FC2ブログ

トラウマ映画 〜トラウマになった映画たち〜

cinema
11 /23 2017
先日の読書メモでいくつか映画本の紹介をしました。
そのうち2冊はトラウマと映画の話(1冊は映画の中で描かれる”主人公のトラウマ”という心理学の本、もう1冊は著者が見てトラウマになった映画の紹介なので、内容は全く異なります)でしたが、私も過去に見て自分のトラウマになった映画を思い出してみました。
トラウマというと大げさで、単純に気持ち悪くて2度と見たくな〜い、ってだけの話もあります。

zannkoku.jpg
「世界残酷物語」(1962年)
小学生の頃、TVで見てトラウマになった映画。
イタリア製ドキュメンタリー映画でヤコペッティ監督作。
他の場面は全く覚えていないのですが、アジアのどこかの国。死にかけた老人のパートがトラウマになりました。
横たわり息をしているだけの年寄りがいて、その横で周囲がお葬式の準備をしていた。それだけなんですが、すっごくショックでした。映画の状況はよく分からないのですが、ジジババ同居だった私には年寄りというのは常に優しくて好ましい存在だったので、まだ生きてるのに、なぜお医者さん呼ばないのか?まだ生きてるのに、なぜお葬式の準備をしているのか!?大大ショックでした。
同居していた祖父母は親の養父母で、私たち兄弟と血は繋がっていませんでした。祖父は脳みそ右巻きで、いつも日の丸を門柱に掲げリベラル政党を「アカ」と呼ぶような人で、祖母は文盲でしたので、素晴らしい人たちってわけではなかったと思います。今時の年寄りと違ってお金は持ってなかったので、お小遣いをもらった記憶もありません。
でもともかく孫たちに対して全面肯定な人たちでした。例えば落書きしてると「トン子は絵が上手だね〜」、兄はいたずらっ子で、親が学校からよく呼び出されてましたが、ジジババは常に「S生は本当に優しいね〜」みたいな調子のジジババでした。
でもこの映画、今調べたら、やらせドキュメンタリーで、全部が本当ではなかったようです。
音楽が美しく、内容の残酷さとミスマッチなのも評判だったのですね。


johnny.jpg
「ジョニーは戦場に行った」(1971年)
これは『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』でも紹介したドルトン・トランボが脚本監督した反戦映画です。
中学生の時、友人たちと劇場で見ました。
戦争に行き、包帯ぐるぐる巻きの肉塊になって戻って来た青年。
話もできず、ただの肉の塊にしか周囲には見えていないのですが、ちゃんと意識はあって、彼の回想シーンと現在を行き来する物語。
家族や恋人との思い出場面の好青年の彼と、現在の肉塊の彼。
一人の看護師がちゃんと彼を人間として扱ってくれ、何かを伝えようとしていることに気がつく話でした。
ともかく大ショックで、映画が終わっても、なかなか席から立ち上がれませんでしたし、見た後もしばらくこの映画が頭から離れず、生活を支配された感じでした。
中学生の多感な時期にこういう映画を見たのは、結果としては良かったと思います。
一口に平和教育と言っても、平和の大切さを子供に教えるのは、案外難しいと思います。
反戦映画というと、すぐに脳みそ右巻きの人から反発食いそうですが、私はリベラルでも左巻きでも、何が何でも9条守れとも思いません。政治は現実を対処する手段だと思ってますから。
しかし一旦戦争という手段を選んだ時に、人間に何が起きるのか?具体的にイメージできるだけでも、十分平和教育になっていると思います。
演説で「平和」を連発する政治家は信用できません。でも道徳の授業が復活したとのことですし、「平和」という言葉をシュガーコーティングとして使っているのではないのなら、こういう映画をぜひ学校で子どもたちに見せて欲しいと思います。


