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『バーフバリ 伝説誕生』 (2015) 『バーフバリ 王の凱旋 』(2017) 監督:S・S・ラージャマウリ

cinema
10 /22 2018
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見ようと思っても用事ができて観られなかったり、すでに上映が終わってたりで、さっぱり映画を観ていません。
録画ですが、大作を2本観られたので、感想を書いておきます。
以下あらすじ…

多数の兵士が、赤児を胸に抱いた老女を滝へと追い詰める。彼女は自分の命と引き換えに、その小さな命を救おうとする。村人に助けられて一命を取り留めた赤ん坊はシヴドゥと名付けられ、たくましい青年へと成長する。滝の上の世界に憧れを抱いた彼はある日、美貌の女性戦士アヴァンティカと運命の出会いを果たす。(伝説誕生)

ある日、シヴドゥは自分が今や人々の語り草となっている伝説のヒーロー、バーフバリの息子だと知る。彼は父親の家臣カッタッパから父はある人物の裏切り行為により命を落とし、王座を追われたという話を聞く。かつて父バーフバリはカーラケーヤとの戦いに勝利し、国母シヴァガミから王位継承者として認められ……。(王の凱旋)

監督はインド版ハエ男の「マッキー」が有名な監督です。
インドの歴代興行収入最高額を記録した映画で、日本でも異例のロングラン公開されているそうです。
今まで観たインド映画はどれもこれも娯楽映画として文句のつけようのない面白さ!さすがボリウッド、映画大国です。
本作は派手+人海戦術+アクション満載の叙事詩大作です。
古代インドを舞台にしたとある王国の祖父、父、そして息子の3代に続く因縁の戦い?
CGが多用されていますが、後半「王の凱旋 」の戦闘シーンはロードオブザリングを思い出しました。AT大国でもあるインドのことだから、CGは得意なんでしょうが、正直インドの人口を考えると、人海戦術でも撮れるかも?などと考えてしまいました。

「伝説誕生」は断崖絶壁から落ちてなんで平気?とか笑って観てましたが、後半「王の凱旋」になるとあまりのリアリティの無いアクションシーンの連続にに思わず眠気に襲われました。どうもアクションシーンが続くと眠くなってしまう体質のため、前半の「伝説誕生」の方が私的には面白かったです。でもきっと世間的(特に若い男性)には絶対この「王の凱旋」の方が面白いでしょう。もうアリエナ〜イアクションの連続!またよくこんなこと思いつくな〜という戦術の連続で絶対リアルには無理なんですが、思わず漫画チックで笑ってしまうのです。
叙事詩だし、荒唐無稽のアクション映画だし、人間ドラマとしてみる部分はほぼ無いのですが、一つ印象に残ったこと。
インドの国母シヴァガミは自分の生んだ子と生後すぐに両親を無くした甥であるバーフバリを分け隔てなく育てた上に、バーフバリに王としての素質を見、任命します。その後、自分の息子と夫に命を狙われ、生まれたばかりのバーフバリの息子を命がけで助けるのが、あらすじの冒頭のシーンになるのですが、こんな立派な女性の息子と夫にしてはどちらもダメダメ暴君キャラ。
そしてバーフバリの妻になるデーヴァセーナも主人公シヴドゥ(=子バーフバリ)と恋に落ちる女性戦士アヴァンティカといい、女がみんなめちゃ強い!これは女性には強くあってほしいというインド男の理想を描いているのか?ギラギラな濃い顔してるけれど、インド男は甘えん坊なのか?などとアホなことを考えてしまいました(笑)
そして主人公(父バーフバリと子バーフバリ(シヴドゥ)一人二役)と敵役、どちらもすごく濃い顔でしばらく区別がつかず、女性陣もみんな似てて、見ているうちに区別がついてくるのですが、初めは同じに見えてしまいました。
いいなと思ったのは、インドの女優さんはみんなちゃんとお肉がついてて、ガリガリじゃないところ。

