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ハゲタカスゴロクW杯

event
06 /27 2015
映画「ハゲタカ」が公開されたのは6年前の2009年6月6日のことでした。
この日(かどうか知らんが)1人の女性が主人公「鷲津政彦」に雷に打たれたように取り憑かれ、以降6年間衰えることなく、「ハゲタカ」と鷲津政彦に対する情熱を持ち続けています。
この女性とは友人K、学生時代の友人です。
彼女はロケ地巡りはもちろん、毎年2月19日に鷲津の誕生会を開いたり、制作者たちの講演会に参加したり、精力的に萌え人生を送っています。
彼女自身の無愛想、無口、マイペースながら、なぜか人が寄ってくる謎のキャラクターのせいもあり、ハゲタカ萌えな人々が自然と彼女の元に集い、6年間友情と萌え心をあたため続けているようです。
そしてこの度彼女が完成度の高いハゲタカスゴロクを作り上げ、土曜の昼から日本銀行にほど近い場所のとある会議室で「映画版ハゲタカスゴロクW杯」が開かれました。
で、鷲津政彦には全く惹かれない私も、恐いもの見たさもあり(失礼)、参加してみました。
おかしいのは色んな登場人物のコマや休み札があるのに、私以外全員鷲津のコマを使用。さすが鷲津だけ様々なコマが作られてる(笑)。まぁ鷲津好きの会だから当然ですね。そのくせなぜか重要人物の守山(高良健吾)のコマがない??

結論から言うと、いや〜おもしろかったぁ(笑)
普通、熱狂的ファンクラブに1人興味のない人間が放り込まれたら違和感ありそうなのに、なぜかしっくり馴染んでしまったのはなぜかしら?
それは一回り年上の趣味の違うおばさん(私)を排除することなく、適当にあしらってくれる程、彼女たちが十分大人なことが大きかったと思います。感謝感謝。

スゴロクも夜に移動したイタリアンもよかったけど、なんといっても6年間集まり続けているメンバーが個性的で、私以外はみなさんバリバリの仕事人間みたいだけど、私生活はそれぞれ違っても鷲津政彦が好き!という1点で集まっているところがいいですね。
残念ながら私はその肝心要の部分を共有できなくて、何度見ても大森南朋演じる鷲津がカッコ良く見えない。
だってずっと眉間にシワ寄せて、への字口の不機嫌顔なんだもん。
まあ、ヘラヘラ笑ってるとバカに見えるから、一応「経済強い=頭良さそう」に見えなくちゃいかんから分かるけどね。
映画の中で中国の赤いハゲタカとして鷲津のライバルになる玉山鉄二演じる劉一華は不憫でよござんした。おかげでKから不憫萌えという訳の分からないレッテルを貼られちゃったけど。
でもいいなぁ。
6年間、こんなに夢中になれるものがあるって、心底羨ましいさ。
「萌え」は大切だよね、確かに。

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駆け込み女と駆け出し男

cinema
06 /19 2015
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今、ヒット中の井上ひさし原作、「駆け込み女と駆け出し男」を友人Tと見ました。
日本映画、それも時代物、私にとって最も映画館には行かないジャンルの映画ですが、面白かったです。

妾のお吟さんは満島ひかりでは年齢若すぎとか、戸田恵梨香では細すぎて、もっと逞しい女優さんの方が…とか、全体に女優はもうひと世代上の方がリアリティはありそうとか、いちゃもんつけようと思えば色々あります。
でも映画はエンタメだし、たとえばお吟さんは松雪泰子なんかだとあだっぽくてぴったりですが、もっと年上の女優さんたちが演じると、この爽やかな活劇感は出ないかもしれません。
一応戸田恵梨香と大泉洋が主人公格ですが、群像劇で、それぞれに問題を背負った女性たちの物語。
それを見守る東慶寺に入る前のチェック宿?の人々が狂言回し。
四季折々の風景がとても美しく、今の東慶寺ではないでしょうから、どこで撮ったんだろう?
旅に行きたくなりました。

一人一人の物語は深刻で陰々滅々になりそうな愛憎劇があるのでしょうが、そこを深入りせず、美しい風景を背景にサラリと描いて、駆け込む場所と助け合う人々のいる大切さを描いています。
意外とこれは現代人にも必要なのかもしれないと映画を見た人々は感じると思います。

現実的な話ではもちろん現代もDV夫とかいる訳だし、駆け込み寺はあるのでしょうが、自然とか植物ってシェルターには大事かもとこの映画をみて思いました。
ダッシュ村みたいに住所を秘密にしたシェルター農園ってはあるのでしょうか?
ガーデニングに興味は無いのですが、時々しかたなく庭の手入れをするのですが、なぜか妙に気持ちが落ち着きます。
土いじりにはそういう効果があるのかなぁ〜とフト思った次第です。

