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『日本で一番悪い奴ら』  監督:白石和彌

cinema
06 /29 2016
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2002年に北海道で起こった“日本警察史上、最大の不祥事”と呼ばれた実話を元に『凶悪』の白石和彌監督が映画化。
柔道の腕を買われて道警に就職した純情な青年が暴力団とつながり、あらゆる悪事に手を染め、警察のエースから覚醒剤所持で転落するまでの26年間を綾野剛が熱演。

出だしから暴力団と警察の区別のつかないくらい、全編通じて、まあ柄の悪いこと、下品なこと、そして笑えること。日活が企画制作に関わっているためか、どこか日活ロマンポルノっぽい雰囲気もあります。
個人的には’7〜’80年代のギラギラした感覚に似ていて、懐かしさを感じました。

純情そうな若者だった綾野に暴力団にS(スパイ)を作り、違法スレスレな捜査を教える先輩役はピエール瀧。
この人は「凶悪」でも恐ろしいワルぶりでしたが、朝ドラ「あまちゃん」の板さん役のように、いい人役もピッタリの私のお気に入り俳優です。
綾野剛演じる主人公諸星の情報屋Sとして兄弟のように親密になる山辺役にYOUNG DAISというミュージッシャン。
この人はアホっぽくて可愛く、最後は切ない役でした。
暴力団組長の黒岩(中村獅童)、この舎弟の山辺、中古車ディーラーのパキスタン人の3人と主人公諸星の関係は持ちつ持たれつうまく回っている時には疑似家族のようで、微笑ましいほど。
また、黒岩が北海道の地元ヤクザが内地(本州)の組に飲み込まれつつあることを盛んに嘆いたり、警察も本庁に対し、やたら道警としての意地を張ったり、中央に対する周辺の反発と意地のようなものが感じられました。

この主人公、やってることはめちゃくちゃなのですが、予想ではもっと自分の金儲けのために違法なことをしているのだと思っていましたが、そうではなくて、周囲の期待に応えようとして手段を選ばなくなっている印象を持ちました。
それは道警自体も同じで、警視庁長官が銃撃され、新たに「銃器対策課」ができる。するとともかく検挙した「銃の数」を上げることに夢中になり、目的が「数字」になってしまうのです。
だからロシアマフィアから「買う」とか、ついには「銃」取引現場を押さえる代わりに大量の覚せい剤を税関ぐるみで見逃す、なんて作戦が通ってしまうのでしょう。
見逃す覚せい剤の量が20キロなら昨年の摘発量30キロを下回るからまあセーフとか、大真面目に話し合う警察会議の様子は、ブラックコメディとして映画館が笑いに包まれるのですが、案外実際もこういうものかもしれません。
この異常さに気づくのは、また組織にどっぷり染まっていない新人くらいで、「警察が覚せい剤、輸入しちゃうんですか?」と疑問を持つものの、強面の先輩たちに相手にされない。
第3者から見たらめちゃめちゃ異常なのですが、組織の中にいる人たちにとっては、その時の組織の目標が「数字」になり、「数字」を達成させること自体が目的になる、、、こういうことってよくある気がします。
私のパート先でもよくあったなぁ。

ともかく綾野剛の熱演が見ものです。
この人、朝ドラ「カーネーション」で人気者になったらしいですが、こういう荒んだ役が目つきの悪さと相まってよく似合います。
ババチイのやエロいのがダメな人にはお勧めしませんが、よくも悪くも人間くさくて見応えがあり、とても面白い映画でした。



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『帰ってきたヒトラー』 (小説) ティムール・ヴェルメシュ著

book
06 /29 2016
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手が短くてジークハイルできまへん

ドイツで250万部を売り上げたベストセラー。
私が読んだことのあるドイツ文学といえば、日本でもベストセラーになり映画化もされた「朗読者」とか、最近読んだ「片手の郵便配達人」、かの有名な「ブリキの太鼓」くらい。
あと「モモ」「はてしない物語」とか「小さな小さな王様」とか「クラバート」のような児童文学。
どれもちょっと格調高くて笑えるものはなかったけれど、この「帰ってきたヒトラー」が全然違うのは、思わず吹き出して笑ってしまうところ。

突然70年の時空を超えて蘇ったヒトラーの目線で見た現代のドイツの様子から始まります。
ワンコのウンチ入れ袋が街角に置いてあることや、クリーニング屋がみんなトルコ系なこと、こういうちょっとした街角の風景は外国人である私にも新鮮です。
ヒトラー、混乱しつつも素早く状況を分析、とても柔軟な考えの持ち主なのに、ユダヤ人差別やドイツ帝国の世界制服に関しては、見事にブレない!もうこのブレなさには思わず笑ってしまうのです。
そんなヒトラーが魅力的に見えてしまうところがこの小説の怖いところ。
実際、若者たちはこの新鮮なお笑い芸人に夢中になります。
どんどん人気が出て、自分の番組を持つようになります。そこで例のブレない主張を繰り返します。
テレビ局やマスコミはこれを新しいナチス批判と考えるのですが、人々、特に若者たちにとってはストレートに新鮮かつ説得力を持って行きます。