日本で公開されるインド映画はハズレなし、と言ってもいいくらいどれも面白いのですが、でも個人的に一番好きなのは「巡り逢わせのお弁当」。公開時、インドの小津安二郎などと紹介されていたしみじみとした作品です。
娯楽大作もいいけれど、インドを舞台にしたこういう繊細な人間ドラマをもっと見てみたいものです。
と思ったら、「巡り逢わせのお弁当」の監督リテーシュ・バトラは「ベロニカとの記憶」 (2017)を撮ってたんだ!インド映画じゃ無いけれど、これは見なくちゃ!
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『1968年激動の時代の芸術』展  &  『太陽の塔』 監督:関根光才(映画)

art
10 /07 2018
『1968年激動の時代の芸術』展
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3連休、夏が戻って来たような暑さですね。
夫と千葉に現代アート展を見に行きました。
「世界中で近代的な価値がゆらぎはじめ、各地で騒乱が頻発した1968年は、20世紀の転換点ともいうべき激動の年でした。日本でも、全共闘運動やベトナム反戦運動などで社会が騒然とするなか、カウンターカルチャーやアングラのような過激でエキセントリックな動向が隆盛を極めました。近年、この時期に起こった文化現象が様々な分野で注目を集めており、「1968」は国内外で文化史のキーワードとして定着したと言えるでしょう。」(千葉市美術館チラシより)

1968年には私は10才、小学生でした。
でも年の離れた兄弟がいたので、なんとなく時代の雰囲気は覚えているような気もします。
その時代の雰囲気を一番伝えていたのは兄が買ってくる「COM」という漫画本でした。
漫画を読まない兄ですがミーハーなので、きっと学校で流行っていたのだと思います。本人は完全理系頭の持ち主で、買ってくるものの、その雑誌を読んでいる兄を見た記憶がありません。それはガロに対抗して手塚治虫が始めた実験漫画本でした。
始めの頃は、「悟空の大冒険」とか子供向けの漫画もあったのですが、そのうち子供には訳の分からない漫画だらけになりましたが、それでも子供の本などない家でしたので、私には「りぼん」と並んで貴重な漫画本として、眺めていました。
岡田史子という文学の香り高い作品や石ノ森章太郎の「JUN」という美しいイラストのような作品と並んで「フーテン」という漫画がありました。新宿を舞台にした若者たちの群像劇だったと思うのですがストーリーは全く覚えていません。
今回、この『1968年激動の時代の芸術』展を見ていて、新宿の若者たちの写真を見たとき、あ〜っ!と懐かしい知り合いに会ったような気になりました。まさにあのフーテンの漫画どうりの若者たちの写真があったからです。

前半の政治的スタンスの濃い作品群は見ていて美しくも楽しくもなく、美術的価値があるとは思えませんけれど、文学と同じように「時代の空気を伝える」ことも芸術の役割だとするならば、まさに時代の空気を伝えている作品群でした。
後半の赤瀬川原平の漫画や、宇野亜喜良、田名網敬一のイラストは今見ても楽しく絵としても美しい。
おかしかったのは、1970年の大阪万博繊維館の展示です。
政府主導の一大イベントだった割りには、岡本太郎をシンボルに起用したり、横尾忠則を繊維館のデザイン監督にしていて、役人からビジネスマンまでみんな頭が柔らかかったのか?繊維館、変すぎます。めまいがしそうなサイケな内装や、真っ赤な部屋に四谷シモンの不気味な人形がズラ〜っと並んでいる光景は異様としか言いようがありません。今だったら、一体これは何が言いたいんじゃ〜っとネットで炎上必至でしょう(笑)
また万博反対運動も盛んだったようで、あっちこっちですっぽんぽんの抗議運動とか、何でもありの様相です。
いい悪いは別として、今から50年前の日本の若者は元気でエネルギーを持て余していたことはよく伝わりました。
そういえば今でも私より一回りくらい上の世代って元気だよね。
私の世代は大学生の頃、三無主義と上の世代から罵られ、お嬢様ブームや結婚相手に求めるのは三高(身長、学歴、収入の3点が高い)とか、保守的な世代でした。今の若者は保守どころか右傾化してますので、この展覧会を見たら、バッカじゃない?としか思わないだろうな〜。私でも思ったもん(笑)
でも正直いうと、こんなにめちゃくちゃできた昔の若者たちがほんのちょっぴり羨ましい気もしました。若者が馬鹿者でいられた時代だったのですね。


