FC2ブログ

トンちゃん

dog
12 /29 2016
年の瀬です。
年賀状、遠方の友人だけ終わった。近い人は来たら返事でいいや(笑)
大掃除、あらかた終わった……ことにしたい。
おせち、届くのを待って重箱に詰めるだけ(笑)
昨年から、作るのは7福なますと煮物とKさんに教わったブリ昆布巻きのみ。
年々、手抜きに拍車がかかってます。

毎年、我が家の年賀状はトンちゃんと干支を組み合わせています。
今年は「トンちゃんを探せ」風にごちゃごちゃした鶏の絵の中にトンちゃんの写真を組み合わせました。
毎年、チャッチャと簡単にフォトショップとイラストレーターを使って仕上げますが、しばらくこれらのソフトを使ってなかったら、使い方忘れた!
パソコンなんて嫌いだ〜!!!
え〜〜と、それはどうでもよくて、トンちゃんね。
最近、再び子ブタ犬になりつつあります。
寒いけれど、もっとたくさんお散歩しなくちゃね。

トンちゃん、こうして並べてみると、大人になったなぁ。
chibi01.pngchibi02.png


寝落ちの瞬間のトンちゃん。なかなか美人でしょ?
neochi01.pngneochi02.png


我が家に来たばかりの頃。懐かし〜。
chibiton.png


では、皆さん、良いお年を♪



スポンサーサイト



「ミス・シェパードをお手本に」  監督:ニコラス・ハイトナー

cinema
12 /20 2016
shepherd.jpg

ミス・シェパード(マギー・スミス)は、ロンドン北部カムデン・タウンの通りに黄色い車を停め、自由気ままな車上生活を送っていた。劇作家ベネット(アレックス・ジェニングス)は、路上駐車を注意される彼女の姿を目にしたことから自宅の駐車場に車を停めることを勧める。一時的に駐車させるつもりの彼だったが、シェパードは15年も居座り続ける。彼女の高圧的で予想のつかない言動に翻弄(ほんろう)されながらも不思議な絆を育む中、ベネットはフランス語が話せて音楽にも詳しい彼女に興味を覚えるが……。(シネマトゥディ)

しまった〜!
とっても面白そうな、私好みの映画なのに、寝不足だったこともあり、寝てしまった〜(泣)
爆睡はしてないものの、全編、睡魔と闘っていたせいで、そこらじゅうピー音だらけの芝居を見たような記憶です。
だから感想は書けませんが、主演のマギー・スミス!
「ダウントンアビー」では主演のグランサム伯爵の母、バイオレットをいかにも貴族的な気位が高い、かつかわいいお婆ちゃんを演じていますが、このホームレス役も全く同じ気高さが感じられます。
時代背景は70年代から90年代にかけてだと思われますが、何がいいって、ここの住民たちが困惑しつつもホームレスの彼女を排斥しようとしないところが良かったです。
そういう時代だったのかなぁ〜?
昔は良かったとは言いません。
だって、最近本当に感心しちゃうのは、ちょっとしたもの買っても、店員さんの感じの良いこと!
私も学生時代、ずいぶん販売のバイトしましたが、まあこの上なく気がきかず、よく怒られたもんよ。
そこへ行くと、数百円のもの買っても、かわいい店員さんの笑顔に癒されるなんて、何ていい時代になったもんだと思います。
反面、ある境界線から外の人には、昔より不寛容な気がします。

30年以上前ですが、横浜の中学生らがホームレスを襲撃した殺人事件を知った時の衝撃は忘れられません。
「なんでそんなひどいことを同じ人間にできるのか!?」もう本当にショックだったのです。
今調べたら1983年のことでした。

しかし、それから10数年後の1995年頃、子供を遊ばせていた公園でホームレスの人が真冬に凍死していた事件がご近所でありました。寝ていると思って、何日も放置されていたことが分かり、ママ友たちと「怖いね〜」「気持ち悪いね〜」と言い合ったものです。
正直、周囲の反応に違和感は感じましたが、私もみんなと同じように気味が悪いと思ったものでした。
10数年の間に「どこのどなたか存じませんが、なんてお気の毒な」という気持ちがまず出てこなかったのは確かです。
この件は「退院後1週間」の記事に書きましたが、私からこの話を聞いた夫が、いきなり涙目になって「誰にも気づかれず亡くなるなんて、なんて気の毒なんだ」といったことに逆にショックを覚えたものです。
10数年の間に、もはや自分にとって、ホームレスは自分たちの外の存在になり、同じ時代、同じ町に住む人という感覚を持てなくなっていたのです。