singun.jpg
『ゆきゆきて、神軍』(1987年)
原一男監督作のドキュメンタリー映画。
これはまだ子どもがいない頃、お正月休みに6〜7人で集まり、飲みながらビデオ鑑賞していた時の一本。
一体誰がビデオのチョイスをしてきたのか分かりませんが、この映画は公開時かなり評判になったらしいです。
しかしお正月休みに飲みながら見るには全くもってミスマッチな一本でした。
それでもはじめのうちは主人公奥崎さんのあまりのめちゃくちゃなキャラクターをゲラゲラ笑いながら見ていたのです。
しかしだんだん話が核心になって行き、どこかの田舎の農家の善良そうなおじちゃんの口から出てくる恐ろしい戦争中の真実。
みんなシーンとなってしまい固まりました。
戦場ではどれだけ異常なことも起こり得る。人間としての境界もやすやすと超えてしまう。
映画見てトラウマ、なんてレベルとは桁違いのトラウマを持ったことでしょう。
一生癒されるとも乗り越えられるとも思えないそんな罪に封印をして、善良な夫、父親、市民の顔で戦後を生きた多くの元日本兵。
人間の持つ複雑さに当てられて正月気分が吹っ飛んだ一本。



hotaru.jpg
「火垂るの墓」(1988年)
高畑勲監督
ジブリの傑作アニメ映画。
これは「となりのトトロ」との同時上映でした。友人と劇場で見ていたのですが、隣に座っている一家の母親が嗚咽を通り越した号泣。連れの子供が「お母さん、どうしたの?」と心配して叫ぶほどでした。
そういう私や友人はまだ子供がいなかったのですが、「節子」がちょうど4才だった姪っ子に姿形やしゃべり方がとてもよく似ていて、もうたまりませんでした。涙と鼻水まみれになりましたが、しかし2本立ての最初の方だったので、トトロで口直し。
映画館を出てきた後も、トトロが後でよかったね〜と友人と話したもんです。
がしかし、しばらく経って、本屋で平積みになっている野坂昭如の原作文庫本の帯にこの映画の絵を見た瞬間、涙がダダ漏れに流れてきて、この映画がトラウマになっていることに気がつきました。
しばらくはTVでやっていても、辛くて見るのを避けていた作品です。



dancer.jpg
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」 (2000年)
ラース・フォン・トリアー監督。
これはお正月映画としてロードショー公開されました。ミュージカルだからってうっかり正月映画にしてしまったのか!?
友人の知り合いがお正月に見に行って、新年早々うつ状態になってしまったと聞きましたが、分かります。
これでもか、という不幸の連続。親しい人からも裏切られ、病気で目が見えなくなり、息子の成長だけを願っている母親が主人公なのに、この監督はサドか〜!?と見ていてだんだん腹が立ってきました。
最初に見た監督作「奇跡の海」はなかなか感動的だったのですが、それに騙されてうっかりこの映画を見てしまって、ド〜ン!と落ち込んだわ!
このテーマでなぜかミュージカルなので、死刑台の階段を歌って踊りながら登るシーンなんてもはやグロテスク。
ひどいひどいよ!ラース・フォン・トリアー。
主演のビョークも撮影中ドツボに落ち込んだとの噂もあります。
でもこれはまだ序の口らしいです。ラースの映画はこの後、さらにさらに見た人をウツにさせる傾向が加速しているらしい。
私は近寄らないようにしています。


road.jpg
「ザ・ロード」 (2009年)
ジョン・ヒルコート監督。
これは割と最近の映画ですが、完全に文明が崩壊し、食料も水もなくなったアメリカを旅する親子の物語。
ヴィゴ・モーテンセンがなんとか人間らしさを失わず、息子と旅するお父さんで、とても切ない話です。
息子役は「モールス」の美少年。ちなみにこの「モールス」も一部分私にはトラウマになりました。
全編救いなく暗い映画なんですが、これのトラウマになったシーンは人間同士、強者が弱者を食べるというおっそろしい事になっていて、でも殺すと腐ってしまうので、生きたまま脚だけ食料として取られてしまう人々が出てくる場面。
下手なスプラッターよりも何倍も怖かった。


rain.jpg
「アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン」 (2009年)
ベトナム系フランス人、トラン・アン・ユン監督作。
日米韓のイケメンを主役に据えた時点で評判になりましたが、きっとヒットしなかったと思います。
だって〜!一体何が言いたいんじゃい!?て映画です。
普通イケメン3人使ったら、女性向けの作品かな、と思うでしょ?全然そうではありません。