ドイツでは先の戦争への反省が徹底していて、この小説の中でもネオナチの事務所に乗り込んだヒトラーが党首に自分の著作をちゃんと読んだか?問い詰めると「ドイツでは手に入らないから」と言い訳する場面があります。
ヒトラーが自分の党名を継承したこのネオナチたちをコテンパテンにやっつけるところは痛快です。
しかし現代のネオナチがおバカっぽい不良集団だから人々が恐れていないだけで、ヒトラーのような扇動力と魅力と意志の強い指導者がいたら、どんな無茶苦茶な思想も人々を魅了してしまうことを、過去は教えているわけです。
後半、このネオナチに襲撃され入院したヒトラーに右から左まで、各党が自分のところへ入るよう誘いをかけてきます。
自分の政治的な価値を十分確認したヒトラーは、ついに自分の党を起こそうと決意し、まさに”歴史はくりかえす”ことを予感させて物語は終わります。

映画と原作は思った以上にストーリー展開が違っていて、映画は映画という特性を良く生かして大胆に作り変えていましたが、原作はもっとじっくり、じわじわとヒトラーが現代に影響を与えていく過程を描くことで、人々がヒトラーに抱く危うい期待を浮き彫りにします。
どっちもアハハと笑いつつも、何か強くて大きな主張に期待や依存することの危うさが怖かったです。


全然話が違いますが、以前「負け犬の遠吠え」というエッセイがベストセラーになった時、私は一読して、独身生活の楽しさを書いた本だと思ったのですが、全く正反対の意味で「負け犬」という言葉が世間で流行したことにびっくりしたことがあります。
この本をどうやって読めば、そんな解釈ができるのか?自分がおかしいのか?さっぱり理解できずに面食らいました。
小泉首相の郵政民営化選挙の時も、なぜ人々が郵便局をそんなに民営化したがっているのか分からず、面食らったことがあります。

こういう個人的なズレはしょっちゅうなので、もはや慣れっこになっているのですが、もしもヒトラーのような独裁者にみんなが夢中になったら、、、自分の方が正しい根拠も持てないし、、、すごく孤独と不安を感じると思います。
空気に乗れない人間にとって、みんなが同じ方向を向いている世の中は辛いものがあります。
だから「信念」という名の「思い込みの強い」人間が苦手なのかもしれません。
政治の目指すことは「最小不幸社会」といった未だ不人気の首相がいましたが、私も彼には魅力を感じませんでしたが、でも政治のできることはせいぜいそれくらいじゃないか、という点では彼に同感です。
政治に過剰な期待を持てる人は幸せな人だと思いますが、私は理解できないなぁ。







『帰ってきたヒトラー』(映画)  監督:ダーヴィト・ヴネント

cinema
06 /22 2016
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水曜の半額デー、都心の映画館は年齢層高めの観客で混んでいました。

主人公ヒトラーを演じるオリヴァー・マスッチ、今までヒトラーを演じたブルーノ・ガンツやアンソニー・ホプキンスに比べても全然似ていません。大男で、ヒトラーとは体格も違うのですが、だんだん本人に見えてくるところはさすがです。

ヒトラーが突如、現代に甦った。彼をヒトラーそっくりの芸人だと思い込んだテレビ局によって、コメディンとして大ブレイクしていく。
今、ちょうど原作本も読んでいるのですが、原作と違う部分として、フリーのテレビマンと一緒にドイツ国中を車で走り、人々の意見を聞いて回るロードムービー風の前半がドキュメンタリーのようです。
行く先々で若者に大受けし、ハグされたり、スマホで一緒に撮った映像がYouTubuで大ヒット。
同時に移民問題に不満を持つ人々の意見にもドイツの今の空気が伝わります。
こうしたネットでの人気を下敷きに、お笑い芸人としてテレビ局が飛びつき、大ブレイク。
しかし新しいお笑いと思ってテレビ局の人間たちは悦に入ってるのですが、若者たちは純粋に彼の主張に魅せられます。
70年前と少しも変わらぬ彼の主張が大受けしてしまうのです。
このヒトラーの徹底したブレなさに思わず笑ってしまうのですが、戦争を知っている世代にとっても同じように笑えるのか?
それはヒトラーの秘書の女の子の祖母の反応で分かります。

彼はネットの持つ力も瞬時に見抜き自分の主張のために利用、お笑い芸人である事も自分の主張を浸透させるためには厭いません。
どこまでもしたたかで、柔軟、そしてとても魅力的なのです。
人々の不満をすくい上げ、一理あると納得させる。
その政治家が我々に見せる未来図を正確に見抜ける人は今も昔も多くないと思います。
特に今という時代がヒトラーを求めていることに気づかされる内容なのです。
ヒトラーはきちんと民主的な選挙で選ばれたことをラスト近く、ヒトラー自らがテレビマンに話す場面があります。
彼を見出したこのテレビマンは最後に彼が本物のヒトラーと見抜きますが、時はすでに遅い。
さんざん笑って、最後に背筋が寒くなる映画でした。

ところで、ポスターでヒトラーと並んでいる可愛いジャックラッセルテリアは映画の中では、、、
これはヒトラーが大ブレイクした後、一時的に、一気に転落する理由にもなるのですが、さすがドイツ人、犬をいじめる人間には厳しいです。

『エクス・マキナ』  監督:アレックス・ガーランド

cinema
06 /15 2016
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検索エンジン世界最大手のブルーブック社に勤めるプログラマーのケイレブ(ドーナル・グリーソン)は、ほとんど人前に姿を見せない社長のネイサン(オスカー・アイザック)が所有する山荘に招かれる。人里離れた山間の別荘を訪ねると、女性型ロボットのエヴァ(アリシア・ヴィキャンデル)が姿を現す。そこでケイレブは、エヴァに搭載された世界初の実用レベルとなる人工知能の実験に手を貸すことになるが……。(シネマトゥディより)

