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バイエルン国立歌劇場日本公演2017 「魔笛」

theater
09 /28 2017
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H子の仕事がらみの招待で、生まれて初めて本場のオペラっちゅうもんを見させていただきました。
今回、バイエルン国立歌劇場の日本公演は「タンホイザー」と「魔笛」の2演あったのですが、初心者にも解りやすいということで「魔笛」を見ました。
横に台詞が日本語で出ますし、そもそもストーリーは単純。結構笑いの起きる場面も多くユーモアもあります。
王子様タミーノが大蛇に襲われそうなところを夜の女王の侍女たちに助けられる場面から始まります。
この大蛇、どう見てもツチノコ。襲われそうな瞬間、王子様気絶しちゃって、気がついてパパゲーノに助けられたと勘違い。
このパパゲーノ、名前くらいは聞いたことある人が多いと思います。鳥人間なのかと思ってましたが、鳥刺し、という鳥を捕まえて売る商売の人でした。
タミーノ王子とパパゲーノ、二人で組んで夜の女王に頼まれて囚われの王女パミーナを助けに行くのですが、見つけて連れてくるのはパパゲーノだし、その後の試練とやらも全て女王にもらった魔笛で軽くクリア。はっきり言って、この王子様、特に何もしていません(笑)。でも見目麗しく凛々しい王子ちゅう設定に疑問を感じてはいけないもののようです。
誘拐犯と思ったら徳の高い神官だったザラストロ。ところで夜の女王は結局なんで悪者なのか?その辺はよく分かりませんでした。
歌の中でもっとも印象に残ったのは、夜の女王が娘パミーナにザラストロを殺せと迫り、できないなら母娘の縁を切ると言って歌う「復讐の心は地獄のように」。音楽センスゼロの私も聞き惚れました。
時々女性差別(「女は男が導くもの」etc)&人種差別(奴隷は皆黒人、その一人がヒロインに迫りむち打ちの刑)もありますが時代が違うので仕方ないのでしょう。
タミーノにパミーナ。パパゲーノにパパゲーナ。カップルの名前も分かりやすい。
この「魔笛」は他のオペラが時代とともに演出が変わっていく中、ある意味、もっともモーツアルトの時代から変わらない演目だそう。庶民に愛されたオペラということです。歌ばかりでなく、普通に台詞を言う演劇の部分も多いのが意外でした。
ともかく明るく楽しく分かりやすい。かわいい子供たちも出てきて、セットも衣装もステキ。楽しい時間を過ごさせてもらいました。

ただ東京文化会館は実際の欧州のオペラ座に比べると奥行きが足りないそうで、引っ越し公演ということで、舞台装置やセットも全て向こうから持ってきたそうですが、いろいろ小詰めてあるのかも?
あと、文化会館は最近の映画館に比べても座席の距離が狭く、高低差が少なく、前後の席がずらしていないので、隣の席の小柄なおばちゃまの前の席には大柄な男性。前の人の頭が邪魔らしく、ずっと私の方へ首をかしげて見ていました。
いただいたチケットの値段は56,000円!!!この値段払って、前の人の頭が邪魔ってお気の毒です。日本の舞台芸術はまだ環境を整える必要がありそうです。もちろん私は自腹ではないので、偉そうなことは言えませんけれど。
バレエに比べると年齢層が高いのも、この値段ではうなずけます。5〜70代のご夫婦が多い。夫婦で見たら大出費です。満員御礼な状態の会場。おしゃれしている女性が多い。日頃の私の生活とは異世界の体験です。着ていくもんが無くて困ったわ(笑)

