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お花見(新宿御苑)&トンちゃんと庭の花

dog
03 /28 2018
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新宿で用事があり早く終わったので、牡蠣専門店で食事しました。
調子に乗って、昼からコースを頼んで、生牡蠣、焼きガキ、フライにグラタン、さすがにパスタはウニソースにしときました。お腹いっぱい。
連れと別れ、御苑に一人でお花見に行きました。
入るだけで行列とのネット情報を見て、バスで新宿1丁目まで行き、大木戸門から入りました。
平日なのにすごい人出です。いろんな国の言葉が飛び交ってます。
様々な種類の桜があるので、微妙なピンクのグラデーションがきれい。ひときわ濃いピンクのミヤマツツジ?も可愛い。
千駄ヶ谷門から出て、帰りました。
帰宅してまだ明るいのでトンちゃんのお散歩ついでにご近所の桜でお花見。知り合いのワンコに会い、飼い主のご夫婦と談笑。
御苑に行ってきたけど、人が多くて、この公園の桜の方が静かに見られていいです。と言ったら、桜は名所でも近所でも同じだねとご夫婦も笑っていました。
庭の花も一斉に咲いています。トンちゃん、花は食べないでね。

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肺がん検診 2年4ヶ月

disease(闘病記)
03 /26 2018
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病院内の桜とコブシ

肺がん検診に行ってきました。
本来だと6ヶ月毎の検診なのに、昨年11月検診に行った際、次は4ヶ月後と言われ、さらに手術後、初めての造影CTを予約されました。
「なぜ?4ヶ月後?」「なぜ術後1回もしたことのないCT?」と色々疑問はあったものの、3時間待ちにぐったりしてしまい、特に質問せず帰ってきました。
しかし今月に入り、検診が近づくにつれて、「なぜ4ヶ月?」「なぜCT?」と例によって、心配性の一面が出てきて、だんだんモヤモヤ。
ついにはもしや前回異常なしというのはウソで、医師にしか分からない兆候でもあったのか?などと疑心暗鬼になる始末。前主治医の先生がメールアドレスを教えてくれ、「何かあったら遠慮なく相談しなさい」と言ってくれたことを思い出し、よっぽど聞いてみようか?などと思ったりもしましたが、このくらいでいちいち頼ってたらアホでしょ?と思いとどまりました。
で、クヨクヨモヤモヤしながら行ってきました。ガン検診。
2年半前一度しかやってないので忘れていましたが、普通のCTではなく造影CT。途中で腕から造影剤を入れられると、急にカ〜ッ!と体が熱くなり一瞬ちびったのかと(笑)。部位は胸部から骨盤までです。
なんども気持ち悪くなったら知らせてくださいと言われて、これってもしや気持ち悪いのか?と心配になったり。
血液検査もCTも待たずにすぐに終わり、前回の3時間待ちに懲りて、呼吸器科の受付を済ますと、売店でコーヒーを買って庭に出て、の〜んびりお散歩&日向ぼっこ。もちろん内心はCTの結果が気になる気になる。
桜とコブシとモクレンがきれいに咲いていました。足元には水仙やムスカリ、早咲チューリップetc。順番に咲くのではなく、最近花が一斉に咲き出す気がします。
今回ミステリー小説も持って行き、3時間待ち対策をバッチリしすぎて、気がついたら1時間くらい待った時点で何やらバッグがブルブルいってると思ったら、ヒエ〜!もう呼び出し機が鳴ってます!
慌てふためき、診察室に走っていきました。
緊張してCTの結果を待っていると、
異常なしです。順調ですね。と、にこやかにイケメン先生に言われ、ようやくホッとしました。
この2〜3月、重いものを持ったり、ガーデニングで強い力で草をひっぱたりした後で肋骨付近が痛むことを言いましたら、やはり寒い季節によくある古傷が痛むというものらしいです。そういえば昨年も2〜3月に何度か肋骨付近が痛くて不安になったことをブログにも書いてありました。