内容は極めて宗教的な話で、探偵(ジョシュ・ハートネット)が大企業経営者の子息シタオ(キムタク)を探すんですが、この探偵は元刑事で、死体でオブジェ作ってる猟奇殺人者の件でトラウマを持っています。このオブジェ、もちろん気持ち悪い。
で、我らがキムタクはイエスの生まれ変わりで、人々の傷を文字どおり自分の肉体で受け止めちゃう超能力者。だから痛くてずっとのたうち回ってます。さらに死んでも生き返るんですが、死体中のキムタクの目の玉を這い回る蛆虫。無菌蛆虫を本当に目に乗せられたそうです。
イ・ビョンホンは行方不明の愛人を探してて、この愛人、キムタクと一緒にいるので、キクタク、イ・ビョンホンに殺されちゃう!と思いきや、ラスト、イ・ビョンホン、キクタクに許されて涙を流してる。
3人とも精神的にも肉体的にも傷ついて苦しんでのたうち回ってます。
一言で言うと「許し」とか「癒し」の話なのか?だったらもっと見ている観客も癒される話にしてほしい。
クリスチャンの方が見ると、また違った見方のできる映画なんでしょうか?
ま、イケメン3人がのたうち回ってるのを見て楽しむ映画と割り切れば、それなりに面白いのかもしれません。

私がトラウマになったのはイ・ビョンホンの場面です。
ヤクザのボスなので乱暴なのは仕方ないとして、狂気的に暴力的で、愛人がいなくなって、ますます危ない人になります。
そしてヘマした手下を滅多打ちにするシーンがトラウマになりました。
直接的な場面はないのですが、何が起きてるのか想像してしまい、かえって怖かった!
でもこの映画、映倫規定ではPG12です。
12才以下のお子様でも親と一緒なら見られます。いやいや絶対に子供には見せないでほしいです。



今、ざっと思い出したのはこれくらい。
このシーンがトラウマ!みたいな映画は他にも色々あります。
みなさんにもトラウマになった映画ってありますか?


スポンサーサイト



肺がん検診 2年目

disease(闘病記)
11 /19 2017
小田和正コンサートの翌日、柏まで2年目の検診に行きました。
今回、新しい先生に初めてお会いしましたが、自分の番が回ってきたときには、何も質問する元気もなく、文字どおり3時間待ち5分診察でした。それは先生が悪いのではなく、私の方がもはや気もそぞろになってて、何も質問が思いつかなかったせいなのです。

前主治医のY先生の時には、最後の検診時だけは先生が週1回しか来ていないこともあり混雑していましたが、それ以外は待ち時間というものがほとんどなかったのです。
血液検査の結果が間に合わず、何かあったら後から電話くれるという回もままあり、手術前はともかく、手術を終え検診に入ると待たされない仕組みなのかと思ってたくらいです。
甘かった…
午後1時半頃、病院に入り検査はまたずにさっさと終わり、2時前に診察室に行くと、それほどベンチは混んでいません。少なくとも1時間以内には呼ばれると思って、持ってきた文庫を読み始めましたが、すぐに読み終えてしまい、1時間半が過ぎた頃から、観察していると、新主治医A先生の両隣の部屋は、人が入って短時間で皆さん出てきます。
しかしA先生の部屋は家族でぞろぞろ入っていく人が多く、そういう人たちは2〜30分出てこない。
そしてそういう患者がA先生のところには集中している感がある。
ふと思いついて病院のHPを見てみると、A先生はかなり若く見えますが医長であることに気づきました。
私の場合は「いつまで待たせるの?さっさと手術してくれ〜」とごねたため(恥)、急遽入院になり、入院してから前主治医Y先生にお会いし手術の説明を受けたのですが、普通の手順では入院前に外来で、この説明を受けるのかもしれません。

A先生、普通の検診らしき人も、隣の先生よりも滞在時間が長めです。そしてにこやかに笑いながら出てくる私と同世代のおばちゃんもちらほら。
この時点で前主治医との引き継ぎの話の時に「ともかく優しくて心の広い方」なんて言わなきゃよかった=と後悔。
「性格なんて悪くていいから、ともかく空いてる人、お願いします」っていえばよかったと。
そう考えるとY先生は何でいつもあんなに空いてたんだろう?
見た目はちと強面だけど、すごく優しくていい先生だったし、腕の良さで有名みたいだし、きっとすでにお辞めになることが決まっていて、患者数を減らしていってる最中の新患だったんだろうと思います。
今さらながら、自分が今までどれだけ恵まれていたかを思い知りました。
1時間近くガンレクチャーしてもらったり、うだうだ不安や愚痴を聞いてもらったり、空いてたから遠慮なくそういうことしてしまいましたが、いくら私がずずしいおばさんとて、3時間待ちだったらそんなKYなことはやらんがな。

