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LION/ライオン ~25年目のただいま~

cinema
04 /20 2017
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インドのスラム街。5歳のサルーは、停車していた電車内に潜り込んで眠ってしまい、そのまま1600キロ離れたコルカタへ運ばれて迷子になる。やがて彼は、オーストラリアへ養子に出され、25年が経過する。ポッカリと人生に穴があいているような感覚を抱いてきた彼は、それを埋めるためにも本当の自分の家を捜そうと決意。わずかな記憶を手掛かりに、Google Earth を駆使して捜索すると……。(シネマトゥデイ)

2012年に本当にあった実話を映画化。
主役に「スラムドッグ$ミリオネア」のデヴ・パテル。スラムドッグのあの少年が髭も濃い精悍な青年になってました。
その恋人役に「キャロル」の可憐さが印象的だったルーニー・マーラ。この人、ずいぶん前からいるけど一体幾つなのか?最初に観た「ドラゴン・タトゥーの女」が一番強烈で、年とともに可憐で初々しくなる謎の女優。
養母にニコール・キッドマン。80年代のおしゃれのせいか、いつもの華やかさが影を潜め、地味で一瞬誰かと思いました。強い信念を持つ母親の役。
編集で時制が行き来する映画を見慣れてる目には、きっちり時系列に描かれるドラマが却って新鮮でした。
5歳のサルーを演じるこれが映画初出演の少年のかわいいこと!
スタッフが恵まれない子の学校で見つけたそうだけど、このキラッキラッの瞳だけで説得力十分。
サルーのお兄ちゃんグドゥー役の少年も可愛くて切なすぎる。

「グローバリズム出づる処の殺人者より」という2009年の小説でインドの強烈な格差社会が描かれていましたが、この映画の前半は30年前のインドの貧しさが衝撃的です。
インドの大都会(コルカタ)の人の多さにも圧倒される。人が多すぎると、それだけで十分暴力的。
迷子になったのは’86年、日本だとバブル前夜だけど、5歳の子が迷子になってても大人たちは知らんぷりでなぜ?と今の日本人の感覚だと思うけれど、浮浪児が大勢いて、孤児院もかなり劣悪な環境。
続いて養子になってもらわれていったオーストラリア、タスマニアの美しく豊かな暮らし。
メルボルンの大学生になり、恋人もできて、インド人学生のホームパーティに呼ばれていった先で揚げ菓子を見た瞬間、遠い記憶が呼び起こされてからの痛々しいほどの主人公の混乱。
過去が蘇り、自分を探している母と兄の幻影にとらわれ、人生が前に進まなくなる。
養父母や恋人との関係もおかしくなり、閉じこもり、ひたすら自分の故郷の記憶を辿る。
この辺りは見ていて辛いし痛々しい。

インドで自分の家族を探し当て、再会するラスト。
この辺からハンカチ用意しておいたほうがいいです。
私の隣で友人がボロボロに泣いていましたが、私は大丈夫(←冷血漢!)
お兄ちゃん、切なすぎる…
ラストで実際のサルー、養父母、実母の映像も出てきます。
そして「LION/ライオン」のタイトルの理由が最後に分かります。



サルーが遠い記憶をたどったように、映画を見た晩、自分の子供時代の風景を思い出してみました。
けっこう細かいところまで覚えているものです。
おそらく実際とは違っているのかもしれませんが、学校への道一つとっても、子供の自分にとって恐怖心を呼び起こした場所と、楽しい思い出の場所があったことが分かります。
通学路の道端に柵もない肥溜めがあって、雨の日には肥溜めと道の境がはっきりしないような危ない場所がありました。
その辺り、時代を感じますが、田舎ではなく首都圏のベッドタウンだったのですが、通学路の一角に畑が残っていたのです。
西洋の童話に性格の悪い女の子が水たまりで靴を汚れるのを嫌がってお母さんの焼いたパンを踏み台にすると、そのまま水たまりに沈んでしまう怖い話があったのですが、その肥溜めの横を通る度に、その話を思い出し身をすくめていたことなど、思い出してしまいました。
他には学校の中間地点にあった友人の家。小さな一戸建ての社宅が何軒か連なっていて、そのエリアは私にとって、フリーエリアとでもいうのか、友人の隣人家にもドカドカ上がりこんだりしたっけ。他人の家なのに、平屋の小さな家を思い出すだけで何やら楽しい気分になります。
毎土曜日にはただいま〜とその友人宅に上がって、当然のように私も昼食を食べ、夕方までその家で遊んでいました。
友人と10円を持って、近所の肉屋さんにコロッケを買いに行き、おやつによく食べました。熱々のコロッケの美味しかったこと!
小学校1年から5年まで一緒だったその友人宅は毎週当然のように私の昼食を用意してくれていましたが、放任主義のうちの母はちゃんとお礼を言ってたのだろうか?6年になる時、転校してしまったKちゃん。
50年も経ってしまったけれど、今更ながら感謝の気持ちが蘇りました。
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「肺がん市民フォーラム 2017」