特に質問も思いつかず、前回同様5分くらいでさっさと出てくると、まだ早い時間なのに待合室にだ〜れもいない。
ずいぶん日によって混んでる日と空いてる日があるなぁと。できることなら、毎回空いてるとありがたい。
待ち時間が短いだけで、こんなにもストレスフリー♪
さらにこのまま4ヶ月毎になるのか?と心配していたのですが、次は11月。8ヶ月後です。
ところで、どうも私は若い先生だと遠慮してしまい、信頼関係どころかコミュニケーションも満足に取れていません。きっと新しい先生にとって私はすごく大人しい印象に残らないおばちゃんだと思います。別に若くてイケメンだからといって、緊張しているわけでもないんですけど(笑)。性格特殊(by 前主治医Y先生談)と思われるのもなんですが、ちょっと寂しい。だって周囲見わたしても若いイケメンなんて人種、およそ見かけないからね(笑)
せっかく柏に来たので、高島屋に寄ってウィンドーショッピング。すっかり春めいたデパートの洋服を見るだけでなんだか華やかな気分。見るだけで何も買わずにさっさと帰宅しました。

血液検査の結果をプリントしてくれたので、帰りの電車内で調べてみましたが、相変わらず白血球数にL(低)、コレステロール値にH(高)マークが付いてます。しかし白血球は3500で(普段3000無い私としては上々)、一般の基準だと問題なしですが、この病院の基準だと下限値が4500。これって下限値が高すぎない?がん患者が再発しないためには高めの白血球が必要ということなんでしょうか?
心配性の私。心配のネタ見つける才能がありすぎて、ホント困っちゃう。

『15時17分、パリ行き』 監督:クリント・イーストウッド

cinema
03 /19 2018
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クリント爺さんの映画を水曜半額デーに見たのに、何ということでしょう!感想書くの忘れてました。
映画と本の感想ブログですが、本と美術館に関しては実はあまり書いていません。だってめんどくさいんだもん。
でも映画に関しては映画館で見た映画は全てすぐに記録しておくのに……なんかバタバタしてるうちにぽっかり忘れてました。(どうでもいいけど、この「バタバタ」って言葉、便利な言葉です。実際の忙しさとは別に気分的な忙しさ度数をよく表しています。)

クリント爺さんが撮ってて、実話のテロ事件を基にした映画というので、「ハドソン川の奇蹟」みたいな映画を期待してましたが、予想に反して、なんだかのんびりした映画です。
だいたい主人公3人の少年期の出会いから始まるのに「へ?」と思いました。落ちこぼれ組でしょっちゅう校長室に呼び出される3人の中学時代から始まり、軍隊に入り成長していく過程、そして大人になった3人のヨーロッパ旅行の場面が続きます。これがまた仲良し3人組のほほんヨーロッパ街歩きといった風なんです。
どこも観光客で溢れ、時代を感じるのは行く先々でスマホで自撮りしていること。
時折不穏なショットが挟まるものの、ローマで日系かわい子ちゃんとランチしたり、アムステルダムのクラブで朝までグデングデンで二日酔いとか、いいなぁ若いってと微笑ましく見ていて、私もヨーロッパ行きたくなりました。
そしてアムスから運命の「15時17分、パリ行き」の列車に乗るのです。
ここからは急に緊迫してきますが、事実をどこまでも正確に再現したらしく、変に盛り上げたりせず、案外あっさり犯人を取り押さえて、オランド大統領から感謝状もらうシーンで、「おや?」
最近の合成はよくできてるなぁ〜と思ったら、なんとなんと、この3人、実際の本人たちが演じているんだそう。だからこの場面は本当のニュース場面なんですね。この映画の一番の話題はその点(本人出演)のようでした。
3人とも、いかにも今どきの普通の若者感が出ていて(てか本人だし)、だからこんなにのほほん街歩き感が出てたのか〜と感心しました。クリント爺さんのことだから、気むずかしく画面に凝ったりせず、きっとちゃっちゃと早撮りしたことでしょう。だからこの3人の素人ももう一回ヨーロッパ旅行を楽しんでる風情が出てたのかも?いろんな意味で、クリント爺さんすごいです。
久しぶりに旅行に行きたいなぁ〜と思った私ですが、こんな平和そうな日常に突然テロが襲うのが今のヨーロッパなのかと思うと、なんとも複雑で怖い映画でもありました。