ついにはA先生の両隣の電気も消え、待合室にほとんど人気がなくなった頃、ようやく呼ばれました。
そしてどうして気もそぞろだったかといえば、私の心配性の一面が出て、2時間越えたあたりから、「これは検査で何か見つかってしまい、話がややこしいので、最後にまわされてるに違いない」と不安になってしまったからなのです。
初対面のA先生、若くてイケメン、めっちゃ優しげでにこやか〜。
でもこっちはそれどころではなく、A先生が
「初めまして、Y先生からお話はちゃんと伺ってますよ」と挨拶してるのに、思わず
「あ、どうも。何か見つかりましたか?」と切口上で迫ってしまった。
「いいえ、異常なしですよ。順調ですね」とどこまでもにこやか。
「あ”?ほんとですか?でもすごく待たされたので、何か見つかったのかと」
「すみません。お待たせして」
「は〜?」
何だか気が抜けてしまい、「は〜、じゃ、どうも」とさっさと腰を上げてしまった。
すると先生、一度もCTとってないようですから、一度取りましょうと4ヶ月後にCTの予約を入れられました。
そこで再び疑心暗鬼、
「やっぱり、マーカーとか上がりましたか?」
と言うと、
「いえいえ、全く正常です。でも一度もCTとっていないので一度くらい撮りましょう」と。
心配して緊張してたせいか、どっと安心して疲れが出て、質問も思いつかず、まともな挨拶もせずに出てきてしまった。
「しまった〜!肺がんブログで知り合ったガン友からのアドバイス、最上級の笑顔で挨拶する」を私も実践しようと思ってたのに、完全に忘れてた!!
後から思い返すに、A先生、朝から昼も取らずにず〜っとこの調子で外来診療しているだろうに、何とも爽やかでにこやか。
ガン専門医って考えたら、頭脳労働、肉体労働(手術)に加え、自己中患者に対応し続けるという感情労働まで、まあなんと大変なお仕事なんでしょう。自分の息子でもおかしくない年齢だと思いますが、頭が下がります。
そして相も変わらず、自分の情けなさ。いい年して、そそっかしくて新主治医に挨拶もきちんとしませんでした。
私のカルテに「心配していました」と打ち込むのが見えました。
カルテ、ですます体ですか〜!?とちょっとびっくり。

追記
がん検診の前日、健康診断の結果が届きました。
血液検査が「D」でした。白血球が2500しかない。リンパ球と好中球の割合はともに40%台で問題ないらしいのですが。
しかし今回がん検診で検査結果のプリントをもらいましたが、4100あり、リンパ球の割合も問題なし。
20年以上前、お世話になった婦人科の先生に「白血球が少ない人はストレスが少ないから、意外と長生きなんだよ」と言われたことがありますが、健康診断ではいつも再検査マークがつくほど低い白血球数が、なぜかがんセンターの検査ではいつも正常です。
これは毎回、不安と心配のせいで体が危機感感じて、免疫力を上げてるってことでしょうか?
日頃の生活でもきちんとストレスはありますが、命に関わる病気の心配することで、ある意味ダイレクトに体が反応するんでしょうか?
笑いが免疫力を上げるとはよく聞きますが、ストレスもうまいこと免疫UPに利用できないものでしょうか。





