上手でリベラルな大学教授の父を持ち、高い教育を受け、進歩的で自立した女性。二人は国連の演説の際、お互い愛し合ってることを意識するものの、そのまま別れます。パリーが車の中で父にいう言葉が印象的です。「彼は私と一緒に都市で暮らしたらつまらない男になる。彼にはバカなままでいて欲しい」
本当にそうだね〜と深くうなづいてしまいました。洗練されたパリーと上流階級でお金持ちになったら、このバカバカしいレベルの思い込みと頑固さ、特許を取らずに低コストで女性たちの役に立ちたいという愚直なまでの信念。
最近のゴーンさんやら、中国の大金持ちの億単位のニュースのせいか、もう清々しいです!まさに心洗われます。男尊女卑の保守的な国インドにおける、女性の自立支援を描いた映画という捉え方もできますが、もっと素直に世界中の誰が見ても男性が見ても、バカの一念岩をも通す(こんなことわざはない?)的な楽しく見られる感動作です。
あえて欠点を言えば、迫害される描写、スピーチ場面等、描写がくどい(笑)。でもその洗練されていない表現がインド映画らしい趣(万人に分かりやすい)と思えます。映画を普段見ない人にもオススメです。

主人公ラクシュミを演じた俳優はボリウッドのスターらしいですが、伊吹吾郎をもっと人を良くしたような感じ。妻のガヤトリとビジネスパートナーになるパリーは共にインド美人。
そうそうこの映画では地方のためかサリー姿がたくさん見られてよかったです。私が先月行った実際のインドでは、サリーを着ているのは中年以上ばかり。若い人は皆パリーみたいなチュニックにズボンみたいな服装ばかりでしたから。
この監督の妻は「マダム・イン・ニューヨーク」の監督だそう。この映画はとっても可愛い映画でした。出てくるボール状のお菓子を西葛西で見つけてたくさん買ってきたっけ。スパイスと粉を固めた不思議なお菓子で癖になる美味でした。

最後にモデルになったパッドマン本人の写真が出ますが、佐藤二朗もびっくりの真四角顔で、見るからに頑固一徹な感じです。

『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』鴻上 尚史:著 『インド夜想曲』アントニオ・タブッキ:著

book
12 /05 2018
『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』鴻上 尚史:著
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太平洋戦争の末期に実施された”特別攻撃隊”。戦死を前提とする攻撃によって、若者たちが命を落としていった。
だが、陸軍第一回の特攻から計9回の出撃をし、9回生還した特攻兵がいた。その特攻兵、佐々木友次氏は、戦後の日本を生き抜き2016年2月に亡くなった。
鴻上尚史氏が生前の佐々木氏本人へインタビュー。
飛行機がただ好きだった男が、なぜ、軍では絶対である上官の命令に背き、命の尊厳を守りぬけたのか。(「BOOK」データベースより)

うちの夫は第2次世界大戦オタクです。
ともかく詳しい。世界各地の戦闘・戦略史、そこで使われた兵器、〇〇戦車の装甲(鉄板のこと?)に穴を開けられたのは〇〇砲だけとまで。
一番のお気に入りはドイツ軍が誇るティーガー戦車とやらで、その本物が出ているというので「フューリー」(感想はこちら)を勇んで見に行って、映画のあまりの悲惨さに珍しくテンション下がってたのが印象的でした。
若い頃、スピルバーグの「プライベートライアン」を一緒に見に行ったのですが、冒頭のノルマンディ作戦戦闘シーンは当時使われた武器まできちんと考証して再現されてるそうで、夫にとって見所はそこだけで、残りのドラマはどうでもよかったらしく、映画を見た後、延々戦闘に使われた武器の説明を始めました。そんなもんに興味のない私が、「4人の息子のうち3人が次々戦死したら、母親としては辛すぎるよね」と言ったら、「え?そういう話だっけ?」と答えたのには心底びっくりしました。なに見とんじゃ、こいつ!?「この人と結婚してよかったんだろうか?」と、思えばあれが1回目の後悔だったりしたかも…
特攻にもロマンを感じていたタイプらしく、私が「自爆テロとなにが違うの?」と言ったら、「君はなにも分かっていない」と言って不機嫌になってたけれど、私も亡くなった兵士のことを侮辱する気は1mmもないのです。しかし特攻隊を「美しい物語」として持ち上げることには非常に違和感があり、長年の謎だったのです。
もしも自分の息子が特攻で亡くなったら、英雄として持ち上げられて納得行くものだろうか?私だったら、「若者の命を消耗品にするな!」と激しい怒りを感じると思う。