山深い厳重装備の山荘にヘルコプターで近づく導入場面から、何やら一筋縄ではいかないムードが立ち込めます。
社長の開発したAIと対話し、チューリング・テストを依頼された主人公。AIが人間か機械か判定しろと言われます。
しかし現れたAIはスケルトン仕様でどこから見てもロボット。
このAIエヴェの造形が素晴らしくて、これで今年のアカデミー視覚効果賞をとったそうです。

登場人物は主人公に「アバウト・ア・タイム」の主人公ドーナル・グリーソン、線の細いIT青年にぴったりです。
またIT会社社長にして、天才AI 開発者を演じているのはオスカー・アイザック。
この人、「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」の主人公、また「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」のパイロット役、この2作でも別人みたいでしたが、ここではさらに年齢も体型も全くの別人に見えます。
そしてAI美女、エヴァを演じているのは「リリーのすべて」でオスカーを取ったアリシア・ヴィキャンデル。

舞台劇のような閉鎖された空間で、少人数の静かで緊張感あるドラマが進行していき、AI美女と主人公の恋愛に発展するかと思いきや…。
初めからスケルトンで人間には全く見えないエヴァにどんどん惹かれていく主人公。この辺まではAIと人間の恋愛を扱った「her/世界でひとつの彼女」みたいな話を想像したのですが、AI 、そんなに甘くなかった〜!
エヴェを演じるアリシア・ヴィキャンデル。
グラマーとか妖艶ではない、どこか日本の男の子好みの少女のような可愛らしさです。
着る服も小花模様のブラウスとか清楚系で、主人公の好みに合わせた設計であることが伺えます。
少し前、NHK特集でAIを取り上げていましたが、スマホ型 AI と会話している中国人の男の子が生身の女性よりも彼女と結婚したいと語る場面を見て、たった2年前の「her…」の世界がもう現実化したのに驚きましたが、スマホ型でさえそうなのだから、自分好みの外見を持つAIが出てきたら、人間同士の恋愛がレアになる世界が来ちゃうんじゃないの!?
そうなると子供が生まれなくなって、「ターミネーター」的なAIによる直接の支配じゃなくても、間接的、結果的にAI によって人類が滅ぼされることもあり得るのでは!?
それを防ぐためにも、男の子たち!女を見た目で選ばないようにね(笑)

AI に人々が感じる不安は、AI が人類の敵になるのでは?という発想だとして、そもそもAI には人間のような生存欲ってあるのでしょうか?
この映画のエヴェの人工知能はプログラムではなく?世界中の検索データと連動している設定だったような…(理系に弱すぎてチンプンカンプンでした)
そうならば WEB空間の中に渦巻く人間の欲望を学習し、それを自らの欲望として育てていっても不思議はないのかもしれません。
そういう静かな恐怖を感じる映画でした。





「妖怪空間 ーでそうな場所ー」  第28回 人文機構シンポジウム

event
06 /14 2016
妖怪空間_ポスター2

6月11日土曜日、別に妖怪に興味はないのですが、夫が勝手に申し込んでくれちゃったので一緒に行ってみました。
夫は完全に理系人間で、ドラマ小説類には全く興味なし。私がドラマを見たり、小説を読んでると、そんな事実ではないモノの何が面白いのか?と聞いてくるようなトンチキ野郎です。
そのくせなぜか水木しげるが大好きで、ドラマ嫌いの夫が毎週土曜日BSで朝ドラ「ゲゲゲの女房」だけは熱心に見ていましたっけ。
この講演、ポスターが水木しげるの絵で、講演の中でも日本の妖怪文化における水木しげるの存在の大きさに触れていました。

有楽町マリオンの朝日ホールは大入り満員でした。来てる人たちがまさに老若男女。
若い女性も年配の女性も多く、一人で来ている人が多かったですね。中には家族連れも、ちらほら。
内容はアカデミックで、民俗学的な内容でした。
基調講演は「妖怪の魅力はどこにあるのか?」
他に「妖怪の出入り口」「妖怪空間でそうな場所」

日本の妖怪は歴史も長く、種類も豊富で、名称も種目も姿形もともかく多い!日本は妖怪大国らしいです。
アニミズムが信仰の基調にあるため、様々な怪異現象に名付けを行ってきたため、とか?
あと、妖怪も大きいと恐怖だけれど、小さくなると愛嬌が出てきて、古代・中世では恐怖の対象だった妖怪は時代が下るとともに小型化し愛嬌が出てきてかわいらしくなる。つくも神というのは道具が古くなって妖怪になるそうで、このキャラクター化の流れは「妖怪ウォッチ」に見られるように現代まで続いているみたいです。ゆるキャラといい、キャラクター化が得意です、日本人。

それから出る場所は「境界」=ある領域と別の領域が接する場所。
例えば昔の汲み取り式の便所に子供が恐怖を覚えるのは、暗闇が広がる空間に向けてお尻をむき出しにして出すから、とか。私なんかも子供の頃は汲み取り式でしたから、夜トイレに行く恐怖を思い出しました。
この境界の話から京都を舞台に絵画に描かれた妖怪の解説や、家屋敷の境界に関する話、さらには身体という視点から妖怪に狙われやすい体の場所に関する話。

身体で狙われそうな場所の一つに、二の腕を上げた時の脇の下の空間があげられていて、これは文化人類学者がオセアニアでフィールドワークしたら、そこでも同じ場所だったとか?
私、手術以来、二の腕の下から脇にかけてしびれ感が今も時々あるのですが、これって何か妖怪にとりつかれたのか!?
演者は男性2名と、女性2名。女性のうち1名はまだかなり若そうな研究者でした。
自分が申し込んでおいて、夫の感想は「文科省、妖怪研究者を何人も雇ってるんだなぁ、、、」(笑)
最近はなんの役に立つのか分からない研究にはすぐに税金の無駄使いと非難する声もありますが、なんの役に立つかなんて、本当のところ長い目で見たら誰にも分からないんじゃないかな?妖怪研究に国がお金出すの、いいじゃない。妖怪は日本の宝だし(?)