「クリスマスの約束」コンサート

music
11 /18 2017
小田和正が毎年TBSでやっているというクリスマスコンサート番組の収録に行きました。
関係者ご招待チケットを2枚もらったH、毎年ご招待で行っているそうで、東京ならいくらでも付き合ってくれる人がいるけど、千葉じゃ他にいないから付き合って!という微妙な誘い方をされました。
小田和正〜?私、ああいうの分からないという喰わず嫌い歴◯十年ですが、音楽番組の収録ってどんな感じか、小田和正のコンサートではなく、たくさんのゲストといろんな曲を歌うというので付き合ってやりました。(小田ファンの皆様、ごめんなさい)
しかし番組の収録というものを舐めていました。
まず1曲めから、歌い終わった直後に、「すみません、もう一度」となり、この調子では何時に終わるのか、不安になってきました。
結局やり直しは数曲ですみましたが、終わったのは11時過ぎ。帰宅は深夜になりました。

でも楽しかったですよ。
小田さんの曲は4〜5曲だけ。
私でもサビ部分は知っている「君を抱いていいの〜」ってやつとか、後メロディ盲(造語です。メロディが覚えられない)の私には区別がつかないのですが、何が驚いたって。小田和正さん、この9月で70歳になったそうで、その年でこの高音が出るってどういう声帯持っているのだろう!?
ゲストは和田翔(和田誠の息子さんだそう)とかスキマスイッチとか、JUJUとか松たか子とか、他にも何人か。
私は美しい声の女性歌手は好きなので、JUJUと松たか子の声は好きです。
JUJUさん、こう言っては何ですが、かなり非美人な方ですが、おしゃれでいい女風。何となく気に入りました(褒めてます)。
歌もかまやつひろしのメドレーとか、映画音楽メドレーとか、キャロル・キングとか、カーペンターズとか、世代的にとても懐かしくて楽しかったです。

小田和正さんは昔、オフコースというバンドをやっていて、私が高校生の頃、すでに人気がありました。
友人のYHがすっごくいいよ、とアルバムを貸してくれたのですが、メロディ盲で恋愛脳の欠如していた私は、曲も歌詞も理解できず、「よくわかんない」と言ってYHに返しました。
その後もずっとYHとは仲が良くて、大学時代は2人で夏冬、北海道を運動部の強化合宿か?というほどのハードな旅をする仲でしたが、大学4年の時、自分たちが出てもいない私立中学で教育実習を一緒にしました。お互いの最後の授業を見学したのち、感想を言い合いましたが、その授業での生徒たちとのやり取りを見て、「トン子って感情があったんだね?」という驚くべき感想を言われ、「ハア〜???」とたまげました。なんと、YHはずっと私のことを感情のない女と思っていたそうです。
それってどういう意味!?と問い詰めると、どうも彼女が私をそんな風に思い込んだ元がこのオフコースのアルバムに対する私の感想に発しているようで、ある意味、私にとってオフコース及び小田和正はトラウマ音楽になっていたのです(←大げさ)

長年のトラウマが少しは解消されたかな?残念ながらファンにまではなりませんが。
帰り道、Hが今まで行った小田さんのコンサートやこのクリスマス番組収録の話をしていて、スマップの中居くんが出てきて、びっくりのこともあったんだよ、とか、誰だか忘れましたが大物歌手が出てきて会場が沸いた話を聞いていて、「ジュリーとか来ないかな」と言ったら、「小田さんはデブは嫌いなの!」とピシャリ。
なんでも小田さんは声を保つために大変節制されているそうで、ジュリーはぶくぶく太っちゃったからダメ人間みたいに言うので、「は〜そうすか」と返事しつつ、大酒呑みのあんたがそれ言うか?とチラッと思ったりしました。
IMG_2837.jpg

読書メモ  「家庭の医学」、 「いとしのおじいちゃん映画 12人の萌える老俳優たち」、他

book
11 /14 2017
「家庭の医学」 レベッカ・ブラウン:著
RBrown.jpg
レベッカ・ブラウンが癌に冒された母親の入院、手術、治療、そして看取るまでを描く。「母のどこかほかの部分は、何か別のものによって助けられていたと思いたい。何か優しいものによって母が助けられていたと私は信じたい」―。介護という現代の問題をテーマにした「介護文学の先駆的な一冊」。(「BOOK」データベースより)

表紙帯に「介護文学」とありますが、著者が自分の母親がガンと判明してから、亡くなるまでの記録でノンフィクションになります。
それぞれの章のタイトルが「貧血」「転移」〜「幻覚」「火葬」とどこか事典の見出し風なタイトルで、あとがきによるとこれは事典的な、非個人的で一般的な出来事であると同時に、極めて個別的で特殊なその人だけの出来事であることを表しているのではないか…との解説。

