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漢方薬2

disease(闘病記)
12 /30 2015
年末のため慌ただしく、30分漢方薬を煮だすのが面倒で、今回は粉末で出してもらいました。
相変わらず、丁寧にいろいろ反応を質問されます。
確かに咳はほぼ止まりました。
しかしこれが漢方の効果なのか?時期が来て自然に止まったのかは不明です。
しかし疲労感に関しては確実に効果があったと思われます。
漢方薬局の女医さんの話では「補中益気湯」の効果とのことです。
暮れの大掃除も毎年と同じようにしましたし、トンちゃんを連れて隣駅まで散歩兼買い物に行っても、息切れはしません。
ただし、相変わらずダメなのが、自転車で坂道を走ること。
坂道といっても、歩いている分にはそこが坂道とは認識しない程度の、おそらく傾斜5度?位の道でも、自転車で走ると苦しくてこぎ続けるのが難しい状態です。
家の周囲はそれなりに坂道が多いので、こうなるとほとんど自転車の意味がないのですが、執刀医のY先生に言われた、「身体を動かして負荷をかけないと肺活量が戻らない」との教えを守って、自転車か歩きの生活を続けています。

で、漢方薬ですが、今回は「補中益気湯」に加えて「香砂六君子湯/こうしゃりっくんしとう」の2種類の処方です。
ずっと長く続けるには、少々出費が痛いですが、2〜3ヶ月は続けてみようと思います。

薬の用意ができるまでに少々待たされるしくみのため、出してくれる漢方茶を飲みながら側にあった冊子を読んで待ちました。
これが生理中の過ごし方を書いたもので、おもしろかったのでメモしておきます。

・生理の2〜3日目はスマホ、パソコン、できたらテレビも見ない方がよい。目を酷使することはタブー。
・同じく2〜3日目はパーマ、ヘアカラー厳禁。ブラッシングやシャンプーもしない方がよい。どうしても洗う時は頭皮を 刺激せずささっと洗って、すばやく乾かすこと。

目を使うなとか、頭に刺激を与えるな、なんて聞いたことがないのでビックリしました。
その理由として、生理中に頭や目に刺激を与えると骨盤がねじれるとか?ちょっと言い方は忘れてしまったのですが、西洋医学でもそのような現象は証明されているのか知りませんが、若い女性で生理痛のひどい方は試してみたらどうでしょう?
さっそく娘に教えましたが、全然真面目に聞いていません。
今度いつもの女医さんに詳しく聞いてみよう。
あの中国人特有の愛嬌あるイントネーションで
「あなた、年齢的にもう関係ないですね」と言われそうですが(笑)





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「怒り」 吉田修一

book
12 /23 2015

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(映画「怒り」感想はこちら
「怒り」上下2巻の大作です。
どちらかというと「悪人」と同じ臭いのする吉田修一です。
構成はちょっと変わっていて、冒頭、凄惨な夫婦殺人事件が描かれる。
犯人は床に「怒」と血文字を残し逃亡。
続いて、3組みの人間ドラマが交互に進む。

①房総の漁協に努める父・洋平と歌舞伎町で風俗経験のある娘・愛子。
②東京の広告代理店勤務のゲイの優馬。
③母と沖縄の離島、波照間島に引っ越した女子高生・泉と島で出会う同級生・辰哉。

上の3組それぞれに過去が不詳の男との出会いがある。
①洋平が漁協の仕事を世話してやる田代
②ゲイのたまり場で出会う直人
③無人島でキャンプしている田中
この謎の男3人の内のだれが冒頭の殺人事件の犯人「山神一也」なのだろう?と思いながら読んで行く。

しかしこれは犯人探しのミステリーではなく、それぞれの関係が築かれていく過程が丁寧に描かれる。
そしてそれぞれの関係がかけがえの無いものになっていく頃、テレビの公開捜査番組を見て、逃亡中の犯人の特徴に重なるものを発見し、疑惑が芽生える。
「人を信じる」とはなんだろう?
「信頼」関係とはなんだろう?
そういったことを考えさせられる小説です。

〜以下ネタバレ注意!!!〜

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寝不足の影響

disease(闘病記)
12 /23 2015
やっちまった!
徹夜読書。

夜にコーヒーを飲んだら、全然眠くないのと、読み出したら止まらなくなり、気がついたら朝の4時過ぎまで本を読んでしまいました。
本は吉田修一「怒り」上下2巻本です。

今日は祝日だし、朝寝坊すればいいものを、年のせいでしょうか?
いつも通り7時過ぎには目が覚めてしまいました。

特に眠くもだるくも無い代わりに、しっかり体調に変化が現れました。
ほとんど止んでいた咳が復活。
おまけに寒いためか、ほとんどなかった肋間神経痛が、以前の胸の下でなく、脇のカメラの穴の辺りにシクシクした痛みがおきました。以前のように1、2秒でなく、しばらく続くので、ホカロンを貼ったら治まりましたが。

おそるべし、睡眠不足。
まだまだ無理は禁物…

大掃除のつづきをやる予定でしたが、先日もホコリを吸ったら咳が出たので、今日は年賀状を作りました。
妙なこだわりから子どもの写真の年賀状は一度も作らなかった我が家ですが、トンちゃんの写真は臆面もなく使っています。

