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兄弟

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02 /06 2021
皆さんは兄弟がいますか?
兄弟は結婚してそれぞれの家庭を築いた時点で、普段はあまり会わなくなります。
しかしこの数年、実家の両親の介護で姉とは頻繁に会うようになりました。
さらにここにきて、空き家になっている実家の処分をどうするかで、今まで介護には姿を見せなかった兄とも会うようになりました。
兄はオラオラ系プラスサイコパス野郎なためいろいろ言いましたが、実家の片付けとなると、びっくりするほど怪力なため、大きなタンスや棚も一人で担いでしまうのでとても助かりました。肉体労働でもないのに、なんでこんなに怪力なんだ?と呆れつつ、そういえば子供の頃から、瓶のフタが堅くて開かないと、みんな兄に開けてもらってたことを思い出したり、実家に残っていた古いアルバムを見て笑いあったり、最初のうちはなごやかでした。
が、しかし、先日ZOOMで3人で色々話し合ってるうちに、始まりました。罵り合いが…、改めて我が家の兄弟ゲンカの派手さを思い出しました。そしてしみじみZOOMでよかったぁ〜と思いました。だってこのコロナ禍、ツバ飛びまくりだもん(笑)
両親とも年齢高すぎて認知が入ってるため、後見人申請をするか否かで話し合ってたのですが、3人兄弟のうち、金銭管理能力のあるのは姉だけ。ものすごくドケチでガメツイため、まあ親の通帳預けても心配はいりません。財布の紐が固すぎて、父の好きなお酒をいつもホームに届けますが、一番安いパック酒を買うので、残り少ない人生美味しいお酒を飲ませてあげればいいのにドケチ!?と思うくらい。
反して兄は派手好きで経済観念がない。こいつはヤバいから絶対後見人にはしたくないし、本人もやる気がなかったのですが、専門家に相談したら、名義の問題や色々あって、姉では難しいので長男にしなさいとアドバイスされたのです。
しかしそうなると姉としては納得できず、兄は今まで何も介護してないこともあり、Zoomで大ゲンカ。
まあどっちもどっちで、私から見ると姉は驚くほど自分が関心のあること以外、頭の回らない人。非常にアスペルガー的なところがあります。だから普段は頭が良くて仕事ができることになってるはずなのに、仕事を離れると、ラインの文章も何が言いたいのか?読み取るのが大変なほどとっ散らかっています。長年ゴミ屋敷の住民で、化粧っけゼロで、向こうから歩いてくる姉をホームレスと間違えたこともあります。
反して兄はブランド好きで贅沢好きで美人好き。人たらしなサイコパス野郎。彼の名誉のために付け加えておくと(自分が欲しいものに対しては)大変な努力家で、働き者でもあります。
そんなヤバい姉と兄の下で唯一繊細でまともな小市民やっている私は、とっても大変なんです。
そこで、年上の姉と兄に向かって『お前らさぁ〜!!アスペ〇〇とサイコ〇〇なんだから、これじゃ話し合いにならないじゃん!』と怒鳴っておきました。(すみません普段はこんな言葉使いはしませんが、彼らといると限りなく言葉がキツくなります)
午後から始めたzoomケンカ(いえ、話し合い)、戦い済んで外を見たら、もう夕暮れでした。
そこへちょうど兄の前妻Yちゃんからラインが。
内容はホームにいる両親にお菓子送ろうと思うけど、まだ普通のもの食べられる?という内容。彼女は兄と別れた後も、私の両親を慕ってくれて(特に超KYでマイペースな父のことが大好き)父の好きなお酒を送ってくれたり、色々気を使ってくれます。連絡は私しかしてないのですが、Yちゃんが何か送ってくれるたび、姉にも連絡は入れてます。
しばらくして2階で仕事していた娘が降りてきて、「さっきの大声なんだったの?」と聞くので、何があったか簡単に話し、「でもYちゃんからのラインで癒されたわ〜」というと、クールな娘「Yおばちゃんも相当の変人なのに、そのYおばちゃんのラインで癒されるとは?かなり疲れてるね」だって。
確かにYちゃん、決して癒し系ではなく、どちらかというとエキセントリックなアーティストタイプ。そのYちゃんに癒されるほど、このヘンテコな兄弟たちに疲れてたようです。
兄弟は他人の始まりって言うけれど、他人ならもっと簡単です。
兄弟だから遠慮がなさすぎる。世間の兄弟ってみんなこんな感じなのかしら?