ガンは日本人の死因第1位で、約半数の人が何らかのガンにかかるほどよくある病気な訳ですが、やはりそのインパクトはすごくて、本人及びその周囲にとっては人生の一大事です。
非個人的で平凡な出来事であると同時に、その人にとって人生の一大事。
ガンのいいところと悪いところは表裏一体で、すぐに死なないところ。
心臓発作でぽっくりは人生や周囲の人間にさよならする間も無くて、とても悲しいけれど、ある意味悩み苦しむ時間が少ない。
ポックリではこの本も生まれなかったでしょう。
ガンは色々なことを片付けたり、会いたい人に会ったり、行きたいところに行ったり、その時間があるのはいいところだけれど、同時につらいところでもある。
と思いきや、昨今のガン治療のニュースを聞いてると、今度こそ本当に完治、もしくは共存できる病気になりそうな気がしてます。
やはりそうなるとこの文学は生まれなかったでしょう。
戦争文学が戦争がないと生まれなかったのと同じと言ったら不謹慎かしら。

話がそれましたが、この本は病気になった本人ではなく、「介護者」の目線です。
今、老人介護をしている私に身近なテーマのはずなんですが、どうも違うのです。
こっちの老人は約1名(父)は半分寝たきり、もう1名(母)は認知症。
しかしどちらの老人(両親)にもなぜか悲壮感が無く、介護するこちら側にはストレスはあるものの、やはり悲壮感がない。
この違いはなぜ?と考えて、レベッカ・ブラウンのように介護する対象を愛していないから?と一瞬罪悪感を感じました。
でもその違いはやはり年齢だと思います。
もともと親子関係もドライな方ですし、90年も生きてりゃそりゃガタもくるよね〜と納得してしまうので、別に悲しくもないのです。
そういう意味でも周りに惜しまれつつ70才くらいでガンで亡くなるって悪くないかも?などと考えたり、いやいや、ゲノム編集やら光免疫療法でガンが治る日も近いかも?と思ったり、結局自分のガンから頭が離れません。


「いとしのおじいちゃん映画 12人の萌える老俳優たち」 ナイトウミノワ:著
jijimovie.jpg

こちらは映画ブログを書いていらっしゃる方の記事を見て私も読んでみました。
おじいちゃん俳優が大好きなナイトウミノワさんが12人の老俳優について語ったエッセイ本。
この著者は何才なのか知りませんが、おそらくまだお若いと思われます。
だっておじいちゃんの定義が還暦超えなのね!
間違ってはいませんが、自分が還暦直前のせいか、このおじいちゃんの定義は若すぎるぞ!と引っ掛かりつつ楽しく読みました。
12人の老俳優。イアン・マッケランとか、アンソニー・ホプキンスとか、クリストファー・リーとかは私から見ても「おじいちゃん」なんですけど、クリストファー・ウォーケンとか、トミー・リー・ジョーンズとか、 ロバート・デ・ニーロだと、ちょっと「え?」って感じがするのは、もちろんこちらの年のせい。
この12人の中で私は誰が一番好きかなぁ?
やっぱ、クリント・イーストウッドかな?いや、俳優としてはクリストファー・ウォーケンとか好きかも?
変人オーラに弱いもので(笑)
しかしこの著者、 クリストファー・リーの死去を電車の中で知り号泣したそう!?
う〜ん、本物の老け専ですね。若いお嬢さんがいきなり号泣始めて周りの人もびっくりしたでしょうね。

次世代の期待のおじいちゃん候補が楽しいです。
コリン・ファース&ゲーリー・オールドマン、うん分かる。
ヒュー・グラントなんて、つい最近テレビで見たら顔じゅうシワシワ。すでにおじちゃんに見えます。
個人的には誰に期待するかな?
ヴィゴ・モーテンセンとかいかした爺さんになりそう♪
濃い顔の人は年とると、ちょうどいい感じになると思うので、ジョージ・クルーニーも期待大です。
ああ、やっぱりフィリップ・シーモア・ホフマンには生きてて欲しかった。
白くてぶよぶよしてて、でも笑顔のキュートなおじいちゃんになったと思います。(私よりず〜と年下だけどね)