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ブログ1年目のつぶやき

未分類
12 /20 2015
ブログを始めて1年、あっと言う間の1年だった。
映画と本の備忘録として始めたのに、途中思いがけない病気になり闘病記も加わった。

今、自分の書いた闘病記を読み返そうと思ったら、字が小さくてダラダラ文が長いため、書いた本人も読む気にならないことに気づく。
話のとっ散らかり方もすごい。肺がんの原因からホームレスの話になるくだりには自分でも唖然。
赤面して即削除しようと思ったけれど、この時は本当にそう思ったのだから、恥ずかしいけれどそのままにしておこう。
思うに「がん」という病気は、日本人の1/2がかかり、1/3の人の死亡原因にも関わらず、人を「孤独」にさせる病気という気がする。
上野や新宿でなく、”郊外の住宅街の”ホームレスというのが私にとって「孤独」の象徴だったのだろうか?…自分でもわけが分からない。
実際には「がんの可能性」を言われた直後には家族、友人、姉妹に話して、入院前も退院後も支えられたけれど、それでもなんとも言えない不安が募った。
却ってガンと確定したとたん開き直って、医師とのやり取りも冷静だったように思う。

ブログって、映画や本の記事の時には、見た映画や読んだ本の内容を記憶を辿って自分の頭の整理をしている感じで、今から物忘れが心配な年齢になるので、これは今後も続けよう。

病気の時は自分を書く対象としてみることができるので、感情をコントロールするのに役にたったと思う。
しかし、他の人々の闘病記を読んで気が付いたことは、Ⅰ年後とか、数ヶ月後に、さかのぼって整理して書いているものが多く、”自分の体験が誰かの役に立つこと”を観点に、ポイントを整理して書いてある。みんな偉い!
それに比べたら、自分のはそういう視点が抜け落ちてた。
今後闘病記に関しては、役に立ちそうな情報があったら、少し気をつけよう。

高齢者に自分史が流行とか。
私にも昨年、友人から彼女の知人のエッセーが送られてきて、面食らったことがある。
私に送ってくれた一回り年上の友人は面白い人なので、彼女のだったら喜んで読むけれど、なんで全然知らない人の私に回すかな〜?と電話したら、彼女のところになんと6冊も送ってきたので、しかたなく知り合いに転送してるとのことだった。
読んでみたら、絵画サークルに入ってる人で、挿絵もご自分で描き、内容も自分の絵にまつわるエッセイがほとんど。
絵も文も全く面白くはなかったけれど、自分の好きなことを家族も応援してくれて、自分のアトリエも持っている幸せなアラ70の女性が浮かび上がり、読後感は悪くない。つうか、うらやましい…。
でもわざわざお金をかけて、本に仕立てて送るというエネルギーはどこから湧いてくるのかな?と
その時は不思議に思ったけれど、これはブログと同じなのかもしれない。

自分がその時々感じたことを、記録しておこうという動機と、
私は「こう思った」と誰かに向けて話したい、という動機。
ブログは無料だけど、団塊の世代、お金に余裕があるので自費出版しただけの違いなのかも。

ブログを始めて1年。
時の流れが加速している50代。
読んだ人が取り上げた映画や本に興味もってくれるブログになったらいいな。
闘病記は自然消滅してくれることを期待したい。

追記
一回り年上の友人の話がでたのと、クリスマスが近いので、以下のサイトを紹介します。       
彼女の描いたクリスマスの手づくり絵本を紹介したものです。
何年も更新していませんが、それでもまだこのブログよりは見ている人が多いようです(笑)
http://tedukurichar.web.fc2.com

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「太陽は動かない」 吉田修一

book
12 /19 2015
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一言で表すとしたら"次世代太陽光発電をめぐる熾烈な利権争い"ということになるのでしょうか?
主人公は謎の産業スパイ組織AN通信情報部員、鷹野一彦。
007と違って国家の人間ではなく、機密情報を入手し、高く売れる方に売る民営企業。
しかし失敗したら自爆する命がけのスパイ稼業。

ベトナムの油田開発から始まり、ウィグル過激派によるコンサート会場爆破事件、日本の一年生国会議員にもたらされた小さな町工場で開発された次世代パネル。マイクロ波研究者の一家に近づく主人公のライバルスパイ。謎の美女と香港の銀行頭取。
様々なシーンが複層的に進んで行くタイプのお話で日本人、中国人、アメリカ人、韓国人と出てきて、舞台もめまぐるしく移動しますが、日本人が多いためか「あれ?これ誰だっけ?」とならずにスイスイ読める。

中国と日本の合同国家プロジェクトとして従来型の太陽光発電を大々的に全国展開しようとする日本。
しかし実は中国はすでに次世代宇宙太陽光を進めており、これは日本の蓄電池技術を手に入れるためのとんでもない陰謀で、日本はこれにより、いきなりエネルギー開発で時代遅れの3流国となるかも!という話がちょっとリアルで恐かった。
同じAN通信の人間ながら、超イケメンスパイ、ディビット・キムは鷹野の商売敵として反対の立場で暗躍している。
日本の学者が持っているマイクロ波の技術を中国側のものにするため、ディビットが学者の地味な娘に近づき、いともたやすく娘を夢中にさせるのですが、意外にも娘との愛に目覚めてしまうくだりは少女漫画的な面白さです。

現在の太陽光発電の何十倍ものエネルギーを生み出すという、次世代宇宙太陽光発電。
しくみはパネルを付けた人工衛星で太陽光を集め、そのエネルギーをマイクロ波に変換、地球のパネル基地に送る…って全然私には分かりませんが、とにかくエネルギー問題がいきなり片付いちゃうくらいすごいらしいです。
だったら国同士、利権を争ったりしないで、世界中のエネルギー問題を協力して片付ければいいのに…と初めから思うんですけど…。
でも中国みたいな広い砂漠のあるところならいいけれど、日本のゴミゴミしている所に宇宙からマイクロ波が降って来たら、ほとんど宇宙兵器みたいで少々恐い。
最終的には主人公の活躍や、親日的な中国人の協力も有り、日中の協力体制に落ち着く。