講演後、せっかく銀座に来たのに、夫が西葛西でインド料理が食べたいというので、帰り道に降りて寄ってきました。
西葛西、本当にインド人の人が多いですね。インド家庭料理のお店の人がインドに関する紹介を書いた自作のパンフを見せてくれたのですが、本音満載でとても面白い紹介記事でした。
「インド人にとって仕事で重視するのは仕上がりの出来よりもスピードである」とか、「インドは日本と幸い接点が少なかったので(!)日本にはいい印象持ってる」って、正直な人で笑ってしまいました(笑)
お店の人と食べ物の出てくるインド映画の話で盛り上がったり、インドワインの本を自費出版した日本人商社マンの話を聞いたり。
肝心の料理は今まで食べたことのない不思議な、さっぱりしていてまた食べたくなる美味しさ。
日本の妖怪とインド料理のちょっとマニアックで楽しい休日でした。







肺がん闘病記 「発見から6ヶ月健診まで」 まとめ

disease(闘病記)
06 /10 2016
昨年11月初めに肺がん右上葉切除手術を行い、半年が過ぎました。
見方が未だに分かっていないのですが、ブログのアクセス解析を見てみました。
このブログは「映画ブログ」なんですけど、なぜか肺ガンで検索して来ている人が圧倒的に多いことに驚きました。
「闘病記」に関しては、自分の気持ちを落ち着かせるのが目的で書いたため、他人が読みやすい形ではなく、自分でも読み返す気になれないくらいダラダラした長文です。そこで少しは人様のお役に立てたらと、今までの経過をまとめてみました。
あくまでも自分にとって印象深い記憶に沿っているため、治療の参考にはなるかどうかはわかりませんが(;^_^

9月上旬
外出先で事故に遭う。
胸を打撲。普通に歩いたり話したりできる状態だったが、救急車が来てしまう。
右鎖骨が痛いので、湿布でも貰うつもりで救急車に乗る。
古い総合病院に連れて行かれ、胸のレントゲンとCTを撮られる。
外科医に呼ばれ、レントゲンは異常なし。
しかし胸部CTで右鎖骨あたりに影があることを告げられ、念のため呼吸器内科に予約を入れられる。
この時点では全額支払った医療費の7割を返してもらうだけのつもりで、1週間後再診。
若い呼吸器内科の医師より、肺ガンの可能性を指摘され頭が真っ白。
その病院の設備に不安を覚え、その場ですぐ医師に肺がんにオススメの病院を挙げてもらい、紹介状を書いてもらう。

9月中旬
がんセンター初診
内科医より「おそらくステージ1」と思われ、早期発見で、内視鏡手術でいけると思うといわれる。
ガンの場所はちょうど事故で打った右鎖骨下で、レントゲンに写らない場所。
毎年受けている健康診断で異常を指摘されたことはない。
偶然の事故がなかったら、どう考えても発見できなかったと思う。


9月下旬〜10月
血液検査、低線量全身CT、気管支鏡検査
気管支鏡検査が手術よりキツイというブログを複数読み、この日が緊張のピーク。
実際は痛くも苦しくもなく、拍子抜けする。
事前にネガティブな情報を入れないほうがいいことを痛感。
以降、ネット情報を遮断。

結果、「原発性肺腺がん」の診断結果を知らされる。
付き添いのいなかった私に看護師が付き添ってくれ、ずっと手を握ってくれる。
ガン専門病院ならではの対応なのか?ありがたい。


10月下旬
初めて外科医長の診察。
ガン患者の心得等、聞かされるが、なかなか入院手術の話にならないため、
「誰でもいいから、とにかく早く手術してほしい」と伝える。
その際「ただし新人の練習台は断る」と告げる。
その場で翌週の入院が決まる。
入院直前、脳のMRIとPET-CT検査が加わる。
割と人相の悪いガンのため、内視鏡手術はなくなり、しっかり切除する方針を聞かされる。

(※今調べたら、この病院の肺がん手術の初診からの待ち期間は11週間とあります。私は6週だったので、大人しそうなガンはもっと待たされるのでしょうか?しかし同じガンセンター中央病院は3〜4週です。外科医の人数は中央5名、東4名ですが、HPに出ていませんが、東には肺がんの名医として有名なN先生も昨年はまだいたはず。この待ち時間の大幅な差の理由は不明ですが、肺ガンと分かって手術可能なのに待たされるのは不安です。中央の方が検査体制などの規模が大きく、速やかに治療してくれるということでしょうか。)


10末入院〜11月初め 入院・手術
MRI、PET-CT異常なし。
執刀医、内科医、手術立会い看護師と顔合わせ。
こちらは夫と私で、執刀医から説明を受ける。
肋骨の間から右肺上葉をそっくり切除する手術内容を説明される。
外出許可をもらい、一旦自宅に帰る