でもなぜか、長年感動的な美しい物語になっていたそのカラクリから、そもそもこの作戦を考えた意図まで解明してくれているので、特攻好きにも興味深いと思います。
悲しいのは、特攻の生みの親と言われる大西中将は戦争を終わらせる手段としてこれを採用。暴走する軍部に命令できるのは天皇だけだから、特攻を始めれば天皇は必ず戦争を止めてくれると意図して始めたという話。この期待は虚しく天皇は沈黙。この作戦は続き、敵を爆撃することよりも死ぬこと自体が目的になっていくのです。その理由は勝ち目のない戦争を維持するため、「若者が自分の命をかけて祖国を守ろうとしている」という自国民に向けての戦争維持キャンペーンとしての役割に使われたという指摘です。
戦争を終わらせるための苦渋の決断がかえって若者を消耗品として死なせ、かつ国民を黙らせる手段になってしまうなんて悲しすぎます。戦前の天皇は神様だったので、そういう人間くさい忖度を期待するのはおかしい。「この戦争に勝ち目はない。日本の次世代を失う戦いを終わらせることができるのは陛下あなたしかいない」とはっきりお願いすればよかったのに。

9回出撃して戻ってきた佐々木さん、当時若干21歳の主人公のキャラクターがとてもいいです。
決して反抗的な人ではないのです。しかし死んでこいと何度怒鳴られまくっても、帰ってくる。
92歳で著者のインタビューを受けた時には「寿命だから」と繰り返し、著者が当時の無能な司令官に対する怒りを引き出そうとしてもそれには応じず、もはや誰を恨むのではない、淡々とした心境のようでした。
もともとそういう性格なのだと思いますが、それでも21歳と92歳では同じ人間でも心境は違うと思うので、それは92歳の心境なのだと思います。
儀式好きの司令官の無理な要求に従い、司令官に挨拶をするためだけの危険な旅で尊敬する将校をいっぺんに亡くした悔しさは十分想像できます。だから彼は「亡くなった6人の将校の分まで爆撃して、生きて戻ってくる。」と周囲に話していたそうです。

戦争中の話にも救いはあります。
佐々木さんが尊敬する岩本将校は爆弾を外せないようにした特攻機を整備士に頼んで爆弾を投下できるように修理してもらう話。
軍隊という命令が絶対の組織の中では、これは勇気のいる決断と思いますが、特攻に最後まで反対し、部下たちにも無理に死なずに帰ってこいと命令し、特攻専用機を爆弾をはずせるように応えた整備士たちも素晴らしいと思います。
あまりにバカげた命令は聞く必要がないと、思考停止の戦争中でさえ判断してくれる上司がいたこと。
佐々木さんが生き残った理由はご自身が言うように「寿命」と言うものがあったのだと思いますが、こういうまともな判断ができる上司に恵まれたことも彼の運だったのだと思います。

この本はさらに、日本人における「世間」と「社会」の関係を分析、それは戦前の話だけではなく、今の日本社会にも残っているのだという指摘。確かに同じ日本人なのだから、変わっていなくても不思議はありません。
著者は徹底して「命令した側」の責任を問うています。
しかし私は粛々と無茶な要求に従う我々がいるから、戦争中と同じく理不尽な命令も存在するのでは?と思います。
さすがに戦争中に命令に背くことは命がけでしょうが、それでものらくらとでも命令に盲従しない姿勢は大切だと思います。
ブラック企業然り、スポーツ界然り、そうそうがん治療もね。医師のいいなりにならず、自分のとって役立つ情報を集め、納得のいく治療を受けることだってそうですよね。
でも私も高校時代は体育会系の中でも武道系の部活に入っていたので、先輩には絶対服従、食事で座る場所一つとっても上座とか下座とか、合宿なんて1歳違うだけで天国と地獄の差。正直いうと、この絶対服従というのはすごく楽チンなんですね。自分の頭で何も考えなくていいし意見を言わなくていいのですから。先輩の命令には「はい!ありがとうございます!」って大声で怒鳴り返せばいいんですもん。だから多くの人が素直にブラック命令に従うのも気持ちは分かります。