「悪医」 久坂部 羊 (著)

book
03 /12 2018
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地域のがん拠点病院で、52歳の胃がん患者の小仲辰郞はがんが再発、抗がん剤治療の後、35歳の外科医の森川良生より「これ以上、治療の余地がありません」と告げられた。
「死ねと言われたのも同然」と、衝撃のあまり小仲は診察室を飛び出す。続いてセカンドオピニオンで訪れた大学病院で治療を断られ、ネットで見つけた抗がん剤を専門とする腫瘍内科、免疫細胞療法のクリニック、そしてホスピスへと流浪する。

これは小説としてとても面白くて読み出したら止まらないのですが、同時になんともやりきれなくなったり、腹が立ってきたり、でも最後には思いがけず泣きました。
主人公は上の2人なんですが、冒頭で小仲が診察室を飛び出したまま、最後まで2人が会うことはありません。小仲は森川を最悪の医師と恨み続け、ガン難民として流浪します。
小仲の一喜一憂するガン難民の描写が辛かった…。
小仲が森川のところを飛び出して、大学病院で断られ、次にすがる抗がん剤専門病院が本当にひどい。
あからさまな検査代稼ぎで一日置きに検査するわ、自分の研究データにしか関心のない、それでいて愛想が良く商売上手の抗がん剤専門医にはフィクションなのを忘れて本気で腹が立ちました。
この小説では次に行く免疫細胞療法クリニックの医師は誠実で良心的な医師ですが、現役医師である著者が抗がん剤専門医を悪医に描き、エビデンスがないと言われる免疫療法(NK細胞療法)の医師を良心的な医師に描いたのは謎ですが、著者自身は麻酔医&外科医だそうです。
小仲にはそのひどい抗がん剤専門病院の看護師から救いの手がもたらされるのですが、ヘラクレス会と名乗るガン患者のサポートグループの女性たちは本当にこんな人がいるのか?と思うほど献身的です。

片や医師側の主人公森川は誠実で優秀な医師ですが、患者の心情が分かっていないところがあります。
この小説の医師たちは皆、なぜ末期ガンの患者が治療を続けたがるのかが理解できず、例えば幼い子がいるから死ねないとすがる若い女性患者は医局で困った患者として話題になります。患者から見ると、その女性患者の気持ちは痛いほど分かるのですが、医師にとってはムダな治療にすがる意味不明で混乱した患者と見えるのでしょうか?
無意味な治療は余命を縮めるだけというのは私自身、今は知識としてあります。しかし患者からしたら「もう治療法がない」は「見捨てられた」とイコールなのです。だから分かっているつもりでも、いざとなればすがるような気持ちになるのかもしれません。
この小説の一番書きたかったことは、この医師と患者の「認識のズレ」なのだと思います。

そもそもガンと分かった時、私も含めて大半の人は医師の言う通りの手順に従って治療するわけで、一応ネットを見たりはしますが、選択肢を患者から提示できる人は少ないと思います。
もう治療法がないと言われたら、この病院にはもう来るなと言われたのと同じで、いきなり見放されたように感じると思います。
また私も含めて普通の人はネットリテラシーが高いとはいえない。
確率は低くても、奇跡的にガンが消えた人は現実にいて、そういう情報がネットには満載だったりする。この主人公もそうですが、がん難民として漂流してしまうのもネットが後押ししている面もあると思います。