実際、’83年には大きなショックを社会に与えた子供によるホームレス襲撃事件ですが、その後も同じような事件が続き、人々は(私と同じように)感覚が麻痺していった可能性はあると思います。
人の感覚が時代とともに変わるのは仕方ないことだと思います。
でもやはり、他人の尊厳を最低限でも尊重する社会の方が誰にとっても幸せにちがいないと、この映画を見て思いました。


ブログ2年目のつぶやき(肺がん闘病編)

disease(闘病記)
12 /16 2016
気がついたら、このブログを始めてもう2年。
このブログは公民館のPC講座で、ブログのやり方の講習として始めたもの。
そのブログをこんなに続けるとは思わなかった。
リンクもトラックバックもせず、ひたすら一人ぶつぶつ言ってるだけのブログだが、何人か見てくれてる常連さんもいるみたい。

未だ見方が分からないものの、アクセス解析というのを見ると、どうも「肺がん」で検索してきている人が圧倒的に多いようだ。
ブログのジャンル分けは「映画感想」になっているので、「闘病編」を切り離した方が探す人に親切かなぁ?
そのうち考えます。
私の肺がんは手術のみで、現在はすでに半年に1回の検診なので、ブログに書くネタは大してないものの、「肺がん」は私の生活の根底にどっしり横たわっています。
常に再発の不安とともにあると言ってもいいと思う。
とはいえ、ビクビク暮らしているわけでもない。
ただ最初は手術して終わりと思っていた肺がんは、その後「甘くないヤツ」ということがだんだん分かってきて、さらに「がん」といっても人間と同じで性格がいろいろあり、引きこもって旅に出ないヤツもいれば、小さいうちから身体中に散らばるヤツもいる。
私のは思ったよりワルだったので、治った〜♪とは5年間言い切れないところがツライ…
でも主治医に、細胞の広がり方から見て経験上治る!と言ってもらったので、このまま治ると信じて生きています。

「肺がん」で検索してこのブログを見ている人がどういう人なのか?
ほとんどが自分か、家族が肺がんで情報を探しているのだと思う。
自分を客感的にみることで、不安を落ち着かせるのが目的なので、申し訳ないけれど、情報の正確さは全く保障できません。
「肺がん 咳」で検索すると上位にヒットするようで、「肺がん手術後1ヶ月」を読む人が多いことが分かり、久しぶりに読み返してみました。
話がとっ散らかってるのは私の癖だから仕方ないながら、問題は術後の咳を「気管支の移動に伴う脳の誤判断で心配ない」と書いていることです。
これは主治医に実際言われたことですが、あくまでも私のケースなので、各々様々な原因があると思います。
術後、咳が止まらなくて、ネット検索して私のブログに当たり「そうか、心配いらないのか」と思い込まず、ちゃんと主治医に聞いてくださいね。

先日中学の同級生Nちゃんが遊びに来て、終日おしゃべりしていたのですが、彼女は都内の総合病院で特殊な専門職として働いています。
脳外科医とチームを組んでの仕事なんですが、「それ医師に言ってくれなきゃ」と思う相談をよく受けるそうです。
最近は患者に横暴な医師はあまりいないそうですが、冷たい医師はたくさんいるそうで、なんとなく相談しづらい気持ちは分かるそうです。
私が医師にズケズケ言いすぎて、夫から「君は医者を怒らせやすい」と怒られた話をしたら、医師は専門の勉強で忙しく、コミュニケーション力までは付いていないまま臨床医になるので、患者とのやりとりで成長していく点もあるだろうから、それでいいんだよ、と慰められました。そう言われると「これでいいのだ〜」とすっかり開き直った私。

しかし彼女の話は、「病院とはチーム一丸で患者に当たってくれてる」と思い込んでいた私にはショックなものでした。
今でも病院内の階級はしっかりあるそうで、医師は患者に横暴ではなくなったものの、そのストレスが下に向くのか、医師との関係で立て続けに複数のスタッフがストレス性の体調不良に襲われたり、人間関係がストレスフルなんだとか。
上に立つ医師の性格の影響は大きく、今の上司になってから、もう大変だそうです。
それでも患者さんに用事があり、入院病棟に行ったら、ちょうどその医師が患者さんと話していて、そばで聞いていて、「この人、こんなにちゃんと喋れるのか〜!?」と驚愕したそうです。
患者さんもニコニコして「先生、ありがとうございます」とお礼を言っていて、彼女始めスタッフにとっては最悪な医師だったので、それはそれはびっくりたまげたそうです。
「へ〜?じゃあ、実はいい先生だったんだね?」と聞くと、「もう普通の人間関係とれない人だと思ってたけど、そうじゃないならスタッフともちゃんとコミュニケーションとれ〜!!」とさらに怒っていましたが。
考えようによっては、患者に全てのエネルギーを注いでいて、他には無頓着な、実はいい先生なのかもしれません。