disease(闘病記)
04 /16 2017
秋葉原のUDXシアターで行われた「肺がん市民フォーラム」に参加しました。
日本医科大がん診療センター長、久保田馨氏、里見清一のペンネームで多くの著作もある日本赤十字社医療センターの國頭英夫氏が中心となり、肺がんに関する基本的な解説の後、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の解説、そして治療コストや医療情報の話など、多岐にわたる話を1話15分程度で手際よく話されました。
患者としては同じ患者の体験談がやはり一番心に響き印象に残りました。
そもそもこのフォーラムを知ったきっかけはガン友の女性が患者代表として講演を行う、ということからです。

第1部中ほどで「肺がんを体験して」というタイトルで彼女が出演しました。
最初は離れた席の私にも緊張が見て取れましたが、すぐに落ち着いて、病気の発見に際して、自分のことよりも子供のことばかり心配だったこと。自分が子供を心配するだけでなく、幼いながら、お子さんたちもお母さんを心配してたこと。
特に娘さんの作文には会場が感動に包まれました。
お子さんたちの絵や手紙がスライドに映りましたが、その時のお子さん達は「お母さん好き」と書いても「がんばって」とは書かなかった、という話も心に残りました。「がんばって」は患者にとって時には辛い言葉ですから。
息子さんが彼女の病気をきっかけに人体に興味を持ち、「大きくなったらママのマクロファージになる」と言った話に会場に暖かな笑いが広がりました。
続く医師たちの講演でも、久保田氏も國頭氏も繰り返し彼女の名前を出し、医師たちにも彼女の話が印象的だったことが伺える、とてもいい講演でした。ガン友の私まで何やら誇らしい気分になりましたよ(笑)

続く肺がん患者会会長さんはステージ4で肺がんが見つかり今は8年目だそうですが、当時余命10ヶ月と言われたそうで、まだ幼かった2人のお子さんが父に愛された記憶を残すこと第一に考えたというお話をされました。この方はTVディレクターだったので、当時の映像を編集し、短くも感動的な家族ドキュメンタリーを見せてくれました。
この人の言葉で印象に残っているのは「納得して治療を受けることで人生をきちんと進める」というものです。
そのためには医師とのコミュニケーションが大切で、PCしか見ない医師との対処法として、隣に座って一緒にPC覗き込んで話せばいいとか、具体的でユーモアのあるお話でした。
2人の患者代表の講演は大きな拍手で包まれ、再度出てきた國頭氏などは、医師へのまばらな拍手に比べて、全然拍手の大きさが違うとひがんで聴衆を笑わせていました。

これを書いていて、私もガンセンで気管支鏡検査の結果が出るときに、必ず家族の付き添いが必要と言われ、もし一人なら事前に連絡するように言われたことを思い出しました。夫がその日はどうしても仕事で無理という旨電話してから行くと、看護師さんが横にぴったり張り付いて手をぎゅっと握ってくれるので、子供じゃないから大丈夫なんですけど〜と内心思いましたが、とてもありがたかったです。
でも考えたら、おそらく首都圏で一番多い世帯は単身世帯だと思います。
世相を反映するなら、単身で闘病した体験談もあって、どういう支援を受けられるか?などの解説が次回のフォーラムでは検討されても、と思います。