ラスト近く、この主人公たちAN通信の産業スパイたちの出自が語られ、ますます現実感は無くなるのですが、とても切ない過去です。

吉田修一、私が読んだことあるのは、「悪人」「さよなら渓谷」「パークライフ」「横路世之介」「平成さるかに合戦」くらいかな。「悪人」と「パークライフ」じゃずいぶん作風が違うけれど、この「太陽は動かない」はどれにも似ていない気がします。
「悪人」は大好きな小説ですが、あの主人公の2人に比べて、皆が振り返るような謎の美女AYAKOとか、女性たちがみんなため息ついちゃう超イケメンスパイ・ディビットとか、そもそも産業スパイってそんなに目立ったら仕事に差し支えそう(笑)
そういう意味では、007的な面白さの小説でした。








「007 スペクター」

cinema
12 /16 2015
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007シリーズは6人目のボンド、金髪のダニエル・クレイグになってからは愛する女性を失ったトラウマが描かれたり、子ども時代に両親を亡くした故郷が出て来たり、過去のボンドよりも「不憫萌え」な作りになっていると感じます。
ボンドといえども、恋人が死ねば立ち直れないし、子ども時代のトラウマも持っている。Mは上司でありママ代わりでもあった。精神的にマッチョで全然傷つかないボンドでは、もはや時代の空気にマッチしないのでしょう。

007シリーズはショーン・コネリー時代は子どもの頃テレビでよく見ましたが、途中のロジャー・ムーアとかティモシー・ダルトンとか全く記憶になく、ピアース・ブロスナンのボンドを2〜3作見たくらいです。
ダニエル・クレイグは記憶にあるコネリーやブロスナンに比べると、スマートに女性を口説く印象ではなく、ちょっと無口で、その分本気で女に惚れてしまう辺りも、この職業にしてはサイコパス度が低くて好感がもてます。

今回は前回「スカイフォール」から話が続いていて、Mはジュディ・デンチからレイフ・ファインズに代わり、人間を使ったスパイ組織はもう古いと00組織自体の危機を描いています。
今回はダイヤでも石油でもなく「情報」を制するものが世界を制するという、世界規模の監視網を巡っての争い。
昔は敵と言えばほとんどソ連か麻薬王か、ある意味分かりやすい敵でしたが、「キングスマン」でもIT長者との戦いでしたが、なんともややこしい時代になったものです。

ボンドガールはレア・セドゥ。
どこかで見たことあるな〜と思ったら、「アデル・ブルーは熱い色」の主役の1人でした。あの時は特徴のある目つきのちょっとヤンキー顔?の女の子に見えましたが、今回はグッと色っぽく、女っぽくて見違えました。
悪役はクリストフ・ヴァルツ。なんと子ども時代のボンドと繋がりがある設定にびっくり。

もちろん007ですから、これで生きてるってこの人たちどうなってるの?の連続ですが、それは当然いいとして、世界的監視網へQ1人であっさりアクセスできちゃうってのはどうなの?(笑)
お約束の世界ながら、ソ連や麻薬王なら普通の人には関係ないけれど、「情報」を収集され監視される世界への違和感を背景にしているところが、なんとなく不気味です。ちょうどマイナンバーとやらが始まったけれど、これもスペクターの作戦ってことはないよね?(笑)



漢方薬

disease(闘病記)
12 /14 2015
漢方薬局に行きました。
完全予約制で1週間以上待たされましたが、中医師の資格をもつ中国人の女性が1時間以上かけて丁寧に問診します。
しかし聞かれても分からないことも多いものです。
食べ物の好みやお酒のことなどは答えやすいのですが、温かい飲み物と冷たい飲み物のどちらが好きか?って、そりゃあ、寒い日は温かいので、暑い日は冷たいのに決まってる。
特に性格に関する質問は自分では分からない。
「のんきな楽天家」とも、「せっかちでそそっかしい」とも、「ネクラでオタク(←性格?)」とも言える。
漢方的には「イライラ」か「メソメソ」か「ビクビク」とか、しやすいか否かが重要らしい。
まあ人間だもの、どれもあるけれど、「しやすいか」?って聞かれると、う〜んどうだろう?
で、結局は「補中益気湯」をメインに「杏仁」「枇杷葉」「沢瀉」「沙参」
枇杷葉は枇杷の葉っぱなので、ご近所にもらってもいいな〜などと考えました。
これを土瓶に600ccの水を入れ、30分弱火で煮立てると半分量に減り、これを日に2回に分けて飲む。
早速、夜から始めたが、ま、まずい…
お値段は1日当りメインの補中益気湯が600円。
他の4種は1日分で各40〜80円くらい。
7日分全部で税金込み、6000円。
とりあえず1週間分を購入。1週間後、様子を見て内容を変えていく場合もあるそうです。
4種のプラス分の薬は主にせき用なため、大分咳も減って来たので1〜2週間でやめ、免疫力upと体力回復のメイン「補中益気湯」だけ続けたとして、月に18,000円。

メキメキ体力回復するのなら、安いけれど、
1週間後、なんの効果も見られない場合どうしたものでしょう?
すぐには効果は現れませんと言われた時に、例によって私のせっかちな一面が出ることはほぼ予想済み。
「どんな変化が現れれば、効いてるか否か判明するのか教えろ」とか言いそうです。
私がお店屋さんで、こういうおばはんが客で来たら、それこそイライラしそうだわ(笑)
ここで謝ってもしょうがないけれど、周りのみなさま、いつもどうもすみません。