話を小説に戻すと、小仲は独身で佗しいアパートに一人暮らしの印刷工、片や森川は30代で医長になり、家庭には理解ある妻と目に入れても痛くない幼稚園児の娘。この辺の親バカぶりは微笑ましいのですが、小仲との対比で話が進むため、小仲がこんなにみじめに苦しんでいる時に、娘のドレスなんて赤でも緑でもいいじゃん!と思わず思ってしまうほど(笑)。
また森川たちが製薬メーカー主催のパーティや、同期との集まりでのご馳走の描写によだれが出そうになりますが、小仲がみじめな食事で、かつ激しい嘔吐に襲われていたりと、医師と患者の生活格差が大きく、森川は同僚や看護師にも信頼され、家族ともいい関係を築いているのに比べ、小仲は気むずかしくて偏屈で貧乏で孤独と、ちょっとちょっと〜、これってあんまりじゃない!?とへそ曲がりかつ不憫萌えな私は、読んでいて小仲に同情して辛くなってしまうほどでした。

またちょっと気になったのは、看護師の描き方。
森川は部下の美人看護師から相談を受け、上司の紹介で婚約中の後輩外科医がその看護師と交際、中絶させたことを知るのですが、「あいつめ〜」くらいで話が終わる。当の看護師も泣いて終わり。私などは看護師というと、知識を持った専門家という印象を持っているためか、この描き方に違和感がありました。そもそも医師のくせになぜ避妊しない?というツッコミはやめときますが、言語療法の専門家として都内の病院に勤務している友人の話でも、病院内のヒエラルキーはなかなかすごいらしいので、著者が現役医師だけに、もしかするとこれが医師側からのリアルなのかもしれません。

小仲は辛い漂流を続けたのち、ヘラクレス会というボランティア団体に救われます。ここを主宰する稲本という女性はどこまでも患者に寄り添う強い意志の持ち主です。
小仲は最後に平安な時間を持て、ラスト、たまたま見ていたテレビ番組で森川が自分の存在を忘れず、治療法の無くなった患者にどうすればよかったのか、ずっと悩んでいたことを知ります。
そして文字を書くエネルギーも無くなった小仲は森川に患者の想いを途切れ途切れの声で録音し、その言葉がラストで語られます。
これは涙無くしては読めませんでした。
このラストは里見清一氏の著作「医者と患者のコミュニケーション論」でも、末期患者は医師に見捨てられるのを何より恐れる。だからたとえ具体的な治療法がなくなっても、「今もあなたは私の患者である」ということを患者に伝えることが必要だと書かれていました。
しかしそれを読んだ時に、大病院の勤務医に現実的にそれができるか?という疑問を持ちました。
この「悪医」のラスト、「医師が最後まで患者を見捨てないでいてくれることが患者の励みになる。そうしたら勇気が出る、死ぬ勇気が。」という小仲の想いは森川の胸を打ち、自分はいい医師になれなくても、せめて悪い医師にならないために前に進もうと決意するのです。

この本では大きな病院が、「強制収容所」と陰口されている提携病院に治療法の無くなった患者を送り込んで終わりとしている実態が紹介されています。
では人間らしい終末期医療はどうしたら普及するのか?
これは医師側だけでなく、患者側からこそ、もっと要望が出ておかしくないと思います。
だって(ガン患者だけでなく)人間やってる限り死亡率100%なわけですから、もっと人々が自分の問題として考えていいのでは?と思いました。

「シェイプ・オブ・ウォーター」 監督:ギレルモ・デル・トロ

cinema
03 /08 2018
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水曜日、映画レディースデーに早速見てきました。
アカデミー作品賞と監督賞ともに受賞、おまけにあの「パンズラビリンス」のギレルモ・デル・トロ監督となれば、否が応にも期待が高まります。期待が高まりすぎて、だいたいちょっとがっくりというのがありがちなのですが、う〜ん、微妙です。絶賛とは言わないけれど、好き嫌いでいうと好きです。
玄人うけする作品ではなく、普段映画を見ない人にも楽しめる映画らしい映画でした。