そこで私が自分の入院中最大の謎を思い出し、例の内科の若い先生のことを看護師さんたちが次々絶賛。
その人は単に入院中の担当内科医であって、診察を受けてるわけでもないので、次々と看護師さんから「〇〇先生、いいですよね〜」と言われて、正直、面食らった話をしました。
するとNちゃん、
「それはもう奇跡の人よ!」「その人は病院に舞い降りた天使よ」「私もそういう天使君と仕事がしたい!」と大騒ぎ!
「奇跡」「天使」と言うほど、今の彼女は医師との関係ストレスのため、「医師」という人種に疲れている様子。
「本当に大変だねぇ」と言うしかない私でしたが、病人を癒すはずの病院内部の人間関係がそんなに悪いのでは、働いている人まで病気になりそうだし、回り回っていい医療ができないのでは?と心配になりました。

そういえば夏に行った「キャンサーフォーラム」のクロージングセッションでも、患者代表のパネラーたちが医師の心無い対応に怒ってた時に、医師代表が人員が足りないことや、診療報酬の関係で外来に看護師を置けなくなった話をしてたっけ。
病院も会社と同じく、全てが「経済活動」の視点で動いている世の中。
今の世の中、経済効率を優先しすぎて、みんな疲れてます。経済を優先しているのに、結果(心は)貧しくなってるのかしら?

でもちょっと待てよ?
先ほどは医師を怒らせやすくても、「これでいいのだ〜」と開き直った私ですが、余計なストレスをお医者さんに与えてしまうと、後ろで働く人々にまでご迷惑をかけるってことかしら?
じゃあ、やっぱり気をつけよう…。何をどう気をつければいいのか、分からないけれど。
シクラメンby tonton


『孤独な祝祭』  追分日出子:著

book
12 /12 2016
tonsasaki.jpg kodoku.jpg


ノンフィクションです。「佐々木忠次(ただつぐ)」と言う聞いたこともない人の。
表紙には派手な猫脚イスに座って微笑む本人。
何をした人かというと、、、
自分の作った東京バレエ団を世界に通用する一流のバレエ団に育て、世界の超一流のオペラを日本にそのまま持ってきて公演させた人ということです。人々が熱狂し、陶酔する祝祭空間を創り上げることに過剰なまでのエネルギーを注いだ日本人の伝記です。
その実績から、(東京バレエ団の「ザ・カブキ」の観覧記事にも書きましたが)「日本のインプレサリオ※」「日本のディアギレフ※」と言われている人だそうです。
[※インプレサリオはオペラのプロデューサーの意味転じて、力のあるプロデューサーを指す言葉だそう
※ディアギレフって誰?→ロシアの芸術プロデューサーだそう]

この本はいろいろに読めます。
まずバレエ、オペラの好きな人にはその裏話としても面白く読めます。
モーリス・ベジャール、ジョルジュ・ドン、シルヴィ・ギエム、カルロス・クライバーetc(私は知らないけれど)有名人が次々出てきますし、山岸凉子のバレエ漫画を読んでいる方にはコレオグラフィーと呼ばれる振付け師の話等も興味ふかいと思われます。

また最近流行りの「こんなすごい日本人がいた!」的な読み方もできます。
まだ日本が戦後の高度成長期、東京オリンピックの1964年に東京バレエ団を設立。
バレエやオペラなど、「舞台文化」のために文字どおり世界を駆けずり回って、なんのツテも金も支援もなく、体当たりで道を切り開いていったそのエネルギーに圧倒されます。

その結果として「お仕事本」として読めます。
16年かけて交渉、1981年にミラノ・スカラ座、大作「ニーベルングの指環」引っ越し公演(本場と同じにそっくりそのまま舞台ごと持ってくる公演)を実現させるなど、無邪気なくらい自分の夢に体当たりしていくこの人の姿に、仕事に対する姿勢を学ぶ人もいるでしょう。
たった一人で考え、どんな相手にも媚びず、物怖じせず、ブロークン英語で渡り合い、「不可能を可能にするのが仕事」、これがこの人の口癖だったそうです。
そしてこの人のすごいのは、どうやったら胴長短足の日本人のバレエを世界に認めさせるか、世界に出るための資金作りはどうするか、どうやったら世界一流のオペラを日本で公演できるか、複数の不可能とも思える難題をいつも同時に考えていることです。
なんだか読んでるだけで、この過剰なエネルギーのおこぼれをもらって元気が出てきます。