『太陽の塔』
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現代アートデーとして、美術館の隣の映画館でやってる「太陽の塔」というドキュメンタリー映画も見ました。
これはもう面白がるか、寝るしかない!という奇妙な映画でした(笑)
岡本太郎は'70年大阪万博のシンボルとして「太陽の塔」を作った芸術家で、私のとっての子供の頃の彼のイメージは「芸術は爆発だ!」と叫ぶ一発芸の芸人さんというものでした。
しかし最近になって、美術好き(というか老後の趣味を美術研究?と決めたお勉強好き)の夫に付き合い岡本太郎記念館に行った際、著作本がいっぱい並んでいて、芸術論の人だったのか、と知りました。
今回この映画を見て納得しました。岡本太郎は芸大に入学して半年も立たないうちにパリに留学し、美術学校ではなく人類学や民俗学を学んでいたのです。
この映画は次から次へと岡本太郎ゆかりの人やら、いろんな専門家が出てきて、ず〜っと話しているだけの映画なのです。でも何だか不思議と面白い。
内容は万博の話から、岡本太郎の人生、縄文文化との出会い、3・11、南方熊楠との関連からマンダラ〜大宇宙、他なんだっけ?もう縦横無尽に色んな話に飛び、岡本太郎をキーワードにおじさんたちが喋りまくってるだけ、の映画で、おまけに話してることの半分も訳分かりませんけれど、何やら不思議なエネルギーに当てられました(笑)

いくつか印象に残ったのは、1970年の日本万国博覧会は今の若い人には想像もつかないほどの国をあげての一大イベントだったと記憶していますが、「人類の進歩と調和」をテーマにしてるのに、進歩と調和を否定している岡本太郎にシンボルを頼むのも不思議ですし、丹下健三の新工法の大屋根に大きな穴を開ける変更をし、巨大な太陽の塔をぶち建てるなんて、インタビューの中でも誰かが言っていましたが、当時は役人も頭が柔らかくて、建築家たちも若くて熱気がすごかったとか。
当時は日本って国自体が元気な若者期だったんだな〜と思いました。
縄文土器は炎の表現だけでなく、獣を狩るときの高揚感を表現しているという話も面白かったです。
南方熊楠も岡本太郎も若い時代、欧米に留学し、帰国してから自分のローカリティを突き詰めて行って、南方は粘菌という極小の生物に大宇宙を見、岡本は縄文の生命感にやはり宇宙を見たとか何とか???意味不明ながらこのあと、話はチベット仏教のマンダラになる…と。ず〜っとこの調子なんです。
いや〜隣で夫は寝てるし、意味不明すぎて(笑)あ〜面白かった。
結論、「芸術は爆発だ!」は至極名言だと改めて思いました。

『北澤美術館〜花のジャポニスム〜』『イルフ童話館』 in 諏訪湖

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10 /01 2018

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先週の木金曜日、友人Mさんと諏訪湖温泉旅行に行きました。
新宿からあずさに乗り茅野で下車。バスで山のふもとへ、北八ヶ岳ロープウェイで一気に2200mに登りました。高地での肺の調子が心配でしたが全く問題なし。
晴天なら遠く北アルプスまで見えるはずが、山頂は雲の中に入っていたため、足元しか見えない状態。山頂の坪庭を一周しましたが、周囲の針葉樹が長谷川等伯の松林図屏風のよう。風情があるといえば言えなくもない。
それより寒いのなんのって、冷蔵庫に入ったようでした。用意のいいMさんにホカロンやらダウンを借りました。
山を降りると下界は薄曇りで周囲の山々もきれいに見えて、わざわざ高いところに行ったのに〜とがっくし。でもこの旅の目的は高地での体調を見ることだったため、その目的はかない、一安心です。

諏訪大社って4カ所もあることを初めて知りました。
諏訪湖の南側にある前宮・本宮は男の神様、諏訪湖畔にある下社春宮・秋宮は女の神様。女神さまは2〜7月に春宮、8〜1月に秋宮にいらっしゃるそうです。男の神様が諏訪湖を渡って女の神様に会いに行くのが御神渡りとの説も。
とりあえず本宮と書いてあるところに行くと、広くて霊験な雰囲気です。Mさんはここがいたく気に入った様子。

諏訪湖畔の温泉旅館に一泊。
ここで全然関係ない話ですが、寝る前に温泉、2回目を入りに行くと、若い女性が湯船の中で大声で携帯で電話中。喧嘩でもしているのか、ずっとがなっています。夜遅いので空いてましたが、なんせお風呂ですから響く響く。もうびっくりしました。そもそも携帯ってお風呂の中でも使えるの?電車でお化粧している女性を初めて見たときと同じ衝撃でした。どこでも自分の個室に変えて、周囲を目に入らなくするマジックでも使えるんだろうか?