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チェコ旅行

未分類
07 /07 2019
映画『アマデウス』とその監督ミロス・フォアマン。
その共通点はチェコ。
「アマデウス」はモーツァルトの才能を誰よりも理解し、同時に激しい嫉妬を燃やす宮廷楽長サリエリの物語。舞台は18世紀後半のオーストリア、ウィーンですが、ロケ地は中世の面影が強く残るチェコ、プラハが中心だそうです。そして監督のミロス・フォアマンはチェコ出身(当時はチェコスロバキア)なんですね。今回初めて知りました。
他にもチェコを舞台にした映画といえば、必ず名前があがるのが「ミッションインポッシブル1」出てくる橋はプラハ城からヴルタヴァ(モルダウ)川にかかるカレル橋。
「アマデウス」と「MI1」、超久しぶりに見てみたいと思います。
他にも1996年アカデミー外国語映画賞を取ったチェコ映画「コーリャ 愛のプラハ」(ヤン・スヴェラーク監督)も見てみたい。

友人Mさんとチェコ旅行に行ってきました。
昨年インド旅行で生まれて初めて"ツアー"というものを経験した私は、航空券も宿も取ってくれて、効率よく観光名所をガイド付きで巡ってくれ、食事もほとんど付く。なんて楽チン♪とすっかり感激したのですが、今回ツアーの難点にも気づかされました。お腹いっぱいなのにドド〜ンと肉の塊が乗った大皿出されても、ほとんど残してしまいお店の人に申し訳なかった。他にも集合時間2〜3分過ぎにバスに戻ったら、我々以外全員揃っててびっくり!?これもツアーの難点か?いえいえ単に遅れた我々が悪いのか…?
Mさんも私も目についたものの方にフラフラ行っちゃう性格のため、一度は彼女がなかなか帰ってこないため、さすがの私も方向音痴の彼女がどこかで迷ってしまったのか?と心配しました。
自由時間も2日ほどありましたが、次に行くときは、もっと自由にしてくれるツアーを探したいと思います。

ヨーロッパ35年ぶりの私と、初めてのMさん。
二人とも直前まで夏風邪をこじらせ、これはドタキャンか?という体調で無理やり出発。
しかし意外にも行きの12時間はいたって元気で疲れ知らず。しかしその後ベルギーで乗り継ぎ5時間待ち。ちょうど日本時間の真夜中のため、ここが一番辛かった。格安航空に乗り継ぎプラハ着は夜中だったためバタンキュ〜。おかげで時差ボケ知らずなのは幸いでしたが。
初日ガイド付きでプラハ城を見学した後、すぐに解散。方向音痴の我々、旅慣れた風情の一人参加のおばさまに声をかけ、我々の行きたい場所を連れ回してしまった。70才位の方ですが方向感覚がよくて、私はグーグルマップ見ても混乱するのに、彼女に見せると初めての街も「きっとこっちよ」とずんずん歩いてくださるため目的を果たしました。
後から「すみません、他に見たい場所があったのでは?」と聞くと「いいのいいの、出会いもまた旅の楽しみ」と。一人参加の人ってフレキシブルな性格の人が多いなぁ、と感心しました。

そもそもなぜチェコか?
Mさんとどこか旅行したいね〜という話になり、彼女は絵が好きでイタリアのとある街に行きたいものの、そこがマイナーすぎてツアーにはない。とはいえヨーロッパ初めての彼女、まずはツアーでどこか行きたい。私の方はクロアチアに興味があったのですが、すごい人気で随分先まで満員。
少しでも安い6月にしたかったので急遽チェコにしたという、ブータンが催行不可で急遽インドに変更した昨年と同じで、行き当たりばったりの選択です。何カ国も廻るのは嫌で、1か国だけを周遊するツアーでたまたま目についたのがチェコだったというだけ。
Mさんとは義理の両親が亡くなり自分の親が施設に入って落ち着いてる今が遊ぶチャンスという点が共通してます。Mさんは結婚以来初めての海外旅行。私も昨年のインドが20数年ぶり。パート仲間で、彼女は同じ職場でまだ働いているため職場のバラマキ用お土産に頭を悩ませていました。そんな安いお土産もらっても仕方ないから、みやげ話だけでいいんじゃない?と私が言うと、そこは真面目な彼女、シフト代わってもらったのにそうはいかない!とせっせとチェコのスーパー巡りをしていました。

