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読書メモ  「物語ること、生きること」、「夜の谷を行く」、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」

book
12 /17 2017
師走です。
いつもは実際よりも気分的な慌ただしさが増していましたが、今年は本当に忙しい。
それでも一応飲み会は2件だけですが行きました。
1件は友人宅で壁塗りを手伝ったメンバーが新居に呼ばれ、昼間酒を頂きました。
アラフィフ、アラカン、団塊、+友人のお母さん80代、と世代も友人との関係もバラバラなメンバーでの集まりでしたが、団塊おじさんが若かりし頃、某有名企業を辞めてインドに渡った話が面白く、豊かな時代の青春を感じました。
もう1件はとある集まりの忘年会で、この趣味は恥ずかしいからいいませんけれど、「清く正しく美しい」趣味なんですね。じゃあ、やってる人もそうか?ちゅうと、もちろん違います(笑)
だいたい中年女性が多いのですが、全然柄じゃない若い男の子も4人いて、5〜70代女性と2〜30代男子という妙な組み合わせで激安酒場で飲みました。会話はその趣味の内容に終始しましたが、世代の違う人々と話すのは面白いですね。

「物語ること、生きること」 上橋菜穂子:著
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先月のがん検診の時、3時間待ちのおかげであっという間に読み終えてしまった文庫本です。
『獣の奏者』『精霊の守り人』『鹿の王』を生み出した国際アンデルセン賞作家が、本の虫だった少女時代や文化人類学の研究過程など自らの人生を通じて語る、「物語」とは。(「BOOK」データベースより)

児童文学、ファンタジーと喰わず嫌いだったジャンルに手を出したのはパート先で、週末の一番混んでいる時間帯に児童室担当にされ、何を聞かれても「?」だった私を見かね、上司が大人が読んでも面白いよ、と勧めてくれたのが「守り人」シリーズでした。NHKドラマでは綾瀬はるかが演じている役、主人公バルサのかっこよさに魅せられました。

いくつかの国が争う架空の時代と国を背景に、30代の女用心棒が主人公。児童書の主人公が若くない女性なのが新鮮でした。
作者の上橋菜穂子さんは文化人類学者でもあるためか、出てくる衣食住、武器、国々の政争、自然描写、アクションシーン、すべて具体的で架空の世界にリアリティがあります。

例えばバルサの容貌は、
「バルサは今年三十。さして大柄ではないが、筋肉のひきしまった柔軟な身体つきをしている。長い油っ気のない黒髪をうなじで束ね、化粧ひとつしていない顔は日に焼けて、すでに小じわが見える。
 しかし、バルサをひと目見た人は、まず、その目にひきつけられるだろう。その黒い瞳には驚くほど強い精気があった。がっしりとした顎とその目を見れば、バルサが容易に手玉には取れぬ女であることがわかるはずだ。――そして、武術の心得のある者が見れば、その手強さにも気づくだろう。」と書かれています。
ね、かっこいいでしょう?
男の中の男、いや女、バルサ、ともかく強い。そして敵とはいえ、殺生を避けて戦います。
時に体力の衰えを感じたり、用心棒を頼まれた少年皇太子に母性を感じたり、ゆらぎと強さを併せ持つ主人公が魅力的です。
そんなバルサも若い頃は自らの強さに酔い、笑いながら敵を殺しまくっていた時期もありました。
彼女の過酷な過去の物語も外伝にあり、シリーズ全体で壮大にして緻密な世界が広がります。

と、すっかり「守り人」シリーズの宣伝になってしまいましたが、作者の上橋菜穂子さんの子ども時代から作家になるまでのインタビューエッセイです。
上橋菜穂子さんはNHKの番組で何度か拝見しましたがとてもキュートな人です。
TVでの印象だと明るくて面白い人という印象でしたが、この本を読むと、かなりの人見知りで本の虫の子ども時代を過ごしたようです。でも強くなりたいと古武術を習ったり、思い込みの激しい少女時代だったようです。ストーリーテラーの才能は幼い頃、お話し上手の祖母によって育まれた辺り、水木しげるの「ノンノンバア」との共通点を感じました。
アボリジニ研究者としてフィールドワークの話も興味ふかく、その体験が作家としてのリアリティある描写につながっているのかな、と思いました。
彼女が読んできた本のリストが付いていて、読書ガイドとしても魅力的です。
児童文学というのは、やはりひねくれていてはダメで、理想とか正義とかが作者のベースに必要なのでしょう。この本を読むと、その人柄がよく分かります。