いただいたパンフレットは「タンホイザー」と共通なのですが、見るとタンホイザーと魔笛、毛色が相当違うようです。
「タンホイザー」、パンフの写真及びストーリーで見る限り、病み色が濃い。
官能の女神の衣装はまるでスターウォーズのジャバズハットそのもの。
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裸の女性も多く、セットも前衛的。でもオペラ歌手が裸で舞台に立って、風邪引いたりしないのだろうか?それとも裸の女性たちは舞踏家であって、歌手ではないのかも?
やっぱりワグナーとモーツアルトの違いでしょうか?
確かに初心者には「魔笛」が相応しかったですが、私の趣味的には「タンホイザー」にすればよかったかも〜(笑)
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「ダンケルク」 監督:クリストファー・ノーラン

cinema
09 /19 2017
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第2次世界大戦初期(1940年5〜6月)、フランス北端部ダンケルクの海岸に追い詰められた英仏軍40万人がドーバー海峡を越えてイギリス本土に脱出した実話を、クリストファー・ノーランが監督した極限の戦争ドラマ。
第2次大戦オタクの夫と観に行きました。クリストファー・ノーランの映画はほとんど見ています。特別好き、という意識はなかったのですが、「メメント」は少々頭がこんがらかりましたが、「インセプション」「プレステージ」は素直に面白かったです。「バットマン」シリーズのビギンズ、ダークナイト、ダークナイトライジングは好きです。「インターステラー」はとても評判のいい映画でしたが、私的には微妙。
映画館はかなり混んでいました。年齢層は若者から高齢者まで幅広く、男性が多いのは納得。

印象としては観客は訳が分からないまま、灰色の海岸に放り込まれます。
誰が主人公かはっきりせず、登場人物に感情移入できないため視点が定まらず、見出してしばらくは落ち着かない気分。
いわゆるスター俳優は使わず、新人らしき若者たちが一応主人公。
ダンケルクの浜辺の場面以外では、
兵士たちの救出に向かう民間の小舟。
同じくドイツ戦闘機から兵士たちを守る英空軍のパイロットの視点。
浜辺、空軍、民間船、この3ヶ所のシーンが交互に繰り広げられます。
面白いのは、浜辺の兵士たちのシーンは1週間、民間船は1日、空軍パイロットのは1時間のお話であるとそれぞれ最初に文字説明が出ます。これを忘れると、小舟はずっと昼間なのに、兵士たちは夜になってて、あれ?と混乱します。

同じく戦場に放り込まれるといえば、「プライベートライアン」の冒頭シーン20分。
こちらは凄まじく恐ろしい手に汗握る戦闘シーンでしたが、ある意味、敵がどこにいて、自分たちが何をやっているのか解っている戦闘でしたが、ダンケルクの方はドイツの攻撃も空からは数機の戦闘機のみ。それでももちろん大きな被害なのですが、妙に散発的。陸側からドイツの大群が浜辺にやってきて戦闘になるかといえば、それもない。
イギリス空軍もほんの数機のみ。
しかし浜辺の兵士たちの翻弄される姿は地獄絵です。戦闘という感じではなく、状況も敵も見えず、右往左往しまくる。
また音楽が不穏な不協和音で、これがず〜っと鳴っている。
ハラハラドキドキする以上に、この不穏ムードに翻弄され、そういう意味ではなんかエイリアンが全貌を表す前の不穏な空気がずっと続いているような…、ちょっと不思議な戦争映画でした。
駆逐艦だけでは足りず、多くの小舟や漁船、遊覧船などがドーバー海峡を渡り、兵士を助けたというエピソードが実際あったそうです。これをマスコミ、およびチャーチルが賛美し、ドイツとの戦いに向けて国民を鼓舞したことがラストでよく分かります。
イギリス本土に着いて、疲労困憊した主人公たちは列車に乗り込み、どんなに人々に(撤退してきたことを)罵られるかと思いきや、人々が旗を振り兵士たちを笑顔で迎えます。そのチャーチルの演説を新聞で読み、顔を上げた主人公くん。その顔は誇らしげでも、歓喜でもなく、面食らったような戸惑いの色に見えました。
そういう意味で戦争映画のカタルシスを求めるとちょっと違和感があるかもしれません。
主人公の若い兵士の役者たちは全く知りません。
知ってる顔は、
浜辺の一番偉い軍人にケネス・ブラナー。
小舟の船長にマーク・ライアンス。
途中海で助けられる混乱している戦闘機乗りにキリアン・マーフィー。
ラスト、不時着したパイロットがマスクを外すとトム・ハーディでした。
この四人くらいで、あとは知らない人ばかり。