薬を一日分ずつ梱包する間、別の人がやってきて、咳に効くツボを図解しながら教えてくれました。
手の人差し指と親指の間の「合谷」は中国流は人差し指側の途中。日本では2本の合わさったところ。
どちらでも自分が押して痛い方でいいらしいけれど、私は両方痛い…
喉の付け根の「ダン中」と胸骨のまん中の「天突」
図に出ている場所でなくても押して反応のあるところに置き針という画鋲状のシール付きのハリが効くそう。
先の合谷はお灸が効くそうで、場所によって、ハリと灸を使い分けるといいらしい。
丁寧に図解しながら教えてくれたが、この薬局にも置き針とか灸も売っているけれど、別に売り込みをされないため、買うとしてもポイントカードのあるドラッグストアで安く買おう。

店から出たら2時間近く経っていました。
その間3回も漢方のお茶が出て来て、予約客しかいないため、妙にゆったりしています。
普段「ポイント5倍」と叫んでるドラッグストアでしか買い物しないため、なんだか不思議な異空間体験でした。

帰りにデパートでショートブーツを見るが、気に入ったものは25,000円くらいする。
あっさり諦め、地下で野菜を買いました。
病気してから、我が家の野菜消費量は確実に増えています。
おまけに病気になってから、消費欲が無くなりました。
いい傾向です。


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「ベルカ、吠えないのか?」古川日出男,「光」三浦しをん,「漁港の肉子ちゃん」西加奈子

book
12 /10 2015
最近読んで印象に残った本をまとめて記録。


「ベルカ、吠えないのか?」古川日出男

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犬が出てくるらしいこと以外、前知識なしで入院中に読みました。
199X年。
ソ連崩壊後の極東を舞台にソ連元特殊部隊だった老人とその一味、ロシア・マフィア、チェチェン・マフィア、日本のヤクザが入り乱れての利権争い。ここに老人の人質となった日本ヤクザの組長の娘(12才位?)が面白いキャラクターで絡んでくる。
この物語を1つの軸に、もう1つのメインの縦軸となるのが、キスカ島に残された4頭の軍用犬を始祖とした東西冷戦史を背景とする(主に)軍用犬の系譜。壮大なワンコ史である。
映画「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」のライカ犬の話も出てきます。
これは第2次大戦後もどこかしらでずっと戦争して来た人間と、人間に兵器として利用されて来た犬たちの物語。
東西冷戦だけでなく、麻薬を巡るメキシコマフィアだの、パキスタンの麻薬地帯だの、血なまぐさい話が延々続きます。
常識の無さをさらしてしまいますが、ソ連と中国って同じ社会主義国なのに仲が悪かったんですね。その理由がへ〜〜な理由ながらとても分かりやすい。案外そんなもんかもと思わされました。
ベトナム戦争での中国の軍用犬とアメリカの軍用犬の地下抗争は悪夢的な情景です。
そんな訳で犬はいっぱい出てくるけれど、かわいいとか心癒されるとは言いがたい。

それでも犬たちの話は感動的です。
アメリカのハイウェイで轢かれた母犬の代わりに、ずっとドッグショウ犬だった美しいシェパードが母として子犬たちを育てるシーン。
入院中に読むのにふさわしいか?と言えば、ふさわしくなかったけれど、今まで読んだことの無い強烈なインパクトのある不思議な小説でした。


「光」三浦しをん

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これは軽く読めるものをと三浦しをんを選んだのですが、大幅に裏切られました。
まず美しい「美浜島」が大津波に飲まれ、3人の子どもと2人の島民と観光客1名の6人以外が全島犠牲になる。
このシーンで思わず出版年を確認してしまいました。
2008年でした。インドネシア大津波が2004年ですから、この後に書かれたものか…
主人公中学生信之、幼なじみで初恋の相手の美花、父から虐待を受ける小学生の輔(たすく)、この3人の島での暮らしと20年後の物語が語られます。
20年後、川崎市役所の職員になっている信之、今だ父から暴力を受けている派遣工員の輔、この2人の語りで20年後の現在が語られますが、美花が自ら語る部分はなく、代わりに凡庸な信之の妻が重要な語り部の1人となります。
美花は女優になっていて、今も信之の女神的存在であり、信之は子ども時代に続き、彼女のために恐ろしい罪を犯します。
津波という巨大な暴力と、親の子に対する虐待という日常の暴力、そして信之が愛する女性を守るためと思い込んで犯す暴力。暗くて恐ろしい暴力についての物語で、今回、三浦しをんに期待した路線とは大幅に違う読書になりました。

信之の妻は最後まで重要人物で、ラストで夫婦とは何なんだろう?と思いました。
信之は心の中ではずっと美花を思っていて、いい夫を演じているだけ。
妻は妻で娘のお受験に必死で、信之をいい夫と思っているが本当に理解しようとしていない。
それでも一緒にいる、というだけでお互いにとってかけがえの無い人間になるものなのか、と思わされるラストでした。この読者の共感を得られそうもない凡庸な妻を最後まで見捨てない辺り、三浦しをんって女流作家特有の意地悪さがない人だなぁ。
個人的な感想としては「日常」というものが一瞬にして消えてしまう体験をした人間にとっては、どんなにつまらなく見えても、平凡な日常こそが何より大切なものなのだ、と信之の心情を解釈しました。
これは個人的にも病気のおかげで、私自身気づかされたところです。