手術前夜、病院に戻る。
試しに睡眠導入剤を飲まずに寝たら、そのまま寝てしまう。
手術当日
手術は午後からで、午前中、研修医と思しき若い医師から麻酔用注射針の設置をされる。
その際、痛みから迷走神経反射を起こし、ベッドから転落。おでこに大きなたんこぶができる。
念のため、頭部CTを受ける。
異常なしで予定通り手術。
手術台に乗ってから麻酔医から硬膜外麻酔をどうするか?決断を迫られる。
よく分からないが、やらないより少し痛いだけ、というので急遽取りやめを選択する。

手術当夜、集中治療室。
集中治療室の夜間看護師が不思議な人で、この人が何やらブツブツ言いながら体の下の手を入れ、シーツや寝間着のシワを伸ばし薄いクッションを背中に入れてくれると、急に体が楽になり、そのまま朝まで寝てしまった。
翌日病室に戻される。

その日から管を引きずりながら歩く訓練をさせられる。
手術2日後に管類が取れ、楽になる。
咳・痰は出ない。
傷の痛みは痛み止めを飲んでいるためか、硬膜外麻酔をやらなかったのにかかわらず、初めからあまり気にならない。
手術4日目朝、退院。
とにかく肺活量を元に戻すためによく動くことを指示される。

11月第1週、退院直後〜
帰宅すると家中がゴミくさくて、いきなり大掃除してしまい、ぐったり疲れる。
退院翌日から散歩に励む。

退院初日からロキソニンを飲み忘れる。
傷の痛みはなぜかほとんどない。
傷よりも二の腕のタプタプした部分から脇の下にかけてしびれ感を強く感じる。
服の脱ぎ着の時など、強く擦れると痛みを感じるほど。見た目上は何もなし。

退院1週間後から咳が出始め、寝ている時以外は絶え間なくコンコンと乾いた咳が出る。
疲労感強い。



退院2週間後
咳が止まらないため1ヶ月健診を待たずに受診。
この咳は気管支の位置が変わったことに対する脳の反応である旨説明を受け心配のない咳とわかり安心する。
コデインを出されるが、1週間くらいでやめる。
理由は一緒に出された便秘薬も効かない強力便秘になり、咳よりもこちらの方が苦しいから。

この時、手術後の病理検査の結果を知らされる。
ガンの大きさは事前の画像診断(2.2cm)よりも小さく1.8cm。
リンパ、血管、周辺組織にガン細胞は見つからず、ステージ1Aとなり、抗がん剤はなし。
ガンのタイプは高分化と中分化の混合。すごく大人しいガンではないものの、広がりから見て、治る可能性が大。
これで治療は終了となる。

友人たちが仕事の休みに代わる代わる訪れてくれ、近所の散歩に付き合ってもらう。


〜1ヶ月後検診(12月初め)
咳はほぼ止まり、傷の痛みなし。
「肋間神経痛」 数秒の軽いチクチク感が胸の下に数回ある。
一番の後遺症は疲労感。
普段睡眠6時間だが、8時間寝ても、昼間にソファで横になるほど。
しかしほぼ毎日歩くようにする。
ともかく歩いて肺活量を元に戻すことを一番に考えて生活する。

1ヶ月健診、血液検査と胸部レントゲン
レントゲン上の肺の大きさはすでに元の位置まで膨らんでいた。

姉から数万もするサプリをもらうが、酒飲みの肝臓保護に効能があるというので、夫にあげる。

手術からちょうど1ヶ月目の12月初めに手術後、初映画館。
映画鑑賞後、友人とランチとおしゃべり。疲労感はない。
同時期、美術館にも行くが、こちらは帰宅後、疲労感あり。美術館のように、立ったままの状態は疲れる。
歩くことに関してはほぼ手術前と同じくらい問題なくなるが、階段や坂道を登るのは息切れがする。


2〜3ヶ月後
咳、傷の痛み、肋間神経痛なし。
結局、100%あると言われていた肋間神経痛はほんの数回、数秒のチクチク感のみ。
しかしその後、ミステリーを朝の4時まで読んで、寝不足になった時に、カメラの穴の付近に鈍い痛みがあった。
その後も明らかに寝不足の時やすごく寒い日に、カメラの2cmほどの穴付近に軽い痛みあり。
鈍い痛みが短時間でほとんど気にならない程度。

12月中旬〜3月
漢方薬始める。
「がん研有明病院で今起きている”漢方”によるがん治療の奇蹟」 星野恵津夫著という本を読んで、試してみることにする。
処方は「補中益気湯」。手術後の体力回復に効能があるとされている薬。

暮れの大掃除はいつもどおりできた。
お正月、それまで控えていたお酒をかなり飲む。
正月休み、美術館のはしごができるようになる。
ギアなし自転車で坂道も登れるようになり、駅ではエスカレーターが混んでいれば普通に階段を選ぶようになり、病気前より脚力が付いたことに気がつく。

寒い季節、夜間に何度もトイレに行きたくなって、目がさめる。
漢方薬局に相談したところ、「ゴシャジンキガン」という「腎」を強くするとかの薬に変更。
暖かくなるまで、飲み続ける。同時に寝る前、足湯で体を温めるようにしてから寝付くと、夜間頻尿に効果があった。
また後から気がついたが、これを飲んでいる間、目と耳の調子が良かった。

2月
3ヶ月健診  レントゲンと血液検査のみ
        コレステロール値やや高め

3月初め、ディズニーシーで1日歩いても(スマホの歩数計で約2万歩)大丈夫になり、体力回復に自信を持つ。


6ヶ月後〜
5月GW、都内美術館はしご。房総ハイキングしても疲労感なし。
ただし幕張メッセのアートマーケット出店の後、強い疲労感あり。
人混みのせいか、もしくは空気が悪いのか、混んでいるデパートなども苦手になる。
普通の体力は手術前よりも付いたものの、神経が以前より繊細になった気がする。
この頃から再び、二の腕に軽いしびれ感が時折あり。
リンパを取った影響か?現在、症状は消えている。