映画本は一冊読んだら他にも読みたくなり、以下の映画ネタ本も読みました。
「シネマで生物学」 若原 正己:著
movie-Creature.jpg

著者は元北海道大学准教授として生物学を学究テーマとするかたわら、映画ファンとして独特の映画鑑賞論を書き綴っています。
映画の主要なモチーフでも無い(チラッと出てくる)生物まで網羅しているため、映画評としては短くて物足りません。哺乳類犬から始まって、無脊椎動物ミミズまで、動物の種類順に登場する映画を紹介する形式で、出てくる映画は200本以上。
「HACHI約束の犬」「南極物語」「皇帝ペンギン」のように、もろにその動物が主題の話もあれば、そんなのどこにでてたっけ?と全く記憶にない映画も多々あります。
いかにこの著者が動物目線で映画を見ているかが分かって、そこが一番おかしいかも(笑)
そしてやはり犬には多くのページを割いています。
私なら「HACHI」と同じ監督ラッセ・ハルストレムの「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」、号泣したアニメ映画「フランケンウィニー」、我が家のトンちゃんがジャックラッセルテリアなので、「マスク」「アーティスト」「リリーのすべて」も入れたいところ。
虎なら「ライフ・オブ・パイ」。ハエならインド映画の「マッキー」。ミツバチなら「ミツバチのささやき」も入れたいかな。この本より後だけど、羊ならもちろん「ひつじ村の兄弟」ですね。
そうそう、カエルの項目の「マグノリア」。
群像劇なんですが、ラストのカエルが強烈すぎて、トム・クルーズの怪しい教祖とこのラストしか思い出せない(笑)


「トラウマ映画の心理学―映画にみる心の傷 」森 茂起・森 年恵:著
movie-mori.jpg

これは随分前に著者から頂いた本ですが、読み返してみました。
あまり有名でない映画もあるため、読んだら見たくなるものの、結構ストーリーを丁寧に紹介してくれてるので、ネタバレにもなっている辺りがちょっと困る本。
今読むと、どれも懐かしい映画。というか見たはずだけど、忘れてる映画も多い。
『愛を乞う人』は原田美枝子が2役を演じた、凄まじい子供への虐待という現代でも通じるテーマ。
「秘密の花園」も親に見捨てられた子供の再生の話だったと解説しています。
『バッファロー’66』はクスクス笑える映画だった記憶しかなかったけれど、これも親との関係が問題だったんですね。
いろんな問題って突き詰めると親との関係に発していることが多いんでしょうか?親だって子供ができて初めて「親」になるわけで、みんながいい親になれるわけじゃない。難しく考えるとますます少子化になりそう。今時の理想の親は愛情あるヤンキーかもしれないな。

この本の中で「秘密の花園」と同じアグニェシュカ・ホランド監督の「僕を愛したふたつの国/ヨーロッパヨーロッパ」がすごく見たくなったもののDVDになっていません。で、中古ビデオテープを買ってしまったものの、ビデオデッキをつながないと見れない。なかなか忙しくてまだ見ていません。お正月にでも見てみようと思います。

ついでに(今回読んだわけではないのですが)紹介したい本が、
「トラウマ映画館」町田智弘著
movie-machiyama.jpg

これはすっごく面白い本で超オススメです。
町田氏が子ども時代見た作品等、今時手に入らない作品も多く、著者の記憶力には驚きます。
「トラウマ」になったくらいなので、その描写は生き生きとしてて魅力的です。映画の持つエロスや暴力性に魅せられる町山少年に感心、ちゃんと映画の持つ毒も読み取れるくらいだから映画評論家になったんだろうな〜と納得しました。

自分が子どもの頃、読んだり見たりしたものでトラウマになったものってなんだろう?と自分も考えました。
相当ボケた性格&子供のテレビ視聴時間は30分だけ。そのくせ子供の本が全くない家だったので、小さい時に見たり読んだりしたものが無さすぎて思いつきません。すでに中学生になっていたものの、「ジョニーは戦場に行った」がすごくショックで、しばらく立ち直れなかったことはよく覚えています。
今度、今まで見て、トラウマになった映画の特集もブログに書いてみようかな。
最近なかなか映画を見に行けないし、日々の時間が細切れで、DVDに録画しても見られないので、こんな記事書いて楽しんでいます。