他ではやはり、コストの話はインパクトがありました。
アメリカは保険代と治療代がサラリーマンの給料の半分にもなる、という話はびっくりしましたが、だから日本人でよかった〜で終わらず、日本の保険制度は破綻寸前であること。薬価がどんどん高くなっている仕組みなど。
病気してもお金がないと治療が受けられない世の中を次世代に残すことになってしまうのか!?と不安になりました。
がんに新しい薬が出来ても、素直に喜べないのは、やるせない話ですが、そこにある根本的な落とし穴の話が目からウロコでした。
それは「新しいものを無条件にありがたがることをやめる」ということです。
新薬が承認されると医師も患者もそれを使いたがるのですが、統計を取ってみると、同じ効果、同じ副作用で、値段は新薬の方が倍高い。それでも新しい方を使いたがるのは人情だという話です。
ではなぜ新薬の薬価はそれほど高いのか?
それは製薬会社が儲けているからではなく、開発に関わるコストが上がっているから、ということです。
数十年前(具体的に何年代か忘れた)は10億ドルで10個以上の新薬が開発されたが、今は1つあるかないかだそうです。
ただし、ここでひねくれ者の私は100%この話を信用するわけにはいきません。
だってこのフォーラムの主催者が製薬会社ですから。
でも夫に製薬会社の社員を持つママ友からもこういう話は聞いたことがあります。
一通りの薬は出尽くしており、今からの新薬開発は非常に難しく、全く違った発想からしか生まれないと。

この会場には看護学生の若い人たちが多くいて、パネルディスカッションでも幾つか質問が出ましたが、学生からの患者とのコミュニケションについて問われた時の國頭氏の答えが印象的でした。
家族や友人に話す時の二人称と、完全に他者とする三人称の間の2、5人称の距離感が医療従事者には必要というものです。
共感しすぎて冷静さを失うのは問題だが、完全に他人事だと冷たい、ちょうどその間くらいの共感と冷静さが共に必要、という意味だと解釈しました。
さすが里見清一のペンネームで著作を数多く出している國頭氏は表現力に長けてます。

講演が終了し、講演した友人とちょっと話せて嬉しかったです。
パネルディスカッションで出演した60代の女性患者も患者心得として同病の友人を持つことを勧めていました。
肺がんはステージによって治療法が異なるので、難しい側面もあると思いますが、同じ体験をし、元気な時には分からなかった不安を共有できるのは、大きな慰めになり、前を向く力をもらえます。
このフォーラムの中で、患者の医療に直接は関係ないのですが、医療費コストの話がとても興味深く勉強になりました。
最後に國頭氏の代わりに挨拶した看護学生の話がとても力強く、医療者の卵の意気込みに、」病気になってもなんだか明るい未来が見えるようで、大きな力をもらえました。

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『がんと闘った科学者の記録』 戸塚洋二:著  立花隆:編集

disease(闘病記)
04 /13 2017
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ニュートリノ観測でノーベル賞確実と言われた物理学者・戸塚洋二さん。がんで余命わずかと宣告されてから死の直前までの一年弱、みずからの病を見詰めた記録(「BOOK」データベースより)

肺がん闘病記を書かれている方のブログ(「簡素に暮らす 時々 肺がん」)でこの本を知りました。
一昨年(2015年)、私が柏にある病院に通っている頃、梶田隆章氏がちょうどノーベル物理学賞を受賞、駅前には受賞を祝う横断幕が掲げられていました。なぜなら柏に東大宇宙線研究所があるから。
この戸塚洋二さんという人は知りませんでしたが、2002年のノーベル物理学賞受賞者・小柴昌俊氏の愛弟子であり、2015年受賞の梶田隆章氏の指導者でもあった人だそうです。

戸塚氏は2000年58才の時、大腸癌のステージ3で手術を受け、4年後肺転移。
自分の知り合いに近況を知らせる目的で、(余命宣告後の)2007年から1年ほどブログを綴っており、ブログの内容は多岐に渡っていたそうですが、それを立花隆氏ががん闘病部分を中心に編集したものが本書です。難しい研究内容は本書には掲載されていないので、私のような理系オンチにも読みやすい内容になっています。

それにしても科学者ってこういう人なんですね。
一口に理系といっても医学、生物と物理は微妙に性格が違うようで、医師が腫瘍の大きさを大きくなったとか縮んだというけれど、大きさを数値化しないのを戸塚氏は不思議に感じます。
そして物理学者である氏は数値化しないと気が済まないと言って、腫瘍の大きさと抗がん剤の投与をグラフ化し、緻密なグラフを作っていきます。
またカミオカンデのあった岐阜の山の木や、自宅庭の花など植物の話が多くのページを占めますが、ここでもオキザリスの花の開閉は光が、ネムノキの葉の開閉には酵素が関係していることを調べ、植物の運動を系統的に調べた研究がないことに植物学者のアプローチを不思議がります。とことん「なぜ?」にこだわるあたり、その物理屋魂とでもいうべき性格が面白いです。
数学から物理、化学、生物、地学ともれなく理数系に弱い私には、このこだわりと探究心にほとほと感心し、圧倒され、思わず笑ってしまいました。