見終えた後、夫が嬉しそうにミリタリオタクの解説を始めました。
キリアン・マーフィーが乗ってたのは「ハリケーン」というもので、ちょっと古いタイプだけれど、頑丈で被弾性能がよかった?とか。
対してトム・ハーディが乗ってたのは「スピットファイア」という当時最新でスピードがあり、対戦闘機で活躍?とかとか。
まあ、こういう知識があって時代背景にも詳しいと、戦争映画は何倍も楽しめるのかもしれません。
でも平和主義者の私に言わせれば、どんな戦争も地獄絵にしか見えません。
そしてどんな戦争も本当に若者の使い捨てになってる。若者があっさり死んでいくのを見ると、本当にこれほどもったいないことってあるだろうか?地団駄ふむ想いです。
心配性の私は最近のニュースを見ていると、…お隣の王朝の太った王様と、世界最大軍事国家の人相の悪い大統領。
かってないほどに最悪のトップ同士、罵り合って、危険な玩具を振り回してるうちに、世界を巻き込んで戦争始めちゃったりしないでしょうね!?どうしてもやるなら、二人でリングに上がってプロレスでもしてくれ!


「新感染 ファイナル・エクスプレス」  監督:ヨン・サンホ

cinema
09 /13 2017
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前回、映画館で映画を見たのは7月5日。
2ヶ月ぶりの映画観賞です。
友人はジム・ジャームッシュ監督の「パターソン」を希望していたのですが、私はジャームッシュとトッド・ヘインズは相性悪いのか?睡魔に襲われる率が非常に高い。久しぶりの映画なので、それは避けたい、ということで、友人の抗議の声をもろともせず韓国製ゾンビ映画に付き合ってもらいました。
スプラッター苦手な私ですが、これは全然平気。だって子供でも見られるG指定。グロさ控えめです。

ネタバレあり
主人公はファンドマネージャー。すごい家に住んでます。ソウルから釜山まで娘を新幹線で送り届る設定。
自己中な性格が最初の会社のシーンでも垣間見え、ゾンビパニックに巻き込まれてからも、娘に「他人のことは考えなくて良い」と教えます。それがゾンビとの戦いの中、徐々に変わってくるところが見所です。
新幹線という閉鎖された空間でどんどん感染が広がり、助かった少数の人々が後方車両に逃げ込みます。主人公たちがゾンビと戦いながらようやくたどり着いた安全な車両に入れてもらえないシーン。当然観客から見たら、先に逃げた人々は同じ仲間を助けないひどい人たちに見えますが、これが現実だったらどうでしょう?
ゾンビに噛まれるとあっという間にその人もゾンビになりますが、パニック状態の人々にはそんな法則も分からないでしょうし、後から入れてくれ〜という人々が感染してるかどうか分からない訳ですから人々の恐怖心も理解できます。エイズも初期の頃は医療関係者が拒否したりしてましたっけ。
でもこういうシーンは見ている時には、ゾンビよりも人間の方が怖いと思えました。
特に一人の傲慢キャラのおじさんは自分が助かるためなら、見苦しく自己中ぶりを発揮します。当然悪役キャラです。
反面、他の人々を助けるために自分が犠牲になる人々がいます。
友人と映画が終わった後、「あのおじさんは”生きる意欲”という点では、非常に気合がある!」ということになりました(笑)
いやもちろん半分冗談ですが、ガンに勝つためには「気合」が必要だと最初に医師に言われましたっけ。
それは自分は何が何でも生きるぞ!という意欲なわけで、大病すると、ついつい映画観賞まで見方が変わってしまうのがおかしいというか…(笑)
辛い別れの場面が幾度かあり、涙を誘います。
妊婦の夫。野球部の少年少女。意外にも悪役代表のおじさんの「おかあさん」にも哀れを誘われました。
そして主人公の影だけで表す最後。
生き残った妊婦と娘はどうなるのか?ラストまでハラハラさせてくれます。