「スリービルボード」の人間の持つ多面性に感動した後に見ると、なんとも分かりやすい。
悪人は登場した時からいかにも「悪い」顔してて、最後まで「コイツー」という期待を裏切られません(笑)
時代は1960年代前半。米ソ冷戦の真っ只中というのが重要な時代背景です。
口のきけない女の子と半魚人のロマンチックなラブストーリー。
ではなんで目の肥えた映画オタク(アカデミー会員)たちの票を集めたのか?
私なりに勝手に的外れな感想を言わせていただくと…

まず愛すべき登場人物は社会から疎外された外れものばかり。
これは私も大いに共感します。
だってお金持ちで美男美女で幸せいっぱいな人のドラマを延々見せられても、そうそう共感できないってもんです。

主人公は赤ん坊の時に川に捨てられていた首に傷跡の残る口のきけない清掃員。美人でもなく小柄で細っこくてどこか寂しげ。
これをサリー・ホーキンス。一番印象に残っているのは「ブルー・ジャスミン」の妹役。
ゴージャスな姉(ケイト・ブランシェット)に対し、ちょっとおブスで庶民的な妹役。血の繋がらないタカビーな姉を突き放せない心優しい妹でした。
この人は今公開中のカナダの素朴派画家モード・ルイスの伝記ドラマでも主演を演じています。予告で見ましたが、体の不自由な貧しい農家の主婦役みたいです。ちょっと不憫な役が似合う女優さんなんですね。

同じアパートに住むヒロインの親友でイラストレーターのジャイルズにリチャード・ジェンキンス。
「扉をたたく人」の主演と「モールス」のクロエちゃんの父親(実は父でなく衝撃の役割)が一番印象的な渋い俳優です。
この人は写真が広告の主流になり時代に取り残された初老の男というだけでなく、ゲイのようです。この時代ゲイがどういう扱いを受けるかパイ屋の店員の振る舞いで分かります。

同僚清掃員の黒人女性(出た!いつ見てもキュートなオクタヴィア・スペンサー)だって、当時の貧しい黒人は当然マイノリティです。

他にはヒロインと半魚人との関係を見抜く、実はソ連のスパイ、研究員ホフステトラー博士(マイケル・スタールバーグ)。この人はソ連から半魚人を殺すように命令されるにもかかわらず、半魚人を美しい生き物と思い何とか助けたいと思う。それでソ連からも命を狙われるはぐれものなのです。

そしていうまでもなく半魚人は人間界では疎外以前の存在です。
南米アマゾン川で捉えられ、アメリカの軍事関係の極秘研究所に連れてこられます。
水中でも陸でも息ができることから、軍事的な研究対象とされるのです。
でも南米の人々からは神と崇められてたようですから、アメリカ人って困ったもんよね!

彼らに対する悪役には軍人役ストリックランドにマイケル・シャノン。
ある意味、一番印象的です。
いや〜人相悪いわ、性格歪んでるわ、でも最も当時のアメリカを代表するような人物像で、郊外の一戸建てに美人妻と2人の子供、車はキャデラック。こんな田舎(ボルチモア)の任務をさっさと成功して都会に戻りたいと願っている冷酷非情な軍人役。
もうすっごく変ですよ、この人。だってヒロインたちがトイレ掃除してると入ってきて用を足すんですが、手を洗わず出て行こうとして、彼女らの視線に気づくと、「おしっこの後、手を洗うのは女々しい」とか言うんです(笑)
これでこの人は「男らしさバカ」キャラを印象づけていくんですが、さらに上司の軍人に冷酷な命令を受けてどんどん狂喜じみてきて、呆れるの通り越して不憫になっちゃうほど(笑)
いえいえ、さすがに私の不憫萌えも発動しませんよ、こんな気持ち悪い人には(笑)