と、一冊で3度おいしい、というベタ誉めな感想のあとは、もう少し重箱の隅をつついてみますと、

読み始め、個人的にはかなり面白いです。
この人の骨董品の買い物好きエピソードはもはや異常で笑ってしまうほど。
この人の建てたこの東京バレエ団の社屋の話から始まりますが、バレエの舞台装置をそのまま実際の部屋にしたようなこの社屋は悪趣味なのか?美なのか?さっぱり分かりません。こういうところにももれなくこの人の過剰感が出ていて、相当変わった人です。

ホテルの部屋で飯盒炊飯しながら半年間に及ぶ東京バレエ団のドサ廻り的なヨーロッパ公演の話も面白く、その間を縫って、オペラの招致に奔走するのですが、佐々木さんは策もツテもなく、愚直に何度も体当たりして訪ねて行くのですね。
でもハウツーとか策力ではなく、自分の夢を愚直に切り開いていった人の生き方はそれだけで新鮮なものがあります。

それからお金の話は、それまでのバレエ団のしくみはお稽古事経営で、エトワールなど主演級のダンサーがチケット代を多く受け持つ方式でしたが、佐々木さんはきちんとダンサーにギャラを払う(日本では)初めてのバレエ団だったそうです。
その辺の経済収支の話はJASという演劇企画制作会社を作って、その儲けをバレエ団の方に回すという説明はあるものの、総額7億かかったヨーロパ公演の収支など、私が経済に弱いこともありよく分かりませんでした。

またこの本にははっきり書かれていませんが、彼がなぜこれほどに「舞台」という”虚構の美”に惹かれたのか?その辺り、もしやゲイだったのかも?と読み手が勝手に想像を働かせる余地はあります。
ベジャールとの関係は片想いに近いものではなかったのか?
等々、興味も湧きますが、著者はあくまでも冷静な視点を崩さないので、なかなか下世話に盛り上げてくれないきらいはあります。

反面、体型的に劣る日本人のバレエを世界に通用するためにどうしたらいいか?
このことに対する彼の考え方、作戦の立て方にはうならされます。
コール・ド・バレエ(群舞)を完璧に揃える、という見せ場の作り方等々、日本人としての強みを生かした作戦を立てる佐々木さんのセンスに感心しました。
実際、ヨーロッパ、ロシアの目の肥えた観客たちは驚きをもって、「スイスの時計より精巧な踊り」と絶賛、熱狂します。

ともかく佐々木忠次というほとんどの人が知らない人間の伝記としては幼少期からよくまとまっており、こんなすごい人がいたんだ〜という驚きだけでも読む価値はあると思います。
欲を言えば、序章の壺の話で語られるような佐々木さんの「過剰で笑える奇人変人エピソード」をもっと読みたかった、というのが正直なところですが、下世話な話はさらっと通過する、対象への冷静な視点を崩さないところが、著者の持ち味かと思われます。
例えば某大物ノンフィクション作家の作品を読むと、「ゴ◯ンダ君は無罪だ!」とか「孫パパって面白〜い!」という読み手も一緒にエモーショナルになってしまうのとだいぶ違います。
とはいえ、佐々木さんの輝かしい面だけでなく、彼の幼児性、近しい人との軋轢、その結果としての孤独にきちんと焦点を当て、そこが切ない印象を残します。

佐々木さんご本人の魅力もちゃんと伝わります。
華やかな世界を作り上げることに一生を捧げたにかかわらず、70才のバースデーに華やかな舞台に引っ張り出されると、いかにも居心地が悪そうにするシャイな人となりがステキです。プロの裏方なんですね。
途中、大屋政子氏との対立が描かれますが、彼女の強烈さをTVで知ってる世代としては対照的です。
自分の家を持たず、亡くなった後のお墓は事前に自分で用意したロッカー式。
やってきたことがキラキラで、骨董家具など趣味もキラキラなのに、本人はすべての情熱を美の実現に注ぐものの、自分の欲にはギラギラしていません。
また海外から数多くの勲章を貰った佐々木さんですが、日本の文化行政にはとことん苦しめられます。
日本からの受賞は一切受けるな、との遺言を残すほどに。
多くの人に愛され、反面誰よりも孤独だった、佐々木さん。
印象に残るベジャールとの関係は魂の結びつきだったのだと思います。ベジャールの死に際してのこの人の放心の様子には胸が痛みました。

佐々木さんの残した「黒い手帳」を足がかりにヨーロッパを歩き、彼と仕事をした人々とインタビューを重ね、その足跡を辿った正統派ノンフィクションです。
ヨーロッパの一流を愛し、短い期間で世界に通用するバレエ団を作り、舞台芸術のために奔走しつつも裏方に徹した男の人生は、バレエやオペラに興味がなくても読み応えがあります。


tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。