大英博物館展

exhibition
06 /18 2015
最近、古い友人たちと連絡をとりあう事が頻繁になった。
人生後半に入り、子持ちは子離れする時期、老後の心配にはまだ早いものの、親の介護が話題になったりする年齢のせいかもしれない。
そんな友人の1人、Dちゃん。
彼女は結婚後、外国や九州が長く、久しぶりに東京に帰ってきたことからの出会いとなったが、若い時の友人というのは、つい1週間ぶりみたいに話せるもんである。
もちろんお互いにシワや体重は増えても、性格が変わってないこともある。
彼女は夫の転勤先でもずっと仕事を続け、今も早速東京で働いている。
私もパートで同じ仕事に付いていたので、その辺りも共通の話題があるから違和感がないのかもしれない。

でDちゃんのお誘いで「大英博物館展」
行きの電車の中、スマホで急遽お勉強。
この手のものは歴史を知らないとこういうのは全然おもろくないもんね。

最近の美術館や博物館で感心するのは「企画力」と「見せ方」
昔よりも断然面白く見せる工夫が感じられる。
私のような歴史音痴は年代順に大量に並んでいると却ってなんも頭に残らないものだが、700万点もの収蔵品からたった100点に絞ったことがまず(私みたいな人間には)よかったです。
大きく仕切った年代順の中、各テーマ毎に、今から入る部屋の展示物の時代的流れと解説が各入り口にあり、部屋の最後には世界地図でその年代の各地の遺跡を確認できる。
各部屋の展示物はせいぜい10〜20個のため、この実物を挟んでの説明により、頭の中で整理ができるし、テーマも把握しやすい。

100点の中で印象に残ったものは…
日本での企画だからか、柿右衛門の陶器の美しさが印象的。
他にはウルのスタンダードって、名前からは何やらさっぱり分からない横50cm×高さ20cm×幅10cm位の四角い箱?
スタンダードは「旗」という意味らしいのですが、メソポタミア文明の古代都市ウルの王墓から出土。
貝とラピスラズリで片面には宴会?の様子、反対側には戦争が描かれている。
何に使うのか、用途は不明らしいが、とっても美しい。
他にはラムセス2世とか、アウグストゥス帝とか、さまざまな王の像があるが、それらは民の支配のためのイメージ戦略に使われたという解説に、今も昔も人間のやることって、変わらないんだなぁ〜と感心してしまった。

最後の展示の後、いくつかの候補の中から101点目を選ぶようになっている。
私はスマホかパソコンか迷ったが、パソコンにしました。

上野でランチをしてから、都心に住むDちゃんのお宅へお邪魔しました。
友だちの家に行くといつも思うけど、人様の家はなんでこんなに片付いているのか?
それに比べて、我が家はなんでこんなにとっ散らかっているのか?
猛反省。



羆嵐  吉村昭

book
06 /14 2015
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吉村明の作品は小説ではあるが、実話を綿密に取材した記録小説のため、淡々と冷静な描写が特徴で、だからこそ事実の凄まじさがより一層迫力をもつ(と思います)。
この作品は日本獣害史上最大の惨事、北海道天塩山麓の開拓村で、一頭の羆(ひぐま)により村民6名が殺害された大正時代の実話である。
前半、へたなスプラッターよりずっと怖い。
後半は恐ろしい羆に遭遇した極寒の北海道開拓民たちが、どのように戦ったかの、詳細な記録である。
といっても後半は恐くない訳ではなく、ちょっと恐さの質が変わる。
クマにおびえる集団の心理、初め意気揚々と助っ人に現れた200人もの人々が、アッという間に怯えてしまい、パニックに陥る姿が恐い。
この恐いものに恐がる恐さ(?)の描写はドキドキだし、人々の気持ちも分かる。

結論言ってしまうと、羆をやっつけたのは、1人の嫌われ者の酔っぱらいのクマ撃ちである。
名を銀四郎といい、50代、白髪まじりで背が高く痩せている。
この銀四郎、私の脳内映像では「田中 泯」が演じていた。かっこ良すぎ?
200名もの警察隊と近隣の男衆に見切りを付け、自分の有り金をはたいて警察に黙って田中泯を雇う区長さんが偉い。
この物語の中の一番の功労者はこの区長さんである。
集団が困難に打ち当たった時のリーダー、かくあるべしって感じね。