「漁港の肉子ちゃん」西加奈子

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西加奈子、初トライです。
とても読みやすい。ふふふと軽く読める。
三浦しをんにそれを求めたら見事に外して、思いっきり暗くヘビーな作品を読んでしまったので、ちょうど目的に適った読書になりました。
しかしそれ以上でもそれ以下でもないかな?
帯に「ちゃんとした大人なんて一人もいない。だから生きてていいんだ!」ってまず、これが意味不明であった。
読んでみて、肉子ちゃんは過去に男にだまされ続けたが、男の作った借金をちゃんと返し、キクリン(娘)を育て、今は流れ着いた北の漁港の焼き肉屋の看板娘?である。当地の人々にとけ込み助け合って生きている。
これほど、ちゃんと生きてる人も珍しいくらいちゃんと生きてるではないか?
しかしこの小説の笑いのツボはいつも肉子ちゃんの太りすぎて不細工な容貌、及びピントのずれたマイペースぶりである。
似ても似つかない美少女の小5の娘キクリンは、年齢を考えると肉子ちゃんがどうしようもない自称大学生と付き合っていた時の子どもになるので、落ちは初めから読めてしまう。
このキクリン、読書好きな設定はいいとして、小5で「悪童日記」はどうなの?変態だらけで小学生に読ませるには選書に問題ない?
う〜ん、西加奈子、全然ピンとこなかったけれど、また他のを読んでみよう。

「杉本博司 今昔三部作」展

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12 /07 2015
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正直いって、何がなんだか分からない美術展でした。
どうも杉本さんは写真家らしいのですが、前半は確かに写真作品。
こっちが「今昔三部作」で「海」「劇場」「ジオラマ」シリーズだそう。
海の写真はさざ波の水面のみ四角く切り取っている、それもモノクロで。「カリブ海、ジャマイカ」とかあるけど、これじゃあ、どこの海だって同じでしょ?それが狙い?
次は主にアメリカ各地の古い劇場の写真。人気(ひとけ)のない劇場内部に光っているスクリーンがあるけれど、これは映画を露光させて撮ったとか?
ジオラマ、これは面白かったです。自然史博物館のジオラマを本物の風景のように撮っていて、写真に撮られたものは真実だと思いこむ人間の目を欺いているのか?でもこういう感覚も時代とともに変わってしまうから、写真加工が誰にでもできる現在では通用しない実験なのかな?
写真家といっても写真を使って何かを表そうとする現代アートなのだろうけれど、この現代アートっちゅうものは私にはさっぱり謎すぎるシロモノ。
友人Mさんは現代アートが好きで、その楽しみ方をレクチャーしてくれたりするので、こういう人と見に行くとこの手の謎展は楽しい。
また友人Tはその思考回路にいつもあきれ…いえ、感心させられるので、こういう人と見に行くのも面白い。
昔、「フンベルトワッサー展」とやらに行ったとき、色鮮やかな抽象絵画に全く意味不明な長ったらしい一編の詩のようなタイトルが付けられているのに大受けし、まず絵を見てそれぞれ勝手にタイトルを付け、その後タイトルを見て近い方が勝ちという当てっこクイズしながら鑑賞したことがある。
時々ピッタリ当るので、だんだんフンベルトワッサーの思考回路が掴めてきた〜と大笑いしながら、はた迷惑な美術鑑賞してしまったっけ。

後半「趣味と芸術」という企画の方になると、「婦人画報」という雑誌の企画シリーズを基にした展示。
著名人男女カップルがこの人のやってる気まぐれな「謎の割烹 味占卿」という割烹に招かれ、この人のコレクションからの掛け軸と置物で床飾りをしつらえた空間で、同じくこの人のコレクションの器に美しく盛った料理をもてなされる。
価値ある骨董品に美しく料理を盛り、やはり骨董品の掛け軸と置物が飾られ、着物美人の女優と文化人が微笑むみたいな、いかにも「婦人画報」的ゴージャスなものも多いが、例えば寺島しのぶ夫婦の回だと、美女の背中が魚の開きのようにパックリ開いて、肋骨や臓器が描かれたイタリアの解剖図を掛け軸に仕立ててあり、穴子の開きが美しい器に盛られていたり。
他にも戦争中の焼夷弾の殻に花を生けてあったり、戦後闇市にあった鉄兜を鍋に料理を盛ったりもある。
後半はこの企画で使われた骨董、器、掛け軸等の実物展示。
まさに「個人の趣味の世界」展でした。あっそうそう、杉本さん、古美術商もやっているそうです。
料理や女優の着物姿が美しく、熱心に見ていたのですが、夫が側に来て、美しい器に盛られたカブを出汁で煮た料理の写真を見て、こんな凝った料亭で出て来たのがこれだったらガックリするなぁ〜というので現実に戻されました(笑)
こういうシンプルな味が分からんとは、いい年してダメだな、って夫の舌がお子様なのは私の手料理のせいか…?


美術館の中にあるレストランで昼食をとりましたが、ちょうど杉本博司を紹介した女性誌が置いてあり、「陰翳礼讃」とやらについて書かれているのをちら読みしました。
歌舞伎とか芝居はもっと暗い照明でやった方がいいとあり、私も何度か歌舞伎を見ましたが、確かにあのペカッーとして奥行きのない背景は、なるほど暗めの方が雰囲気でるかも?と同感です。

闘病後、初美術館にトライして見ましたが、美術館は疲れました。
元気なとき行っても、美術館って足が疲れるものね。
でもいい気分転換になりました。
今回疲れなかったら、いくつかお誘いがきている忘年会に参加して、飲み会解禁を目論んでいましたが、やはり無理は禁物。
年内は大人しくしていようと思います。




肺がん手術後1ヶ月

disease(闘病記)
12 /04 2015
12月に入り、手術からちょうど1ヶ月たちました。
11月2日に手術、6日に退院し、傷の痛みは自分でも驚くほど早く回復したものの、退院後1週間を過ぎた頃から後遺症が出てきました。
それは咳。元々肺がんの自覚症状は全くなかったため、咳もタンも無い状態で手術したわけですが、手術後は必ずあると思っていた咳もタンも入院中はほとんどなく、このまま傷さえ治れば元通りの生活が待っているのかな?と思っていましたが、それは甘い予測でした。
退院後1週間過ぎた頃からタンの絡まないコンコンという軽い咳が出始め、とくに話をすると必ず出ます。
しかし寝ている時はほとんど出ません。
話すと出るので、夫に用件を伝えるのにゼスチャーしたりしましたが、驚くほどカンの悪い夫…。
こういう時に日頃の夫婦の「以心伝心」ぶりが分かります(笑)