6月の検診前に今まで封印していたネットでの肺ガン情報を見ているうちに、予想以上にステージ1でも生存率が低いことに、精神的にへこむ。(ただしこれはすべての肺がんを含んだ統計)
ガン転移のしくみを読めば読むほど不安になり、夜、寝付きが悪くなる。
寝不足はテキメンに様々な症状を起こすらしい。
息苦しくなったり、カメラの穴付近が軽く痛むこともある。

6ヶ月検診(実際は7ヶ月目)  
       レントゲンと血液検査   
       白血球数やや低い、コレステロール値やや高め
主治医に色々質問する。
手術後、すでに説明されていたことも、嫌な顔をせず再度丁寧に説明してくれる主治医に信頼感を持つ。

肺ガンが分かっても、自分ではそれほど落ち込みもせず冷静なつもりだったが、思いの外、精神的にもろいことを発見。
そして精神状態が体の状態にストレートに反映することに気がつく。


振り返って思うこと。
私にとって、とても幸運だったのは、手術の後遺症として痛みがほとんどなかったこと。
執刀医の説明によると、外科医は神経を伸ばさない?ように気をつけて手術するけれど、神経痛や痛みは個々の差があるようで、痛みがないのはたまたまラッキーだったからということです。
私は若くない割に、周囲もびっくりするほど回復が早かったのですが、それは自分が車生活をやめ、せっせと歩いたからと思っていましたが、仕事で関わりのある獣医さんと話していて、多少勘違いしていたことに気づきました。
その獣医さんは手術の腕前に自信があるそうで、その理由として「私の手術は出血量が少ない」というので、「出血量って少ないと何かいいことあるのか?」と質問したら、呆れたように「患畜(患者の犬猫)の回復が全然違う」というのです。
それで今更ながら気が付きました。
私の手術は出血量がとても少なくて(20ml)家族が驚いていたのです。
神経を傷つけず、出血量が少なかった。そしてよく歩いた。
これがどうも回復の早さと関係があったようです。
改めて執刀医の先生に感謝しました。

他にも思い出してみると、ガン宣告を受けた時に付き添ってくれた看護師さん、気管支鏡検査前に私を落ち着かせてくれた看護師さんと検査の先生、集中治療室で不思議なパワーを発揮した看護師さん、緊張や痛みで体がガチガチになっている時に、はっきりわかるほどに急に力が抜け、体が楽になる不思議な瞬間を何度か体験しました。
治療者のプロとしての訓練の成果なのか?元から彼らがヒーラーとしての能力が高いのかは分かりませんが、ガン患者を癒すのは高い技術と、患者の気持ちを落ち着かせてくれる「何か」な気がします。

どんな病気もそうでしょうが、心と体は切り離せません。
今、後期高齢者の母の病院通いのつきそいが私の役割です。私の病気のことは一切知らせていません。
認知症専門医、内科、整形、歯科と4ヶ所の病院に付き合い、母の愚痴を聞いていると自分の時間を無駄にされているような焦りを感じる時もあります。でも付き添いくらいでカリカリする方がアホらしい。愚痴は右から左へ聞き流せばいいだけ。
と言って、ポジティブシンキングは得意ではありません。
目の前のやるべきことをこなしつつ、何かしらの楽しみを見つけるようにしています。(例えば母の整形医が若くてめっちゃイケメンとか笑)
そして家族や友人、医療従事者も含めて、人間関係の中で癒されていることに気づきました。
ネットで知り合った同じ肺がん女性たちとの交流もコメントし合うだけのささやかなものですが、心にとっては支えになっていると思います。
それでも、どうにもこうにもネガティブスパイラルにはまってしまって、なかなか抜け出せない時もあります。
これからもジタバタしつつ、周りに迷惑かけながら、やっていくと思います。

『片手の郵便配達人』  グードルン・パウゼヴァング著

book
06 /08 2016
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第2次大戦中のドイツ中央部、美しい自然に囲まれた山間の村を舞台に17才の郵便配達人ヨハンと彼が届ける手紙を待つ村人達を描いた物語。
ヨハンはドイツが敗戦に傾く1944年、ろくな訓練も受けずロシア戦に投入され、左手を爆風で失い、故郷の村に戻って郵便配達人として働いている。山間の7つの村は戦闘に巻き込まれることもなく一見穏やかだが、村人たちは夫や息子を戦場に送り、ヨハンは郵便配達によって戦場と銃後の家族を繋ぐ役割を担う。
戦死や戦場での行方不明を知らせる「黒い手紙」を村人に渡すことに葛藤し苦悩するヨハン。
しかしドイツの敗戦が濃厚になるとともに、黒い手紙は増えてゆく。

これは1944年8月から1945年5月までの10ヶ月間の物語で、季節や自然の移ろいの描写は美しく、途中移民の移動を除けば、外側から見れば戦争中ということを忘れてしまうほど、空襲も戦闘シーンもありません。
その静かな村の描写の中で、刻々と戦死の報が届く物語は真綿で首を絞められるような息苦しさと悲しみに溢れていきます。
戦争を裏面から見ている感覚で、一見美しい静かな村々の、静かな悲しみと息詰まるような人々の不安。
日本の戦争中の空襲のない田舎もこんなだったのでしょうか?
夫や息子の戦死の報を妻や母親に届けるヨハンは17才。
17才の少年にそれを受け取る女たちの辛さが実感として理解できるのだろうか?と疑問も持ちますが、ヨハンは思慮深く、思いやりと誠実さを持って、彼らに接します。