特段の思い入れのない目で観たチェコの感想は「超ベリーグッド」でございました。
道路事情よし、治安よし、人々優しい、トイレきれい(これ大きい)、物価も安め、そして石投げたら世界遺産に当たるんじゃないか(大げさ)というくらい、どこ切り取っても中世の街並み。いやはや城と教会多すぎて、途中からどこかなんだか分からなくなりました。ガイドさんの話では二度の世界大戦を通じて、一度しか爆撃を受けてないそうです。それだけ当時のこの地域が政治的軍事的に重要じゃない田舎町だったってことでしょう。何が幸いするか分かりません。

チェコは一人当たりのビール消費量が世界一で、ビールが水より安いんです!
街のレストランで安いと20コルナ(チェコはEU加盟国ですが、まだ自国通貨コルナを使ってます)=約100円♫
一流ホテルのレストランでも3~50コルナ=150~250円位。
当初、体調の悪い我々、ビールは舐める程度にしようね、と言ってたはずなのに、行きの飛行機ですでにワインお代わりしているMさん。私も湿度の低いヨーロッパに着いた途端、体調が良くなり、後は昼夜毎食グビグビ飲ませていただきました。モーゼルワインという地場産ワインも美味しく、ビールもワインもアルコール濃度低めのためか、さっぱりと飲めて食事も進みます。
チェコは内陸の酪農国、ハム、ソーセージ、チーズ類とパンは美味しいものの、料理といえば、肉を茹でたり煮たりして横にドド〜んとマッシュポテトとザワークラウト(キャベツ)。淡水魚の養殖も古くからされてるそうで魚料理も多かったものの毎度ムニエル。モチモチっとした蒸しパンみたいな名物クネドリーキは美味しかったですが、インドの複雑スパイス料理と比べて、ドイツ系単純素朴な味わい。
という訳で、個人的にはインドVSチェコ、”食事対決”は圧倒的に”インドの勝利”です。

でもね、道を渡ろうとすると多くの車が止まってくれる。一度もクラクションの音を聞かない。観光名所のチケット売りのお姉ちゃんも優しい。トラム(路面電車)で降りる駅分からなくなっても、横にいるお兄ちゃんが助けてくれた。チェコ人、それほど愛想はないけれど親切で温厚な印象を受けました(あくまで短期間の旅行の感想です)。
1968年プラハの春で民主化運動が盛り上がったものの、ソ連が戦車で乗り込んできて社会主義政権になり、'89年ビロード革命という無血革命により民主化したそうです。スロバキアとの分離も平和的だったそうです。
さらに遡った16〜9世紀、ドイツ支配によりチェコ語を禁止されていた時期にも人形劇でチェコ語を存続させたという、我慢強くしぶとい国民性なのかもしれません。
チェコ人と結婚している若い日本人女性ガイド。8年暮らしてもチェコ語は片言だそうで、世界トップクラスで難しい言語なんだとか。「ありがとう」くらい旅行者でも言いたいところだけど、チェコ人の子供でも「ありがとう」を正確に発音できるようになるのに5〜6年かかるって、どんだけ〜?(笑)