この映画の中で、一番頼りになるのはガテン系の妊婦の夫。主人公の職業がファンドマネージャーと知って、人の生き血を吸う人でなし呼ばわりする非エリートの設定。
この話から、友人の兄と私の夫の話になり、「役立たず選手権」があったら、2人ともかなり上位に行くのではないか、というひどい話で盛り上がりました。
友人の兄は留守番たのんだら、ちょうどトイレに入ってて宅配便も受け取り損ねた、とか(笑)
うちの夫も新聞を朝出勤時に出してくれるように頼んだのに、出していなかったので、帰宅後そのことを言ったら、「だって今、手が痛いから」というので内心「バカヤロ〜!!!」と思ったことなど。
2人とも理系で高学歴。
ゾンビに襲われた時、ちゃんと家族を守ってくれるのか?はなはだ疑問です。

読書メモ   「私の消滅」:中村文則、「アサギを呼ぶ声」:森川成実

book
09 /09 2017
「私の消滅」:中村文則
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『このページをめくれば、
あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない。』

↑このコピーが帯に大きく書いてあります。
なんせ中村文則ですから、明るいわけはないものの、これは今まで読んだ中村文則の中でもトップ級に暗いです。おまけに頭がめちゃ混乱する。

主人公小塚の「手記」で構成されるこの小説は、彼の暗い少年期の思い出から始まる。
彼は精神科医になり、義父から性的虐待を受けて育った重度うつ病の「ゆかり」と患者として出会い、彼女を愛するようになる。
何度も自殺未遂を試みる彼女に脳に電流と洗脳で記憶を消す(変える?)治療を試みる。
しかし彼女は主人公小塚と愛し合った記憶もなくし、アルバイトに行ったカフェのオーナー和久井と愛し合う。そこに彼女の風俗時代のゲスな客、間宮と木田が現れ、彼女を脅迫。
記憶を取りもどした彼女は発作的に自殺してしまう。
喪失感にとりつかれた彼女を愛する二人の男(小塚と和久井)は共謀して彼女を死に追いやった二人に復讐する。

…と書くと割とふつうの小説っぽいのですが、その復讐の仕方が超ややこしくて、二人のゲス男の記憶をなくし、その後、主人公の記憶を植え付けるという、わけの分からない復讐方法です。いやはやさっぱり凡人には分かりません。
だいたい風俗の過去を持つ女性を脅迫して、陵辱しようとするような男たちの元の人格は記憶を破壊すれば変わるのか?主人公の記憶を植え付けることに成功したとしても、はたして主人公と同じ苦しみを感じるのか?記憶が人格や性格を作るわけ?etc疑問が。
そしてこの本の一番ややこしいところは、今読んでいる手記の「私」が誰なのか?混乱します。

途中、ソビエトの心理実験の話も恐ろしいけれど、何よりもこの小説の中で一番恐ろしく、心が冷え冷えしたのは、「宮崎勤事件」の考察部分。宮崎の生い立ちから、彼の事件に至る心理を分析した部分が、もちろんこれは作者自身の考えなのだろうけれど、人間の持つ心の底なしの不幸とでもいうのか?心底やりきれない気分になる。
宮崎の抱えた環境の不幸は原因としてあるにしても(手の障害、父親の虐待)、決して凶暴な人間でなかった彼にこんな事件を起こさせた本当の原因は、なんなんだろう?個人的にはとことん社会から乖離してしまったから、と思うけど…

それから終章でわかる、老精神科医、吉見の関与。
こういう人が精神科医をやっていたら本当に怖い。人の心を操り、不幸に導くのを暇つぶしに面白がってるようなトンデモ精神科医。この人にもきっちり復讐します。
和久井と小塚は同じ女性を愛した、という関係から、最後にはお互い思いやり、ともに生に対してかすかに希望を持って終わる。