『ブレードランナー 2049』 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

cinema
11 /01 2017
:Blade Runner2049

今、感想を書こうと思って、監督がリドリー・スコットじゃないことに気づきました。製作総指揮はリドリー・スコットなのですね。
監督はあの「ばかうけ」宇宙船が話題になった「メッセージ」のドゥニ・ヴィルヌーヴ(舌噛みそうな名前)。この監督作では「メッセージ」「複製された男」「ボーダーライン」「プリズナーズ」を見ていますが、才能豊かな要チェック監督です。

さて「ブレードランナー」は映画史に残る名作ですが、この続編もすごく好きです❤️
それはもう、ツッコミどころはたくさんあるものの、前作「ブレードランナー」の世界観を引き継いでいます。
前作はディストピアな近未来を描き、映像が話題になりましたが、内容は全編を通じてなんとも言えない切ない映画だったと思います。ルドガー・ハウアーの最後のセリフ、泣かせましたね〜。
新作は主人公がレプリカントですから、その設定からして切ないものがあります。
ハゲタカ友の会で、不憫萌えと言われている私はこれに弱いんですね。
「切ない」と言っても、いわゆるかわいそうな話とか、男女の恋愛モノの切なさには反応しないのですが、「生きること自体の切なさ」とでも言うのでしょうか?こういうのに弱いんですね。

主演のライアン・ゴズリングがいいです。
自分というものの土台が揺らぐ切なさを表現するのに、雰囲気がとっても合っているんです。
前作のハリソン・フォードは人間でしたが、ライアン君は「K」という番号だけで名前もない。
職務に従順なレプリカント刑事なんですが、レプリカントが30年前に産んだ奇跡の赤ん坊を辿るうちに自分の土台が揺らぎ始める。
機械的に植え付けられたと思っている自分の記憶は本物なのか?
(普通は記憶が偽物だったら衝撃を感じるのですが、レプリカントの場合は”本物”だったらショックなわけですね)

さらにヴァーチャル彼女を心の支えにしているところも……ううっ切ない。
ヴァーチャル彼女は所有者の望むように反応する機械(ホログラフィ?)に過ぎないのですが、そこに心のつながりや愛を求めるのは近未来ではリアルにありそうです。『her/世界でひとつの彼女』では愛する彼女はスマホでしたが、それをさらに立体化したビジュアルですからね、リアルな女は敵いません。
そもそも地球外で作業するためのレプリカントに記憶やら心やらなんで持たせるのか?
本来そんな機能はいらないはず。
もしかすると限りなく人間と同じ構造を人工的に作ると自然に心が生まれてしまうものなのか?
それとも科学者という人種はその発明が社会にどんな影響をもたらすかまでは考慮しないで、ともかく自分の好奇心を追求してしまう性(さが)を持つ人たちなのか?(私はこちらのような気がしています)

「記憶」とか「愛」とか、そういうものについて考えさせられる作品でした。
先ほども言った前作ルドガー・ハウアーの最後のセリフにも……
『お前たち人間には信じられない光景を俺は見てきた
〜略〜
そんな記憶もみな、時とともに消えてしまう
雨の中の涙のように・・・
死ぬときがきた』
このセリフに命と記憶のはかなさを感じましたが、この映画も「記憶」がポイントになっていると思いました。
そういえば福岡伸一氏の本に「記憶は思い出すその都度、新たに作られる」って話がありましたね。
カズオ・イシグロも「記憶」について語っていたような(もう話があちこち飛びまくってる)
「記憶」って人と人の関係を作るし、自分というものの土台も作っている。
幸せな記憶は生きていくのに必要だと思います。だって生きるってそもそもしんどいというか、切ないというか。
(やっぱり私ってネクラかしら?)

ラストもいいんですよ。雪の中のゴズリング君。
もう一回見に行こうかな。うんうん、いい映画でした。
3時間近いのですが、この雰囲気に浸れて長さを感じさせません。
でももしかすると前作を見てない人にはしんどいかもしれません。
ぜひDVDで前作見てから見ることをお勧めします。

tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。