読んでいて、幾つか疑問に思ったこと…
抗がん剤投与と腫瘍の大きさの変化を緻密なグラフにしていますが、血液検査の数値が悪かったり、どうしても外せない仕事のため、毎週月曜に投与する抗がん剤を時々中止すると、確かに中止した期間にはすかさず腫瘍が増大します。
しかしその生活の内容はというと…
戸塚氏、吐き気と脱水の副作用が強く出るタイプで、毎週月曜に投与すると、ずっと具合が悪くて、週末にようやく普通に暮らせるまでに回復。しかしすぐにまた週明けに投与、を繰り返すのです。
正直、こんなに体調がボロボロでは、少しばかり生存期間を延ばす意味があるのか?と疑問を持つのですが、戸塚氏は抗がん剤治療に疑問を持ったり、やめる選択を考えることはなかったようです。
国立がんセンター前総長が東大空手部の友人で、2009年(茨城から岐阜までニュートリノビームを打ち込む実験?)まで生きられるか?尋ねたら「それは無理」とはっきり言われたことも書いてあります。氏は生存期間を少しでも延ばすことを目的に抗がん剤治療を受けていたようですが、この人のような研究者は研究の見届けたい到達点があり、そのためにはどんなにボロボロでも少しでも長く生きようと思うものなのでしょう。
抗がん剤治療の批判は数多くあれど、ともかくどんな状態でも少しでも長く生きることを選択する人もいるのだ、という新鮮さがありました。
 
 本書で戸塚氏は患者のブログをデータ化し、自分と似たケースを予測するための手掛かりとして、データベース化することを提案しています。これは本書の中でも何度も強調され、先のがんセンター総長の友人にも提案しています。
確かに自分と似たケースがその後どういう経過をたどるかの参考として、とても意義のある提案だと思います。
しかしここでも私などは、自分と似たケースの、良い情報は知りたいけれど、悪い情報は知りたくない、と思ってしまう、とことん気の弱い人間なので、知りたいような知りたくないような…が正直なところです。
科学者というのは、自分にとっていいとか悪いとかはどうでもよくて、ともかく真実を知りたい要求の強い人なのだなぁ〜と思います。

そんな氏ですが、家族のことを書いた記事では、長男さんは研究者への道もあったが、企業に就職するよう強く勧めたそうです。
なぜなら、自分は研究のために家族を犠牲にしてきたから自分のような生き方はして欲しくなかったと言って、会いに来た長男一家を見て、研究者にしなくてよかった、と思ったり。
序章でも「ガンジーの息子」という映画に触れ、ガンジーのような人でさえも家族と自分の使命は両立できなかった、ましてや自分などと言っていたり、最終章の立花隆との対談の締めも奥様への詫びの言葉で締められ、家族への贖罪の気持ちをずっと持っていたような印象です。
しかし私などは「亭主元気で留守が良い派」なので(笑)、研究のために家族をないがしろにしたことに罪悪感感じるなんて、良くも悪くも昭和の男だなぁ〜と、思いました。
ちなみに奥様、同時期に出された若い人向けに科学の面白さを語った本の前書きや、インタビューにも参加され、氏が亡くなられた後もがん患者のボランティアをしていることなどから、(科学者じゃなくても昭和の男は家のこと妻に丸投げが普通だったので)恨んでいないと思ってあげたいところです。
totuka02.jpgこちらはななめ読みですので感想なし

さらにもう一つの疑問は氏は原発推進派だとはっきり公言していることです。
2008年にお亡くなりになっていますが、もしも、2011フクシマを経験されたら、なんと言っただろうか?知りたい気持ちが起きました。

戸塚氏、カミオカンデ、ニューカミオカンデを設計し、岐阜の山中に一人きりで長年過ごします。
その時の深酒ががんの原因ではと立花隆氏は予想していますが、同時に高山植物に詳しく、様々な植物の話が繰り返し出てきて、植物図鑑を広げながら読むとこの本、とても楽しいです。カラー写真じゃないのが残念。

後半、佐々木閑という仏教学者のエッセイをきっかけに仏教の話が多く出てきます。
佐々木氏も工学部を出てから哲学科仏教学に進んだ経歴から、科学的なまなざしが戸塚氏の心に響いたのか、ここでもとことん科学者の目で仏教を考えています。
それでも、こういう人でも自分の死を考える時、「1日1日を充実して過ごしてください」と言われるのが一番困る。なんとか死から目をそらし、やり過ごすしかないと語っています。
その際の座右の銘とでもいう、正岡子規のという言葉が印象的です。
「悟りという事は、いかなる場合にも平気で死ぬる事かと思っていたのは間違いで、いかなる場合にも平気で生きる事であった」