他には手術した側の二の腕から脇の下にかけて退院直後までしびれたような感覚がありましたが、その後マヒ感は取れ、違和感の範囲も徐々に狭まり、最近ようやく元に戻りました。
初め肺のリンパを取ったせいかと思いましたが、手術中固定されていた後遺症のようです。

入院前の外来では、後遺症として100%肋間神経痛があると聞いていましたが、私は「あれ?これかな?」という感じが数回ありました。胸のすぐ下辺りの表面に軽いチクチク感が1、2秒。また別の寒い日に同じ場所のもう少し深い場所に鈍い痛みが数回ありました。ホカロンを貼って暖めるとすぐに消えました。
しかしこんなもので済むのかしら?もっと寒くなった頃、ズキ〜ン!!!と来たりするのか?ちょっと不安でした。

そして一番の後遺症はやはり疲労感でしょうか?
普段睡眠6時間だった私ですが、今は8時間寝ても昼間に疲労感に襲われます。
これは気持ち的なものもあるのか?出かけちゃうと意外と大丈夫だったりするのですが、咳が出るとやはり体力を消耗します。大体2〜3ヶ月は元通りにはいかないらしいので、慌てず回復を待つしか無さそうです。


予定では退院後の検診は12月に入ってからだったのですが、咳がつらくて手術から2週目にあたる16日の朝、予定外の診察に訪れました。
執刀医のY先生は外来の日ではないため、おそらく「気合いの医長」が見てくださると予想して待合室で待っていると、事務の人が来て、「別の部屋に案内します」といって、廊下をクネクネ曲がり眼科に案内されます。「?」と思っていると眼科の空いてる診察室にY先生が待っていました。
Y先生、退院直後の患者なので、急遽空き部屋を用意して診てくれたのでしょう。
咳は切除後の残った肺が徐々に膨らむ際、気管支の先が移動し空気の流れが変わるためで、しばらく続くが心配ないとのこと。コデインと便秘薬を出してもらいます。

手術後の検査結果が出ているので、ついでに教えてくれることになりました。
リンパや胸水にがん細胞が見つかるといきなりステージⅣになってしまうことを予備知識で知っていましたが、今日その結果を知らされるとは思わず……心の準備ができていなかったためとても緊張しました。
結果はリンパや血管、胸水、切り取った周辺組織からもがん細胞は見つからず、ステージはⅠaとなり、化学療法はなし。夫とともに心底ほっとしました。治療はこれでおしまいとなります。
またガンの大きさは画像では2.2cmと言われていましたが、実際は1.8cm。これは誤差の範囲らしいです。
しかし発見時から大きくなっていないことになります。
初診時、ロボクンに3年さかのぼって検診のレントゲンを持ってくるように言われ集めてきましたが、3年前は写ってなく、2年前から鎖骨の影にかすかに見え、1年前に少し大きくなっているとの話でした。しかしこれはあくまでCTで場所が特定できてるから、ガン専門医で初めて見つけられるという説明でした。
では鎖骨の影にいつからできていたのか?それは不明です。

今回誤差とのことですが、少し縮んでいたのには、もしやあれが効いた?と思うものが1つあります。
私はサプリ等は飲んでいませんが、家にあった「ルミン」という薬だけ、今回病気が分かってから白血球を強くするというので、1日3回Ⅰ〜2錠飲んでいました。
ずいぶん前に近所の薬局で、風邪をひくといつまでも長引くので相談したらこれを勧められ、風邪をひく度に飲んでいたのですが、私には効くような気がします。家族に勧めても怪しがって誰も飲みませんが(笑)
サプリのような天然物ではなく謎の物質です。やたら高いけれど400錠も入っており、風邪をひいた時だけ飲んでいたので何年も家にありまして、消費期限はないそうです。
今後、漢方薬を試そうと考えてますが、この「ルミン」も続けようかどうしようか、家計との兼ね合いで考えようと思います。(注意:このルミンに関してはがんに効果があるという根拠は全くありません!)

これで治療終了ということは、5年生存率は100% かといえば、(扁平上皮癌でこの条件ならそうらしいのですが)私のは女性の75%がなる「腺癌」というタイプ。がん細胞の分類でも悪性度の高い低分化タイプは見つからなかったのですが、腺癌は個人差が極めて大きく、確定的なことは言い切れないとのこと。
やはり癌の中でも「肺がん」は難しいのでしょう。
しかし100%の安心が保証されなくてもそれは仕方のないこと。
そもそもどんな健康体の人でも5年後100%生きてると確信できる人は1人もいないわけです。
若い頃ベストセラーになった藤原新也の本に「メメントモリ」というのがありましたっけ。
「死を想え」というそのタイトルを思い出しました。
頭のどこかで「死」を想いながら生きて行くのは呑気すぎる私にはちょうどいいのかもしれません。
現実問題としては、いくつかの片付けなければならない問題を片付けよう。

ところでY先生、手術前の初対面の印象はちょっとキツそうな感じで、敵方の人斬りのイメージとか変なこと言ってしまいましたが、こちらが手術前で緊張していたせいかもしれません。入院中も毎日様子を見に来てくれましたが、正直あまりちゃんと顔を見ていませんでした。
今回、間近で拝見するととても人相のいい方でした。
説明も丁寧で、分かりやすい。
「敵方1番の剣の使い手」ではなく、「健さん最大の危機に現れる凄腕の助っ人」と言うべきでした。