顔を負傷し村に戻っている友人に「鎖で繋がれて7つの村をグルグル回らされている馬みたいだ」と罵られても、冷静に対処します。
ある意味若々しさの感じられないヨハンも、故郷に歩いて帰宅しようとしているイルメラを自宅に2週間泊めている間に愛し合うようになり、彼女との再会をひたすら願うあたりはちゃんと恋する若人です。
ついにドイツは負け、イルメラに会いに行こうと村を出発するヨハン。
急展開のラストはう〜ん、個人的にはここまでずっと良かったのに、この終わり方はあんまりです!!!


作者から「日本の皆さんへ」というあとがきがあります。
ここでヒトラーの独裁政治がいかに人々にとって魅力的だったかが述べられています。
自分の責任で物事を決断せず、自ら判断せず、命令に従えばよいことは、とても誘惑的であったこと。
人は誰しも心の中に闇を抱えているものですが、支配に身をまかせる中で、人々の心の奥底に潜んでいる邪悪性が呼び覚まされ、ユダヤ人やマイノリティを迫害することに異を唱えなくなること。
その上で日本の戦後処理について知見を持っているわけではないと前置きしつつも、日本は自らの非道な過去とどのように向き合ってきたのか?と問うています。
少々面食らいました。
確かにドイツと日本はともに敗戦国ですが、遠いドイツの文学者から見て、日本は危ない国に映るのだろうか?だってただの「あとがき」じゃなくてわざわざ「日本の皆さんへ」と、こんな忠告とも受け取れるメッセージが書いてあるとは。
とりあえず夏の選挙はちゃんと行くことにしよう。







肺がん手術後 6ヶ月健診

disease(闘病記)
06 /03 2016
手術後、ずっと体力回復にばかり気を取られ、ある意味、病気になる前以上に元気いっぱいに過ごしてきました。
しかし術後半年過ぎて、6ヶ月健診も近いし(GWのため1ヶ月ずれている)今まで見るのを避けてきた情報を調べてみました。
やはりこれが戦いならば、敵を知らなければ始まらない、と思ったからです。

初めに見た資料が悪かったかもしれません。
国立がんセンターが今年の1月に発表した全ガンの生存率のグラフを見たら、肺・気管支はステージ1でも69.3%!?
えっ?ステージ1でも3割以上の人が亡くなっている?では再発率はもっと高いの?とすっかり動転してしまったのです。
(しかしこれは健診後、よく見たら全ての種類のガンを含んだ数字で、他のグラフに線ガン、扁平上皮ガン、小細胞ガンと種類別の統計がありました。おまけに5年生存率と勘違い。よく見たら10年でした)

しかしその勘違いに気づかず、夜中ふと目が覚めたり寝られなくなったり、正直、この病気が発見されてから今までで一番精神状態悪かったかも?
私は手術前、全身のCTを取った上で、手術直前、PET-CTと脳のMRIもとっています。
画像で見て、ある程度大人しいタイプか、タチの悪いタイプか、判断できるのならば、私のガンはタチの悪いものと予想されてたのでは?と考えられます。そうでなければ、全身の検査を繰り返した意味に説明がつきません。
そこで人より繰り返し全身検査されたのは、もう自分のが悪性度が高かったからと思い込みました。

そもそも血管やリンパにガン細胞がなかったことはどの程度、安心材料になるのかが分からないのです。
だってステージ1Aと判断された患者はみんなリンパや血管や組織や胸水のどこからも癌細胞が見つからなかったはず。

・どこにもガン細胞は散らばっていなかったのに、なんで3割以上の人が再発するわけ???
・そもそも転移ってどういうもの?
・一旦転移が始まったら、リンパや血管には必ずガン細胞は見つかるのか?
・それともたまたま、切った時そこにあればステージ4になり、見つからなければステージ1なのか?
・だったら見落としや偶然の結果も大きくて、ステージ1と思って手術した後の病理検査でがん細胞が見つかりステージ4になるケースと、(後から再発する)ステージ1の3割は 実は同じものなのか?
・ステージ1におけるガンの悪性度と再発率がもしも比例するならば、ガンが他に基地を作る前に先制攻撃したら有効なのでは?
etc、etc…
検索の仕方が悪いのか?専門的すぎる論文は意味不明だし、結局よく分からず、上記のようなことを考え出すと夜も眠れず、、、

そして目の下にクマを作って、質問状を手に健診に行きました。
なぜかこの日はとても空いていました。
血液検査もレントゲンも待たずにすぐに済んで、予約時間に外来に着くとすぐに呼ばれました。
4ヶ月ぶりのY先生。相変わらずクールです。
自分の精神状態が悪いせいか、初対面の時の印象と同じく冷酷非情に見えます。