そして戦争と同じ(物騒な例えで自分でも厭だけど)、最新の武器より、兵隊の人数より、敵を知る事。
これが戦いでは一番肝心であることをこの銀四郎が教えてくれます。
この銀四郎、現れたとたん、さすが羆に詳しい。
いろいろ調べてクマの行動を解説するけれど、クマがなぜ初めに襲った親子の子どもの死体には目もくれなかったか、その答えが思わず「ぎゃ〜」と叫びそうになるほど怖かった〜ひえ〜。

ところでこの本を読むと、北海道の開拓民って極寒の中、草で作った家で窓にはガラス窓など無くて、ムシロが掛かっているだけ。それじゃあ、外と温度と変らんじゃん!そんな環境で人間って生きられるのか!?
と思うような環境で荒れ野を開拓し、子どもを産み育て、生活を築いてきた歴史が分かり、羆の迫力以上に胸に迫ります。









火花 又吉直樹

book
06 /10 2015
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今ベストセラーの又吉の「火花」
友人Tが買ったというので、早速回し読み。
読み始めて、あれっこれは事件が起きないタイプだなぁ〜と思ったら、やっぱりそうだった。
どんどん事が起きて、話がどんどん加速する池井戸潤とか奥田英朗とかと違う、直木賞でなく芥川賞の小説。
純文学です。
どこか保坂和志を思わせる、癖になるダラダラ感の味わいもある。(ほめてんだか、けなしてんだか)
お笑い芸人として漫才やってるところはあまり見たことがなくて、又吉というと「オイコノミア」でしか知らないけれど、この又吉のイメージ通りの作品です。

2人の駆け出しお笑い芸人のやり取りがほとんどの中身だが、漫才ネタで笑わしてくれるのを期待すると肩すかしにあう。劇団ひとりの小説のような巧さもなくて、ひたすら真剣に「笑いの哲学」を追求している若者たちの話。「笑い」について考えるオタクな2人の物語である。
だから全然笑えないのであるが、純粋にお笑いを追求し、考える(考え過ぎる?)若者の姿が、なんだかいいんだわよ。
そう、だから私の感想は久しぶりにとても純粋な青春小節を読んだ気分です。

PS 又吉「太宰治好き」関連記事→中村文則「あなたが消えた夜に」

ジェームス・ブラウン~最高の魂(ソウル)を持つ男~

cinema
06 /03 2015
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音楽に興味がないといいながら、「セッション」につづき音楽映画です。
もちろん絶対音感のある女、友人Tと一緒に見ました。
ストーンズやマイケル・ジャクソンにも大きな影響を与えたと言われるファンクの帝王ジェームス・ブラウンの伝記映画。
JBといえば、日本のCMにも出て「ゲロッパ」と歌ってたイメージや、ハデハデの衣装と動きで、もはや自分でジェームス・ブラウンのパロディをしてるイメージを持っていましたが、この映画を見て驚いたのはプロデューサーとしての能力の高さと、バンドにうんざりされるほどの練習量。
生まれつき音楽のずば抜けた能力を持っているJBですが、
そのリズムやシャウトはありのままの自然体で発揮されたものではなく、どこまでも自分をエンタティナーとして「見せる」モノに作り上げ完成していったように思えます。その姿勢はマイケル・ジャクソンに似ている気もしました。
しかしマイケルと違い、繊細さには縁遠いむちゃくちゃかつ強引な人で、バンドメンバーや長年の友バードにも見捨てられます。(しかしラストでバードにラブソングを送り、修復を願う辺り、どこまでも憎めない人です)
映画では2度結婚していましたが、実際は4回、それも亡くなった時は4度目も破綻していたそうです。

しかしこの映画のすばらしいところはやはりJBの音楽でしょう。
人間ドラマとしての映画とコンサートフィルムを見たような充実感。
ほとんどはJB自身の声でコンサートシーンを撮ったらしいですが、リズム感0の私も思わず踊りたくなるほどにファンキーです。
ドラマは子ども時代、バードと出会う若者時代、ミュージシャンとして上り詰める時代、音楽低迷時代、復活した晩年、と入れ替わり立ち替わりシーンがぱっと切り替わります。
その編集も含めてリズミカルでほんとうに楽しい映画ですが、もしかしたら映画を見慣れていない人には切り替えが多くて混乱するかな?でも編集賞あげたいくらい、それも含めてファンクなすばらしい映画です。
(ところでファンクってなんだべ?と自分で書いといて説明できず、ちょっと調べてみたら『もっとも狭い意味での「ファンクとは何か?」を定義するなら、それは「ジェイムズ・ブラウンのやっていた音楽」に他ならない。http://dic.nicovideo.jp/a/ファンク』だそうです(笑))
なるほど、ビートを刻むという意味で細かくシーンを重ねた作りの映画になっているのですね。納得

tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。