このように社会のはぐれ者たちが彩るドラマで、スパイも暗躍してるけど、サスペンスには全くならず、どこまでもオタクの作ったロマンチック恋愛ドラマというのがこの映画の印象でした。
オタクに免疫ありすぎるためか、見終えた後は「すっごくフツーの映画だな〜」と思いました。
どんどん話が逸れましたが、え〜となんだっけ?
あ、そうそう、何でこれがアカデミー作品賞なのか?
なんでだろう?分かりません。
でも好きです(笑)
キャデラックとかミュージカル映画、米ソ冷戦に象徴される時代への郷愁もあると思う。
郷愁と言っても、あの時代はよかった〜というわけでもなく、一皮むけば表面上の繁栄の裏では人種差別や女性差別、米ソ冷戦が激化してるし、男たちは男らしさに縛られ不自由だったりする。それでもなんなんでしょうか?時代への郷愁ってあると思う。
それから、造形。水中ラブシーンはとってもきれいです。
個人的には「パンズラビリンス」の手のひらに目玉のあるクリーチャーがトラウマになるほど怖かったので、半魚人は普通にキュートです。この役を演じた役者さんの素顔の方が怖い(笑)
あとは友人が言ってたのですが、監督がメキシコ人っていうのも大きいのでは?
トランプへの当てつけ?の意味で(笑)

ドラマとしては「スリービルボード」の方が断然面白いのですが、人間ドラマばかりが映画じゃないし、こういう人物造形が単純で、映像が美しく、虚構を楽しめる映画らしい映画。でもどこか現代への皮肉とも見える映画だと思います。

ご近所に頼んでOKなのは?

未分類
03 /05 2018
先日の記事「幸せなひとりぼっち」の感想のところで書いたエピソードに関してです。
休日の夕飯時、お刺身をいただきま〜す、というタイミングでお醤油を切らしてることに気がつきました。
そこで「お向かいさんにお醤油をおすそ分けしてもらおう」とした私に対し、夫が非常識だと言ってコンビニまで買いに行った話を書きました。
これに対し、リアル友達でこのブログの存在を知っている数少ない友人Tちゃんが、「醤油をいきなりもらいに行くのは、ない」と感想を話しました。
私が子どもの頃ですから、相当昔のことですが、
近所に色々商店はありましたが、閉まる時間も早く、夜になって切らしていることに気がついた母は私に入れものを持たせ、よくご近所に行かせました。
「醤油」「小麦粉」「砂糖」ずいぶんいろんなものを、お隣さんやお向かいさんに「すみません、〇〇貸してください」といったものでした。
「ください」ではなく、なぜか「貸してください」と言われた通りに伝えていましたが、母が返したかどうかは知りません。
そこで嫌な顔をされた記憶は一切なく、それどころか、お菓子のおまけをもらったり、みんなニコニコして分けてくれた記憶があり、私にとってそれはごく普通のことという感覚でした。
しかし学生の頃、友達の家で「じゃ、ご近所に分けてもらったら」と言ったら、一体どこのド田舎で育ったのか?とみんなに驚かれたことがあります。幼稚園に行かなかったこともあり、とんでもない山奥で育ったのか?と言われたこともあります。
でもごく普通の首都圏の住宅地で、近所も越してきた住民ばかりで、地元民は農家の人くらいでした。
だからこの習慣は東京の下町育ちの母の感覚だったのだと思います。

友人と年取って一人暮らしになった場合、どこまでがご近所づきあいにおいて常識か?という話題になりました。
自分では全く OK なことが他の人では、とんでもなく非常識ってこともあります。
そこで今時の(都市部の)ご近所付き合いのボーダーライン?を考えてみました。