それから肺がんの原因ですが、切除した肺の断面図を見ました。
丸く色の違う部分がガンですが、周りの正常組織の中にも5mmくらいの黒い点がいくつもあります。
これはなんですか?と質問すると「タール等のよごれ」とのことでした。
ごく普通にあるものらしいのですが、高度成長期の自分の人生の背景がそこに見えるような気がしました。
私が育った場所はごく平均的なベッドタウン。小学校の社会科で習った太平洋ベルト地帯の中にあり、社会科の授業で市内の工場見学に行ったりしました。
街中を流れる小さな川は真っ黒で臭かった記憶があります。
今では川岸は樹が植えられ、ちょっとしたお散歩コースになっていて、鯉が泳いだりしています。
我々の世代は高度成長期に子ども時代を過ごし、ずっと右肩上がりの日本を見て育ちました。
個人的にはさっぱりお金には恵まれませんでしたが、とりあえず明日という日に漠たる不安を感じないまま大人になった幸せな世代だと思います。
その代償というわけでもないでしょうが、子ども時代に大気汚染や食品添加物にまみれてきた部分があると思います。

私は幼い頃、チョコレートの食べ過ぎでほとんど乳歯が溶けてしまい、柔らかいものしか食べられないため、おせんべい好きのH子と違い、何が好きって魚肉ソーセージが大好きでした。
後年知りましたが、あれには超強力発ガン添加物が大量に使われていたそうです。
我が家の親は相当放任で、「愛情あふれるネグレスト」とでもいうべき状態でした。
そもそも幼児に毎日チョコお土産に買って来ちゃダメでしょ、お父さん。
そのおかげで私はほとんどまともな食事をとらない子どもでした。
小学校でも偏食がひどくて給食は残しまくり。給食が楽しみで好きなおかずの時は具合が悪くても学校に行ったというH子とは対照的でした。
また若い頃一人暮らしをしていましたが、その頃はお金を節約する意味もあり、私は友だちから「ファーストフード評論家」とからかわれるほど、昼夜一日2食ファーストフードを食べたりしていました。
さすがに昼はマック、夜はロッテリアとか変えていましたが。

自分では今では食生活もきちんとしていると思っていましたが、よく考えると朝と昼はほぼ野菜を食べていません。朝はパン食ですが、大体ウィンナーかソーセージにプチトマト3ヶくらい付けて終わり。
昼は、お菓子とコーヒーで済ますことがよくあります。
夕飯だけはきちんと作り野菜も食べますが、肉は牛ならカルビ、豚ならバラ、鳥ならモモ、と脂の多い部位が好きです。
私は手足が細いため一見痩せて見えるのですが、なんと体脂肪30%超えていて、そのほとんどが内臓脂肪です。
検診では毎年コレステロール値の高さと白血球の少なさが引っかかります。(今回のがんセンターの血液検査でもコレステロールを指摘されてしまった…)
1年半ほど前から、ソーイングにハマり今春から近所のソーイング教室に通っています。
下着になって先生に身体のサイズを測ってもらうのですが、胸囲とウエストの差が5〜6cmという、恐るべきズンドー体形に自分でもビックリ!!
そういえばここ数年ジーパンも苦しくて、ウエスト総ゴムのパンツを愛用しています。
さすがに今回、内臓脂肪を減らそうと決意しています。


今回の病気が分かり、ネットで情報を集めようとして多すぎてくじけ、結局本を2冊読んだだけです。以下、その2冊
 ・「東大病院を辞めたから言える「がん」の話」 大場大著  
 ・「がん研有明病院で今起きている”漢方”によるがん治療の奇蹟」 星野恵津夫著
「東大を〜」は夫が買ってきましたが、標準治療に達していないレベルの低い医師・病院への怒り、医学的に証明されていない療法を高額で行っているクリニックへの怒り、メディアのガン報道にたいする怒り等々、「怒りの書」でした。
私も今回テレビで免疫系のブレーキを外す新しい抗がん剤の話や、線虫が尿1滴でガン判定する話を見て、ガンになってもどんどん新しい方法ができているのだと希望を持ちました。
でも報道通りに受け取ってはダメということなのでしょうか?
転移の有る無しを調べるのに全身CTとかPET-CTとか、どちらも放射線のことを考えると負担も大きいし、できたら線虫ちゃんに判定して欲しかったです。

「漢方」本の方はタイトルは「奇蹟」とありますが、患者体験記も亡くなられた方が多く、漢方で劇的にガンが消えた人は1人だけです(この1人はけっこう劇的)。その辺がサプリ本と違って信用できますし、具体的にも役立つ内容でした。
術後の体力回復にいくつかの漢方薬名が紹介されていること。呼吸器症状がある人には「人参養栄湯」がいいそう。
他にもがん患者のほとんどに「冷え」があること。
これは私も思い当たります。
足が冷えて寝付きが悪いこともありますし、肩やら腰やらが冷えで凝ったり痛んだり、年のせいと諦めていましたが、やはり「冷え」はよくないんですね。
といってココアとかショウガとか付け焼き刃な方法は意味がないそうで、しっかりお風呂で暖まること、運動で筋肉量を増やすこと、タンパク質を取ること、冷やす作用の食べ物と暖める食べ物を知り、できるだけ温野菜を取ること。
よくガン患者に勧められる大量ジュース療法だの玄米菜食は冷えを強くしてしまうからよくないそうです。