私は里見清一というがん専門医の医師側からの本を何冊か読みましたが、患者側の闘病記はこれが初めてです。
患者側の話ですから、抗がん剤の副作用など辛い部分もありますが、科学者のためか感情的にならず、といって理系に弱すぎる私にもとても興味深く読める本でした。
ところで、闘病ブログのデータ化。
私のブログは自分の感情を落ち着かせるのが目的なので、データとしての価値は残念ながら無いことを再確認してしまったなぁ。





『すみだ北斎美術館』&お花見

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04 /08 2017
昨日17,100歩、本日15,687歩。
この2日間よく歩きました。
もちろんお花見がてらです。
昨日は大手町で午前中に用事が終わったので、大手門から皇居東御苑内を歩いてみようと思ったら、残念、東御苑は休園日で入れませんでした。そこでお堀沿いをぐるりと歩いてみたら、千鳥ヶ淵よりも山桜やいろんな種類の桜が多くて楽しいです。八重桜は蕾が膨らんでいてこれからが楽しみ。
皇居沿いを歩き、内堀通りでUターンして千鳥ヶ淵を進み、そのまま靖国神社に行ってみました。
ソメイヨシノ一色はきれいだけれど、最近は山桜や八重桜の微妙な色合い、特に朱色や、くすんだ黄緑の葉とともにぼんぼりのように咲く桜が好きです。
どこも外国人が多くて、東京っていつの間にか世界の人気観光地なのね〜と実感します。

土曜日は夫の呼吸器系病院に付いて行きました。
昨年、健康診断で肺に影があると言われ、検査で否定されたものの、念のための再検査(CT)の結果を聞きました。
結果はやはりシロで、ホッとしたものの、私は以前夫に「君は医者を怒らせやすいから付いてくるな」(夫に言われたショックなこと)と言われたのですが、今回は病院周辺が桜の名所なこともあり、そっちが目当てで付いて行きました(笑)
でもせっかくなので、夫の主治医にも会ってみました。
呼吸器科の内科医の先生ですが、私の印象ではかなり楽天的な方のようです。
シロと思う根拠を質問したのですが、こういう影は肺内のヨレ(?)でよくある的なご意見。確かに血液検査も影も大きくなっていないものの、(その前年の健診ではなかったのだから)以前入院した時の肺炎の炎症痕ではないはず。
肺がんの診断はかなり難しいもんじゃないの?そんな簡単にシロと決めていいのか?(と呼吸器専門医に対してかなり失礼な懸念を抱き)念のため、外科医にもデータを見せて意見を聞いて欲しいと念を押しておきました。
なんせゴッドアイを持つ医師はそんなにいないはずだから、複数の目で判断してもらわないと。
またまた余計なことを言って、夫に怒られるかと思いましたが、夫も「あの先生はかなり楽天的な人だね〜」と私と同じ印象を持った様子。
バスで20分かかった道のりを駅に向かって桜を見ながら歩いて戻り、駅前でランチを食べましたが、まだ帰宅するには早いので、両国へ出て、前から行きたかった「すみだ北斎美術館」へ行ってみました。
思ったより小さくて、現在常設展だけなので、あっという間に見終えましたが、展示に工夫があり、なかなか楽しかったです。
ここも欧米系外国人が多いです。さすが北斎、世界に影響を与えた日本人代表。
隣の駅までさらに歩き、さすがに歩き疲れて帰宅し、トンちゃんの散歩は夫に任せ、疲れたし夕飯何にしようかな〜と思ってたら、お向かいさんから電話。出たらなんと、マグロのお刺身とホタルイカとお豆腐いらない?と聞かれ、「もらいますもらいます!」と喜んでもらって、早速手抜き夕飯に利用させていただきました。
お向かいさんにはしょっちゅう食べ物をもらっています(笑)
年配の方なのですが、新鮮な魚介やすっごく美味しいお豆腐をくれるご商売のお友達がいらっしゃるものの、もらっても食べきれないのでと、よくおすそ分けに預かっているのです。ラッキー♪
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『ムーンライト』 監督:バリー・ジェンキンス

cinema
04 /05 2017
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両親の介護、一緒にみている姉が出張に行ってるため、自動的に私一人で面倒みることになります。
今月、姉は下旬も長く留守にする予定ですし、おまけに自分の内職もクライアントの職業柄、この時期が一番忙しいので、慌しくてストレスが溜まります。
しかし、トントンの法則?からいうと、こういう時こそ、遊ぶか、映画を見なくては。
早速、単発でも宅配してくれる弁当屋で両親の昼食を申し込み、薬の管理は電話で繰り返し確認、ホワイトボードにレンチンのやり方を図解(レンジで温めも怪しくなってる)、父に紙パンツ履かせ、朝一番で「ムーンライト」見に行きました。