選択肢は以下の3点です。
①はいったように私の経験で、②は友人Tちゃんが実際ご近所さんと協定を結んでいるそうです。③はTちゃんの知り合いのお宅で実際にあった出来事です。
なお、ご近所とはごく普通に、にこやかに挨拶する程度の付き合いで、個人的な付き合いはないものとします。

①夕飯時、お刺身を食べようと思ったら、醤油がない!
 コンビニはちょっと遠くて面倒。その時あなたは?
 ご近所に空き瓶持って「すみませんお醤油を少しいただけませんか?」

②一人暮らしで背中の筋肉を痛めた。
 サロンパスを貼りたいけれど、どうやっても背中に手が届かない。
 ご近所さんにピンポン。
 「すみません、これ背中に貼ってもらえませんか?」と玄関先で背中を出す。

③お葬式に行くのに、ワンピース型の喪服を着るが、どうやっても背中のファスナーに手が届かない。
 ご近所さんにピンポン。
 奥さんがお留守だけど仕方ない。出てきたご主人に
 「すみません、背中のファスナーを上げてください」と背中を向ける。

以上です。

私は①と③はあまり考えずにやってしまいそうな気がする。
②は少なくとも男性には頼まないと思う。喪服のファスナーも男性に頼むのはちょっと気がひけるけれど、まあ普通の服ではないので相手も察してくれるだろうと思います。

先日遊びに来た「繊細にして鈍感な」友、Mさんにこの3択を出したところ、生真面目な彼女、大真面目で考えていました。
結果は、
①刺身は塩で食べる。やらない。
②は我慢する。よっぽど親しくないと無理。
③夏以外なら上着で隠してファスナー開けたまま出かける。しかし夏だったら、仕方ない。近所に頼むとのことでした。

また③は3〜40代がやると問題ですが、60才以上ならあり、との答えでした。
確かに他の服ならファスナーのない服にすればいいだけですが、喪服という特別な事情のため、たいていの人は事情を汲んでくれそうな気がします。

ということで、
「ご近所に頼んでも非常識じゃないのは?」の結果は!?
♪パンパカパ〜ん♪
「喪服のファスナーを上げる」 でした!   
(注:たった3人の集計です。実行するにあたり、当ブログは一切の責任を負いません・笑)

ちなみにこれは、Tちゃんの知り合いのお宅で本当にあった話だそうで、
老夫婦が暮らす家の旦那さんしかいないところに、突然隣の家の未亡人がピンポーンとやって来て、
「すみません、ファスナーをあげてください」
と頼んだという話です。

その時、頼まれた旦那さんは少しもひるまず
「ファスナーは……下ろす方が得意なんだけどなあ」と言った。
というのは彼女の付け加えたフィクションです(笑)


ご近所付き合いとは別に、最近よく赤の他人にする頼み事があります。
認知症の母と病院などに出かけた帰り、大抵母が疲れたと言い出すので、喫茶店(ドトールとか)に入ります。その間に私は食料品などの買い物を急いでします。しかし一人残した母が自分がなぜここにいるのか忘れて、勝手にどこかに行かれるのは困る。そこで店員さんからよく見えるところに席を取り、私が帰ってくるまで絶対勝手に出て行かないように言い聞かせます。
そして店員さんに、「あのおばあさんが一人で外に出て行きそうになったら、阻止してくれ」と頼むのです。
するとみなさん、すぐに察知して「分かりました」とニッコリ承諾してくれます。
見た目的にはボケてるように見えない母ですが、その辺すぐに察知してくれるのは高齢化社会のせいでしょう。


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『スリー・ビルボード』 監督:マーティン・マクドナー

cinema
03 /02 2018
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ミズーリ州の田舎町。7か月ほど前に娘を殺されたミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、犯人を逮捕できない警察に苛立ち、警察を批判する3枚の広告看板を設置する。彼女は、警察署長(ウディ・ハレルソン)を尊敬する彼の部下や町の人々に脅されても、決して屈しなかった。やがて事態は思わぬ方へ動き始め……。(シネマトゥデイ )