12月に入って、当初の予定通りの検診にも行きました。
血液検査と胸のレントゲン。
驚いた事に、肺の形は上半分が空洞なのかと思いきや、すでに残った中葉と下葉が膨らんでいて、元の位置まで肺があるのですね。意外とあっさり膨らむので意外でした。
咳はほとんど止んで来ていますが、やはり何かのきっかけで出るとしばらく続くので苦しいです。
しかしコデインは便秘薬を飲んでも効かない位、便秘の方がしんどいため、初めの1週間でやめたと言うと、Y先生もっと強力な便秘薬を出してくれようとするのでお断りしました。
そこでがん研有明病院の漢方医の本について話し、この病院では漢方のアプローチをしていないのか質問しました。
先生、漢方には興味無さそうでしたので、では今後再発を防ぐためにどうしたらよいのか?意見をお聞きしましたら、ちゃんと定期点検して、もし見つけたら、切れるもんはまた切ればよい的なお話でした。
う〜〜ん、根っからの外科医だなぁ。やっぱ刃物が似合うわ、Y先生(笑)

しかしY先生には本当に感謝しています。
手術前の注射針設置で迷走神経反射を起こしてしまうほど痛みに弱い私が、術後の傷の痛みがこれほど軽かったのも、先生の腕がよかったおかげだと思いますし、100%出ると言われた肋間神経痛がほとんど無いのは、Y先生のおかげなのは根拠がありました。
H子、その後も色々調べて、Y先生の最近の論文を見つけたそうです。
「肋間神経痛」を軽くするために神経をなるべく傷つけない術法について書いているとのこと。(私は理系苦手なので自分では読まずにH子から聞きました)
でも自分の手術が巧いとは全くほのめかさず、外科医は神経を傷つけないように手術するけれど、出る人は出るからあなたはラッキーだったんですよ、としか言わない辺り、凄腕ならではの謙虚さです。
それでも今から寒くなると起きるのかなぁと思っていたのですが、大体時間とともになくなるので、今まで出ないということは、もうそれほど心配しなくていいそうです。

反面この病院で気になったのは、私は抗がん剤をやらないため、担当の内科医の先生がいないことです。
正確には入院中、毎日顔を出してくれた(看護師さんに大人気の)若い先生がいましたが、退院後の検診には内科受診はありません。
漢方を試してみたいので、近所の専門薬局で買ってみて、良さそうなら保険の効く薬をY先生から出してもらうか、だれか内科医を紹介してもらおうと思います。
きっと内科医の方が少しは漢方に興味のある人もいるに違いない……と思うから。


そんなこんなで手術からちょうど1ヶ月経ちました。
そもそも発見につながった事故も、あと0.何秒違っても打った場所が胸ではなく、CTを取ることもなかったものです。
毎年の胸部レントゲンでは発見できない場所なので、この偶然だけでも、初めの病院の医師からも、がんセンターの医師たちからもラッキーですねと言われましたが、正直タバコも吸わないのに肺がんになるって、ラッキーと言われても…戸惑うばかりでした。
しかし偶然が重なり早期で発見され、腕のいい外科医の先生に手術してもらえたことを、今では素直に感謝しています。

他にもこじつけかもしれませんが、不思議なことがありました。
10月末入院が決まり、久しぶりに実家のお墓参りに夫と行ったのですが、まず駅からのタクシーの中に見たこともないきれいなチョウチョが紛れ込んでいて、コレクターなら捕まえちゃいそうだねといいながら、窓を開けてそっと外に逃がしました。
次にお墓でトイレに行こうとしたら、おおきな蜂がいて、おどろいて入るのを止めました。
帰りは私鉄の駅まで歩けると聞いて、新興住宅街を歩いていたら、びっくりするような大きな蛇が道ばたにとぐろを巻いていて、私は「ぎゃ〜」と叫んで逃げたのですが、夫は蛇の傍らに立ち「すっごい大きいなぁ〜」と見下ろしているので、早く逃げなと騒いで立ち去りました。帰り道「チョウチョに蜂に蛇!一体全体この住宅地は野生の王国か!」とさんざん笑いながら帰ってきました。
その話を友人Tにしたら、蝶と蜂は知らんが蛇は吉兆だとか。
山ならともかく、樹も生えていない住宅地で立て続けに生き物に出会ったのはちょっと不思議な体験でした。

宗教心のない私ですが、もしかしたら…と思うことがあります。
我が家の恥をさらすようですが、なんと我ら夫婦は義母の3回忌をぽっかり忘れてしまい、この夏「あ”〜!?」と気づいて、普通のお盆の時に「3回忌忘れちゃってごめんね」と謝っておきました。リカちゃんハウスみたいな仏壇を掃除して、両親の写真を並べ、提灯とお花とお菓子をお供えして、お経のCDかけてお盆兼自己流の3回忌ということにしました。親戚も遠方で義父母の兄弟も亡くなり交流も遠のいていたため、完全にぽっかりしていました。
忘れたことを思い出したのが8月のお盆。私の事故が9月に入ってすぐ。
これは「なにやっとんじゃーこのボケ〜!」というお義母さんからの知らせかも?とひそかに思っています。
次は義父の13回忌と義母の7回忌か…なんで世間の人はこういうものをちゃんと忘れずにいられるのか?私にはそっちの方が不思議だ。



退院後、仕事休みに交互に訪ねてくれて、散歩につきあってくれた友人たち。本当にありがとう。
色々言いましたが、もちろん夫にも(口には出さないけれど)深く感謝しています。
H子とは先週末ボージョレーヌーヴォーでご飯会をやり、それぞれの子どもたちも参加、普段は私も2〜3品持ち寄りますが、今回はH子1人で相変わらず「はやい」「うまい」「量が多い」ごちそうを7〜8品も作ってくれました。
こいつにも決して口には出しませんが、感謝しています。

なんだか大病して性格よくなった私…
この効力がいつまで続くのかは分かりませんが、食生活だけでなく、いろいろ改めるよい機会を与えられたと思うことにします。


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tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。