大体そもそも自分の意見を言う訓練って子供時代に教育されただろうか?と思います。
うちの子が公立中学に入学した時、入学式での校長の挨拶にびっくりしました。
「皆さんは自分の意見を言ってはいけない!」といきなり大声でドウカツするのです。会場はざわざわしましたが、その後続けて「なぜなら皆さんはまだ自立していないから。自分の意見を言えるのは社会に出て自立してから初めて言えるのです」と。なんとなく分かったような気になりましたが、よく考えると変です。
だって成長過程で自分の意見を言う練習もせず、社会に出た途端意見って言えるものなの?自分の意見を言う以上に他人の異なる意見を聞くことこそ辛抱強い訓練が必要だと思うのですが、教師からしてこの姿勢では難しいだろう、と思いました。
うちの子供は体育会系な性格のためか、この学校とは相性が良く楽しい中学時代を過ごしましたので、個々の先生方には感謝しているのですが…。でも「自分の意見を言ってはいけない」が教育の大前提って絶対変でしょ。

今も日本社会に残る様々な理不尽、そのことにきちんと異を唱えることができるか?
特攻隊の話から思いがけず現代の日本人一人一人が課題を突きつけられたような読後感でした。


 『インド夜想曲』アントニオ・タブッキ:著 須賀敦子:訳
Antonio Tabucchi

失踪した友人を探してインド各地を旅する主人公の前に現れる幻想と瞑想に充ちた世界。インドの深層をなす事物や人物にふれる内面の旅行記とも言うべき、このミステリー仕立ての小説は読者をインドの夜の帳の中に誘い込む。(「BOOK」データベースより)

これは感想を書くのはムリな小説です。
イタリア人の「ぼく」がインドで行方不明になった友人シャヴィエルを探して南インドを彷徨う物語、ということになっているけれど、「友人シャヴィエル」も「ぼく」もだんだん曖昧になって行き、行方不明の友人を(始めはともかく)本気で探していないし、そもそも本当にシャヴィエルがいるのかも曖昧になって行きます。もっと言えば、その友人とは「僕」自身ではないのか?という疑問も生じてきます。
幻想的と言っても、非日常な風景や、奇怪な人々や、ドラッグの見せる光景が出てくるわけではなく、いわゆる幻想小説とは違います。
淡々と「ぼく」がシャヴィエルを探してインドで出会った風景や人々を描写しているだけなのですが、全てが夜の闇に溶け込んでいるような、虚実ないまぜな不思議な情景が広がります。ミステリーといえばミステリーですが、解決を期待して読むミステリーでは全くありません。

匂ってきそうなスラムのホテルから、超高級リゾートホテルまで出てきますが、この幅の広さもインドらしい気がします。マドラスの神智学協会とかゴアの修道院とか、宗教もインドには欠かせない要素です。
ボンベイのスラムで彼の恋人だった娼婦から聞いて訪れる病院で、
「インドでは失踪する人はたくさんいます。インドはそのためにあるような国です」と医師が言うところでは、1ヶ月前のインド旅行で、夜のバザールでウロチョロした後、ホテルに帰ろうとして、うっかり方角を見失った時の焦燥感を思い出し背筋がゾッとしました。

この小説の中で、最も忘れ難いのは夜のバス停留所で出会う目の美しい少年と彼が背負った彼の兄の情景。なんか脳裏に焼きついて離れない光景です。
幻想的でありながら、現実のインドが持つカオスをよく現しているようでもある。
ストーリーを追ったり、謎解きをするミステリーではなく、須賀敦子の訳で、この不思議で幻想的な世界が脳裏に広がる快感。なかなか他にはない読書体験が味わえます。眠れない夜に繰り返し開きたくなるような本です。

tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。