翌金曜日は雲一つないいいお天気。
北澤美術館でアール・ヌーヴォーを代表するフランスのガラス工芸家、エミール・ガレ、ドーム兄弟、ルネ・ラリックの作品を見ました。現在の展示は日本の影響を受けた作品展。
19世紀後半のヨーロッパ美術が浮世絵の影響を受けたことは知っていましたが、今回驚いたのは植物自体がずいぶん日本から輸出されていたこと。外来種として日本の植物がヨーロッパの地を侵略していたとは初めて知りました。
百合なんてヨーロッパのイメージでしたが、日本の百合は種類も多く大変人気だったそうです。
ガレの作品はヤブカラシとか、レンギョウ、松など渋いものも、また昆虫をモチーフにしたデザインも多く、ヨーロッパではキリスト教の影響で、虫は下等動物のため美術のモチーフにすることはなかったそう。それを北斎の影響でこのような作品も作られたという解説に、北斎は「世界に影響を与えた人物100人」に入った唯一の日本人と聞いたことがありますが、ヨーロッパ美術の価値観を根底から揺るがすほどの大きな影響を与えた人なんだなと改めて思いました。

次に諏訪湖畔の諏訪大社下社秋宮に行ったとき、ふと看板を見ると、今年数え61歳は本厄とあります。確か女の厄年は33歳までだったはず。高齢化社会の現在、神社の経営戦略として新たに加えられたのだろうか?と思いましたが、2人だけでもすぐにお祓いしてくれるというので、記念にお祓いをしてもらいました。
爽やかな空気の中、広い座敷に2人だけで、若いイケメン宮司さんのお祓いは(足のしびれを除けば)なかなか贅沢な気分でした。
その後中山道を小さなギャラリーや古民家に寄りながら春宮まで歩き、この裏手にあるプリミティブな石仏、「万治の石仏」との名前の由来から、「治(おさま)りますように」と祈りながら周囲を回ると叶うとの謂れ。肺がんが治りますようにとお祈りしました。

その後、隣の駅の童話館で絵本の原画展を見たいと思いたち、駅まで年甲斐もなくダッシュしましたが、時計をみるとどう見ても間に合わない。でも最後まで諦めず走りに走っていると、ちょうど電車が数分遅れたためギリギリ間に合いました。逃したら田舎の電車は本数が少ないため、タクシーで移動するしかないと思っていたため、思いがけず節約にもなりラッキー♪
これって早速のお祓い効果か?とぜ〜ぜ〜言いながら大笑い。

「イルフ童話館」モーリス・センダックの原画を一番多く所蔵しているそうです。「かいじゅうたちのいるところ」の原画展、武井武雄という戦前から活躍した童画家で今見てもモダンなデザイン性の強い作品展、対照的に素朴な絵柄の現在フランスで活躍している日本人女性作家(ナカムラジュンコ)の作品展など、階数ごとに様々な展示会が見られる楽しい場所でした。
岡谷から5時過ぎのスーパーあずさに乗り帰宅。
翌日から雨天、台風と続き、天候的にもラッキーな旅でした。

ところで繊細にして鈍感な友Mさんですが、私と同い年のおばちゃんながら、声が可愛くて初対面の人と話が弾むタイプ。私は初対面の人と話すのが苦手なタイプ。Mさんのおかげで行く先々で色んな恩恵に預かりました。タクシー移動中も運転手さんとずっと話してるMさん、降りるとき2800円の料金を2500円しか細かいのがなく、1万円でお釣りもらおうと思ったら、いいよ300円オマケ!と言われたり、北澤美術館でも学芸員の人がず〜と付いて解説してくれたり、昼食をとったお蕎麦やさんでもお店の人と話し始めたMさん、お勘定の時、おまけにお菓子もらったり。
女は愛嬌と申しますが、還暦になっても愛嬌があるのとないのとでは、周囲の待遇が違うもんだなと感心しました。

tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。