さて「ムーンライト」、ネタバレあります。
今年のアカデミー賞にはびっくりしましたね。
プレゼンターのウォーレン・ビューティーもボケた爺ちゃんになってたなぁ(笑)←ミスはこの人のせいではないけれど。
まずこの映画は予告編を一度だけ見てて、そこから貧しい環境で生きる黒人少年の物語だろう、とだけ予想しましたが、それ以上の事前情報なしで見て、途中でびっくり!?
おカマと主人公シャロンがいじめられている場面を見てもまだ分かってなくて、内省的な少年はこういう環境だとこんな風に罵られちゃうのかと思ってたため、海岸シーンで思わず「え!?」と。
ダニエル・ディ・ルイスの「マイ・ビューティフル・ランドレット」以来の不意打ち状態(この映画にはいきなりの濃厚ラブシーンにびっくりしましたっけ)。あれよりずっ〜と控えめな描写ですけど。
ここまで来て、ようやくこの物語の重要な設定を知り、劣悪な環境の貧しい黒人で、父は無く、母はヤク中の売春婦。この環境でLGBTなのはいろんな意味で、生きづらいどころじゃないだろう、と理解しました。
主人公がいつもうつむいていて無口なため、物語も饒舌とは言いがたく、正直高校時代の主人公には見ていてイライラさせられました。
カメラが対象に寄りすぎで視点が定まらなく、よく見えないシーンが重要な場面でしばしばあります。
内容的にも主人公が成長したり、自立したりして、分かりやすく前向きになる物語でもない。

現実的に考えると、いろいろ疑問もあります。
ヤクの売人の元締めで主人公を支えるファンとテレサ夫婦。彼らはなぜこの主人公にこれほど親身になってくれたのか?
後のシャロンの仕事を考えると、彼らは主人公にこの環境を抜け出す教育をしてくれたわけではないのか?
主人公の幼友達のケヴィン。彼は喧嘩が強くて明るい不良たちの人気者、女好きで今は息子を生きがいに真面目に料理人として働いています。
彼はバイセクシャルなのか?単に幼馴染を何かから解放してあげたかった?でもあの曲からすると彼もゲイなのか?よく分からん。
中では母親の部分が一番理解できました。
彼女は年老いて、どこかの福祉施設か何かで他人の役に立ち自分の居場所を得て、今は幸せだと言います。
息子がヤクの売人をやっていることを元は自分が悪いとはいえ、とても辛く思っている。
母が主人公に詫び、自分を許さなくても、私はあなたを愛している、という場面で、思わず泣けました。

主人公シャロンですが、少年から高校時代、ここまでは同じタイプですが、大人になった途端、ゴリマッチョで総金歯、ジャラジャラ金のネックレスに高級車。あまりの変貌ぶりにビックリ。なぜかちっこ目になってるし(笑)
それでもずっとうつむいて生きてきた主人公が、今はゴリマッチョなヤクの売人になっていても、ただ一度他人と触れ合った想い出をずっと抱えていたことがラストで分かり、なんとも切ない気持ちになります。

正直に言うと見終えた直後は、これがアカデミー作品賞?と疑問も持ちました。
劣悪な環境、性的マイノリティ、差別、といかにも社会派っぽい設定をどこか思わせぶりな演出とカメラワークで描いた作品と思えたのです。
でも少し時間をおいて振り返ってみると、主人公がLGBTなのはあまり重要ではなくて、現代に生きる私たちは多くの人が孤独を抱えて生きている。
この主人公の内向きで他者に閉じている心は多くの人がどこか理解できるし、だからこそ、ただ一度の本当の自分と他者との触れ合いをずっと忘れられずに生きている。
マッチョな筋肉は自分を閉じ込める要塞のようにも見えるし、性的な嗜好の問題というよりも、愛を求める(というと陳腐な言い方になりますが)普遍的な人間の物語と思えてきたのです。
というわけで、後からじわじわ感動が来る作品だと思います。
事前に設定を知ってたら、現在の状況で見るには気分転換にならないし、多分避けたかもしれません。
知らなくて見てよかったです。

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映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。