中村文則の登場人物はみんな自分のトラウマを拡大鏡で見ているようで、読んでいて疲れます。
もっと違う風に考えられない?というアドバイスは通じない。
でも問題を抱えた渦中にいる人間は、自分一人ではうまく切り替えられないもの。
私みたいなノーテンキな人間でも、ネガティブスパイラルにはまってしまうと、なかなか抜け出せないこともある。
そんな時、周りの人の言葉や態度、案外その本人もテキト〜に発した言葉で救われてたりして、やはり人間を傷つけるのも、癒すのも人間なのだなぁとしみじみ思う。
しかし中村文則の作中人物の闇はこんな普通レベルではありませんので、彼らの持つ闇に引きずられて、免疫力下がりそうになります。
病気の方には本作はオススメしません。
しばらくは健康のために、中村文則は「読禁」指定にしようか?と思ったくらい。
それでもさすが売れっ子作家、最後にかすかな希望を見せて、読者を感動させてくれる。
そして毎回、これも結局愛の物語だったのね、と納得。この辺も売れるポイントなんだろうなぁ。

中村文則、もし本人に会ってみたら、案外明るくて如才ない人かも?という気がします。
だって純文学で、こんなに多作な人って珍しいのでは。
自分の書く小説の登場人物みたいにモンモンとしてたら、こんなに次々作品かけないと思います。
きっとホラー作家がネタ考えるみたいに、人間の心理の暗い面をとことん「前向き」に追求している人なんだと思う。
でも今回はいつものように、ミステリーとしては今ひとつ読めずに疲れました。


「アサギを呼ぶ声」:森川成実

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中村文則でかなり病んだ気分になってしまったので、口直しに児童文学。
前向きです!
でもそれだけじゃない。面白いのは、勇気りんりん、強いだけの女の子じゃない。
古代の村社会の中で、村八分として育ってきた屈折した母娘。
この母はいつもグチっぽくて、児童文学らしい賢くできた母でないところが新鮮です。
古代の村ですから、いろいろ掟とか男女の役割とかあるのですが、アサギは毎年成人する男子に行われる戦士のための試験を密かに訓練し、女だてらにこの試験に挑むのが1巻目の山場。
そのための弓や矢を独自に創作していく過程がとても具体的で面白いです。
彼女の指南役の戦士「ハヤ」が渋くてかっこいい。

1巻目で男子を抑え優勝したにもかかわらず戦士にはなれず、2巻目では嫁入り前の娘が入る織物修行の小屋で共同生活を始めるアサギ。
この古代社会では「塩」が金銭として使われ、織物と塩を取り替えるのだが、それが足りない年には神隠しが起こる。
織物小屋でアサギに優しかったサコねえ他、村の数名が神隠しにあい、その裏にある陰謀に気づくアサギ。そして今は協定によって平和が守られているが、その昔、アサギの村を襲い多数の死傷者を出し、アサギの父もこの騒乱の中、誤解から村人たちの殺されたという因縁のある大きな村「とが村」に単身向かう。
3巻目で、他村を支配下に置こうとする大きな村に単身乗り込むアサギ。そこで捕まり捕虜として働かされる。ハヤを失い、彼の遺言に従い、アサギはジャンヌダルクのように大勢の男たちを動かし、小さな村々が協力し、ついにとが村の支配をはねのける。
しかし単純に勝利を得て大円団ではなく、他の村からの捕虜として「とが村」のために戦わされる少年戦士と心通じあい、合戦のさなか、敵として彼の死に向き合う。そんな戦いの虚しさを感じさせるところが女性作家ならではの視線を感じます。

数年前、パート先の上司に勧められて、上橋菜穂子の「守り人シリーズ」を読みました。児童文学でファンタジーという最も喰わず嫌いなジャンルでしたが、読み出したら止まらない面白さですっかりハマってしまいました。
主人公にもはや若くない女用心棒バルサ、壮大な世界を舞台に、支配、被支配のそれぞれの論理と、戦いに駆り出される庶民の視点。食べ物から武器から、戦闘シーン、着物まで、まあよくもこれだけ壮大な世界を具体性を持って描けたもんだと感心しました。
この「アサギをよぶ声」はそれよりははるかに小さな世界のお話ですが、やはりディテールが面白い。矢尻を作るために村のゴミ箱から骨を拾うシーンなど、臭ってきそうな具体性があり、こういう細部のリアリティと、戦闘シーンがカタルシスに走らず、戦いの虚しさを忘れない辺りに好感が持てます。

ふ〜、中村文則の呪いがちょっと晴れたかな〜(笑)

tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。