見終わって、「あ〜面白かった〜」と思わず言葉がもれました。
「面白い」と言い切ってしまうには発端の悲劇が辛すぎるのですが、7ヶ月前の過去の話として、若い娘のレイプ殺人自体の描写がないのはせめてもの救いでした。
見始めてすぐには娘を殺されたミルドレッドに同情し、一緒に警察に腹をたてながら見るのですが、非難の矛先にある警察署長の抱えた病いや人となりが見えてきて、今度はミルドレッドのあまりの強引さに呆れてきます。
主人公に共感しながら見るのは難しいくらい、ミルドレッドは世間なんて意に介さず、孤独に突っ走るのみ。
一番同情したのは彼女の高校生の息子ですが、彼もよく耐えます。高校生などという一番友人との関係が重要な時期に不憫すぎるぞ。
片や人種差別主義者の警察官ディクソンは救いようのないクズかと思いきや、これさえも揺らいできて、一人の人間の中にある善悪つけがたい人間の面白さに見ていてワクワクしてきてしまうのです。
ディクソンがぐるぐる巻きになって病院に運ばれた同室には、その彼がボコボコにした広告会社の若い男が先に入院してて、その時の若い男の反応。なんだか涙が出そうになりました。

ディクソン役はどこかで見たな〜と思い出したら、「月の囚われた男」の主演でした。
これはデビット・ボウイの息子が監督という触れ込みのSFですが、かなり独創的で面白い映画でした。
警察署長にはウディ・ハレルソン。
彼は「ナチュラル・ボーン・キラーズ」の印象が強すぎて、私には何やっても危ない奴にしか見えない俳優です。
この役を人相のいい役者ではなく、彼が演じたのは良かったです。序盤、ミルドレッドに同情した目線で見るため、偏見を持って見始めてしまうこともあり、却ってそうではないことが分かった時に逆にブレて、今度はミルドレッドに呆れてしまうのです。
ミルドレッド役のフランシス・マクドーマンド。この人は「ブラッド・シンプル」「ファーゴ」での印象が強く、コーエン兄弟のヒロインと思ってたら、ジョエル・コーエン(兄)の奥さんなんですね。
コーエン兄弟は好きな監督ですが、コメディの方が好きで、特に「赤ちゃん泥棒」は何回見たことか!
「ファーゴ」は映画館で見ましたが好きになれない映画でしたので、今回のこの映画も似た匂いを感じ苦手かもな〜と思いつつ見たらめっちゃ面白い。もしかして私の方が成長(老成?)して、人間というものの面白さに目覚めたのか?
もとい、フランシス・マクドーマンド。
私と同世代ですが、久しぶりに自分と同世代と思える女優さんを見た、という気がします。
シワや疲れた表情、もちろんこの人もちゃんとお化粧してドレスアップしたら別人になるのでしょうけれど、日本の女優さんたち見ても、5〜60代のリアリティある女優さんが主演級の女優に少なくないですか?高校生のいる役なので、実際よりも若い役だと思いますが、この役の性格と容貌がすごく一致してて、この映画を説得力のあるものにしていると思います。


一人一人、恐ろしく不完全な人間が身も蓋もなくぶつかり合う。その激しい憎悪の中で、不思議な許しや友情に似た感情すら生まれる「人間」というものの不思議さ、愛おしさ。一人の人間の中にある狭量と寛容。いや〜本当にドラマ好きには絶対オススメです。
しかしミルドレッドが日本人でこれと同じことをやったらどうでしょう?
このくらい世間の目を完璧無視して突っ走るのは、常識人の私には理解できないものの、最近の「1億総小姑化」ムードにはついていけないこともあり、陰ながらそっと応援すると思います。
ラスト、えっ〜?という無茶な解決方法に向かうのですが、これは絶対実行しないよね?!…と思いたい。

tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。