「夜の谷を行く」 桐野夏生:著
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上橋菜穂子とは対照的な桐野夏生作、「夜の谷を行く」です。ネタバレ注意!
桐野夏生が好きで、全く内容を知らず借りて読みましたが、「桐野夏生による連合赤軍事件の新しい解釈」とレビューで紹介されている作品。

連合赤軍事件は私が小〜中学生の頃で、群馬の山中で仲間同士のリンチでたくさんの若者が埋められていたり、浅間山荘事件という人質をとって籠った事件や、テレアビブ空港テロ事件というのもあり、恐ろしいテロ集団として世界に名を轟かせていました。
その山岳リンチ事件の時のメンバーの一人だった元小学校教師、当時20代、40年後の現在(2011年設定)60代の女性が主人公。
5年の刑を服役し、出所後、個人塾を生業に、今はそれもやめてアパートに一人暮らし。
目立たぬように身を潜めて40年を孤独に生き、現在は仕事も引退し、スポーツジムと図書館通いで、老後を静かに送っています。
そんな彼女に昔のメンバーから連絡が入り、ホームレスになっているかっての恋人、一緒に山から脱走した仲間の女性との再会を経て、今一度あの山で起きた事件の真実と向き合うというお話です。

主人公が回想するこの「総括」と称するリンチ殺人が非常にしんどい。些細なことでも目をつけられたら、因縁つけられて殺される。閉塞した集団での歪な関係が息苦しく、因縁つける言葉が政治的なだけで、数年前、角田美代子という鬼婆女性の起こした「尼崎事件」と実態は同じに見えます。
もちろん主人公も本当に幼稚だったとしみじみ思い返すのですが、それでもまだどこか周囲が分かっていないと感じている。
しかし彼女の唯一の家族である妹や姪との関係が破綻し、妹から罵られる言葉こそが普通の人の感覚だと私は思います。

最後に明かされる彼らが抱いていた壮大?な構想。
この「子供たちを革命戦士にみんなで育てる」という運動自体が、「革命戦士」ってなんなの?と思ってしまいます。
昔の若者が頭でっかちで、夢みたいな理想を本気で考えられるほど、「若い」人でいられたことに時代を感じます。
現在の6〜70代が今の若者を夢がないとか元気がないとか言いますが、それは彼らが高度成長期で夢を見られた時代の若者だったということでしょう。働き盛りの中年期はバブル期で仕事に予算がつきやすく、人を動かす立場にいた人にとっては大層仕事が面白かったでしょう。時代背景と個々人の幸せは同じではないけれど、切り離せないと思います。
おっといけない、数年前、内職仕事で組んだ団塊おじさんへの恨みつらみがつい出てしまった(笑)
この小説はラストで「えっ?」という意外な展開と希望を感じさせて終わります。
だから読後感は悪くありません。
同世代で学生運動をしていた人が読むと感慨深いものがある内容だと思います。
主人公に接触してくるフリーライターの古市氏、非常にまっとうな人です。
この人がもっとしょうもなく救い難い人物だったら、主人公は過去をさらに徹底的に否定できたと思うのです。
でもそうすると希望もなくなってしまう。
古市氏の存在は読者にとっても救いになるので、これでいいのだと納得しました。


「アンドロイドは電気羊の夢を見るか? 」 フィリップ・K・ディック:著
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ネタバレ注意!
第3次世界大戦後、放射能灰に汚染された地球。火星移民計画のため、アンドロイドが労働力として使われている。火星で植民奴隷として使われていた8人のアンドロイドが逃亡、地球に逃げ込むという事件が発生。バウンティングハンター(賞金稼ぎ)のリック・デッカードは警察の命のもと、「アンドロイド狩り」の仕事を引き受ける。また地球では動物が稀少になったため、動物を飼うことがステータスとなっていて、模造品の電気羊しか飼えないリックはアンドロイド狩りの賞金で本物の動物を飼うことを切望している。