え〜と、結論から言うと、そもそも統計の見方を間違っていたらしいことに気づきました。
他にも手術後、すでに丁寧な説明を受けていて、プリントももらっていたのに、ぽっかり忘れていたこと(恥)
もう一度、丁寧に私の病理の説明をしてくれました。
100%安心できるような大人しいガンばかりではないものの、ごく普通のレベルで、広がりや大きさ、周囲にがん細胞が見つからないことから普通に完治が見込めること。
そうでした、術後2週間目の時に、同じことを説明されたことを思い出しました。
術前検査はたまたま検査が空いてたから念のためとかそういうこともあるそうです。(検査は外来の別の先生のオーダーでした)
私のCT画像はガンの周囲にトゲトゲがあるタイプ。曇りガラス様が大人しいガンだとネットにあったっけ。
ガンは自分に似るって友人が言ってたなあ。確かにすごく大人しいとは言えないかもしれない。
しかし例えば、小細胞ガンのような早期に転移が始まる悪性度の非常に高いガンでも、早期で偶然見つかり、その後転移なく治る例からも、やはり早期発見が鍵になるのが肺ガンという病気みたいです。
小細胞ガンでさえそうならば、線ガンで今の段階で先制攻撃考えるなんて、そんなに好戦的な人間じゃないのに、、、やはり精神状態は重要ですね。

しかし安心材料ばかりではありませんでした。
リンパにがん細胞が見つからないということは、転移が始まっていないことを100%示すわけではなく、状況証拠でしかないこと。
その前に少数、すでに転移している細胞があったとしても、そこまでは分からないそうです。

結論としては100%の安心はないけれど、そんなに心配しても仕方ない、という手術後、自分でも納得していた結論に至りました。
医者側から見たら、あんなに丁寧に説明したのに、ぽっかり忘れて何騒いどんじゃ!このオバハン!と、
内心は怒っていたのかもしれませんが、辛抱強く説明してくれて本当にありがたかったです。
診察室に入った時には冷酷非情な殺し屋風に見えたY先生、出て行く時には穏やかなとってもやさしい人に見えました。

行きはどんより、帰りはすっかり心も軽くなって、ちょうど来たバスに乗ったら、行きに使った柏の葉キャンパス駅行きでなく柏駅行きでした。
柏からも帰れるので、そのまま柏に出て、目の前に映画館を見たら、ちょうど始まる映画があったので、見て帰りました。
心温まる、台湾の青春映画です。(→「あの頃、君を追いかけた」
なんだか映画見て笑ったら、この2週間の頭の上の重しもきれいに取れました。

帰宅して昼食を取らずじまいだったことに気づき、おやつを食べながらテレビをつけたら、群馬大学の一人の外科医に手術された人が18人も亡くなっているニュースをやっていました。
25才の看護師だった妹さんを亡くされた若者が出てきて、インタビューに答えていました。
今は以前よりはずっと情報がたくさんあるものの、それでもいざとなると、患者側からは受ける医療や医師を選ぶのは難しい。
自分がいい先生に巡り会えた幸運に改めて感謝しつつも、これはまるでくじ引きのようなものなのだろうか?と腑に落ちない気持ちが起きたのも事実です。

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あの頃、君を追いかけた

cinema
06 /02 2016
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6ヶ月健診の帰り道、時間がちょうど合ったので、今時珍しい小さな名画座、柏の「キネマ旬報シアター」にて見ました。
『台湾の人気作家ギデンズ・コーが初めて長編映画のメガホンを取り、自身の自伝的小説を映画化した青春作。台湾中西部の都市・彰化を舞台に、高校の同級生だった男女7人が1994年から2005年までの期間に繰り広げるたわいなくも懐かしい日々を映し出す。〜シネマトゥディより』

思春期の男の子の幼稚さ、アホらしさ、バカバカしさ満載で笑えます。
私は男の子がいないので分かりませんが、男の子を持つお母さんの話を聞くと、その子育てに吸い取られるエネルギーが女の子の比ではないようです。でもきっとだからこそ、可愛いんだろ〜な〜と思いました。
本来は初恋を思い出して胸キュンする映画なんですけど、完全におばちゃん目線で見てしまいました。(笑)
ヒロインは初めの印象では、日本の電車に乗ったら1車両に2〜3人もいそうなごくごく普通の女の子。別に美少女でも美人でもないのですが、さすがヒロイン、見ているうちにどんどん可愛くなっていきます。
主人公のコートンもイケメンではないけれど、男の子の持つ可愛らしさとバカっぽさがぴったりです。

高校からの10年間ということで下ネタも満載なのですが、ずっと両思いのこの二人、最後まで手もつながず別れます。でもラストにはビックリするシーンもあり、見終えた後は暖かい気持ちになれました。

誰も聞きたくないでしょうけれど、私にも遠い遠い昔、初恋らしきものはありました。
中学の修学旅行でのことです。
夜、恒例の女子の告白ごっこが始まりクラス全員で好きな人の名前を発表することになりました。
ほぼ全員、えっ、こんな真面目な子が?とか、こんな大人しい子も?という感じでみんな告白する中、私はシミっちゃんというよくおしゃべりする仲の良い男の子がいて、その子の名前を言うつもりでいました。
すると私より先にアサヤンというおばちゃんキャラの女の子がシミっちゃんの名前を出したのです。
その時のクラスメイトたちの反応はもう、ヒーヒー笑い転げて、今時の言い方で言えば「ないわ〜!!」みたいな大爆笑。
まぁ私も、背が低くて、顔はビーバーみたいで、性格も変な奴のシミっちゃんが女の子にモテるとは思っていなかったけど、ここまでの反応は想像してなくてビックリ。だって私から見たら、「え!?あいつのどこがいいの?」ってな男の子の名を何人もの女子が告白。シミっちゃんのが全然いいじゃん!と思うのはどうやらアサヤンと私だけだったようです。結局日和って自分の番では「本当にいなくて〜」とごまかしてしまいましたっけ。
なんだか全く華のない初恋話だわ〜。

でもこの映画はちゃんと胸キュンになれますので、ご安心ください。






tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。