ご存知、「ブレードランナー」の原作です。
35年前に読んだはずなんですが、私には映画の印象が強くて、原作の方はそれほど面白かった記憶がありませんでした。今回読み直してみて、ほとんど内容を忘れていたため、新鮮かつとても面白く読みました。
刊行が1968年、驚いたことにこのこの物語の設定は1992年!
もうとっくに過去です。
車は空を飛び、限りなく人間と区別のつかないアンドロイドが作られて、人間が火星に移民している。その反面パソコンや携帯はなく、電話はテレビ電話で映話と呼ばれていますが、携帯はなく、公衆電話(映話)も存在してます。そしてデータは紙の書類で、やたらカーボンコピーが出てきます。(カーボンコピーなんて今の若者は知らないかも?)

マーサー教という宗教が出てくるのですが、私はこれに何やら現代のインターネット社会を重ねてしまいました。
共感装置というものに手を入れると、岩山を延々と登っているマーサーという老人が人々とともにある、と感じられる?ようなんですが(この仕組みがよく分かりません)、これと情調オルガンというもっとストレートに感情を調整するチューニング装置もあり、こういう装置や宗教に人々がすがって生きている様子に、現代のインターネット社会の全然知らない人との「共感」を重要視する仕組みが似ているような気がしたのです。(私の完全に読み違えかもしれませんけど)

このブログだって、初めはボケ防止の備忘録として始めたけれど、少数ながらコメントもらうととっても嬉しい。会ったこともない人と共感しあえるのが楽しい。
「共感」、いつの時代も人間にとって必要なものだとは思うけれど、今ほどこれを見知らぬ人に求める時代ってあったでしょうか?ネット以前の社会はどうだったかしら?
インターネットが広く普及したのはせいぜいここ20年くらい?我が家なんてなんでも新しもん嫌いなので、パソコン買ったのも12、3年前です。
それ以前の人間関係は、例えば30過ぎて独身の子供がいれば、親戚からご近所まで世話焼きオバちゃんによって見合いの話が持ち込まれる。そんな面倒くさい人間関係が消滅した途端、顔も知らない赤の他人とのつながりを求めてる。
人が人とつながっていたいと思うのはごく自然なことだけど、この小説の中ではチューニングを合わせて装置に手を入れると感情を共感できるというストレートさです。
これは近い将来、ヘッドホンかぶってチューニング合わせると共感できて孤独が癒されるとか実際ありそうな気がします。

主人公リックは初め、賞金稼ぎの対象としか見ていなかったアンドロイドですが、ルーバ・ラフトというオペラ歌手の女性アンドロイドに出会ってから揺らぎ始めます。
そしてレイチェル、映画とはだいぶキャラクターが違い、映画のような恋愛対象ではないものの、リックを十分に迷わせます。彼女と関係をもった後では、もはやアンドロイドを処理できなくなるだろうと。
それから廃墟アパートに暮らすイシドア。彼はまるトク🉐と呼ばれる知能の低い人間として差別されている。生き残りのアンドロイド3人が同じアパートに潜伏し、彼らをアンドロイドと知った上で匿い、アンドロイドは彼を利用する。
虫一匹も生物が貴重な世界なのに、知能が低い人間が差別されているのに矛盾を感じました。
映画ではクライマックスだったルドガー・ハウアーとの戦いシーンは原作ではあっさりしてますが、その後のリックの混乱と絶望が痛々しい。それでも最終的に妻の元に戻り休息するラストにちょっとホッとしました。

映画ではスタイリッシュな映像と、リックとレイチェルの恋愛が印象的でしたが、原作は「人間とは何か?」を問う小説でした。
AIが発達し、石黒先生(石黒浩:ロボット学者)の作る人間そっくりなロボットが生まれている今という時代。
発行年の1968年よりも、映画「ブレードランナー」公開の35年前よりも、個人的には今読んで一番面白く、しっくりきました。



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tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。