社会主義時代一番良かったことは、古い建物を壊さなかったことと何度か聞きました。
確かに13〜4世紀全盛期だった頃の街並みをこんなに残している国はそうないでしょう。まさに「遺産」の美しい街並み。規制も厳しくて、どこの街も街中には観光バスは入れないため、市外の駐車場から石畳の道を歩かなくてはなりません。その間、小型車でホテルにスーツケースを届けてくれるのが助かりました。この石畳でスーツケース引いて歩くのは至難の技。石畳ってもっと平べったいものを想像していましたが、10cm四方のゴツゴツした凸凹のもの。薄いスニーカーでは足の裏が痛くなりました。もしヒールだったら足首捻挫してたわ。
中世の古い建物を普通にホテルやレストランとして使っているものの、例えば外壁のフラスコ画等の修復方もきっちり法律で決まっているそうで、元の画像が分からないケースでは、剥げかけたまま修復に手をつけられないものも多いそう。客商売だし、それらしく修復する方が簡単なんでしょうけれど、古いものの保存に対する頑固な姿勢を感じます。
さらに観光客は常にパスポートばかりか(観光で来て居つかれないように)帰りのEチケットも携帯しなくてはならない等、難民問題にも神経使っているらしく、黒人やイスラム系の人をほとんど見ませんでした。

西側のボヘミア地方に対し、東側のモラビア地方。一面の草原が延々続き、ところどころ現れる白と赤の一面のケシの花。人口密度低そう。立派な街並みと世界遺産の城のある街も人口1万人程度の都市が多い。総人口は1千2百万人ほど。
走っている車はドイツ車も多いですが、一番多いのは「SKODAショコダ」と言う国産車。元は機関銃会社で、日本も日露戦争時使ったとか。工場製品、酪農品、そしてビールにガラス産業。日本のビール会社との提携話もあるそうですが、日本のビールは麦とホップ以外のものも使っているため、なかなか妥協できないらしい。
チェコ、スーパーには日本と遜色なくなんでもあるし、地方に行っても貧しい印象は受けませんでしたが、ガイドさんの話だとEUに加盟したものの、地方ではまだまだ給与水準が低いそうです(地方で平均10万程度)。そのため遠出の旅行は一般的でない代わりに、みなさん近場に別荘を持っているそうで、週末ごとにそこで野菜や花を作る人が多いとか。その日本人ガイドさんも最近小屋付きの庭を買ったそう。100~300坪が普通だそうで、それは狭い家に住み、安いツアー旅行行くよりよほど贅沢に思えました。

東のモラビア地方のいくつかの都市を周り、その後南ボヘミア州を周り、モルダウ川上流のチェスキークルムロフというメルヘンな街で「バラ祭り」を見ました。京都の葵祭みたいな感じ?中世のファッションで練り歩き、街のあちこちで中世の音楽を演奏していました。観光客の半数はアジア、中国系のようで、最終日プラハに戻ってきたら、ここも平日なのにものすごい人出。中国語が飛び交っています。日本からは直行便がないのですが、中国からは1日4便あるとか?他のアジア人旅行者は若い人が多く、日本人は学生がまだ夏休み前のためか熟年が多いです。
チェコって古くて落ち着いた街だし、夜出歩いても治安いいし、(24時間交通機関が動いているため)朝の4時起きでカレル橋に朝日を見にいった熟年ご夫婦もいました。スリと石畳に注意すれば、熟年におすすめの国と思います。
一番行きたかったチェコボタンやビーズ屋さんには行く時間がなかったのが心残り。なので『I'll be back! Czech 』という気持ちです。
(一緒に行った友人はこのブログの存在を知らないためブログにしないつもりでしたが、スマホの写真を見てたら、せっかくなので記録しておこうと記事にしました)

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奥に見えるのがプラハ城。ここはカレル橋を挟んで対岸にあるクレメンティヌム天文塔から撮影
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同じく天文塔から。天文塔は急階段を延々登る。それなりにキツイ
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こちらは最終日。再度のプラハ、旧市庁舎の時計塔から。黒いツイン塔は聖ティーン教会

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プラハ城、聖ヴィート大聖堂内。最初の設立14Cから拡大修復と現在の形に完成したのは20C前半
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チェコ で有名聖人No1ヤン・ネポムツキーさん。プラハ城、衛兵は容姿重視で選ばれるとか?
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2枚ともストラホフ修道院の図書館。「世界でもっとも美しい図書館」と称されている。ここにはすんなり辿り着けたものの、この後、中心街に出て散策、その後ホテルに帰ろうとして地下鉄を反対側に乗ってしまう(笑)

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フルボカ城内部は写真撮影禁止のため、パンフから転用。空白恐怖症か?というくらい、全ての部屋が壁紙天井家具まで余白というものが全くない内装。目がチカチカ、こんなとこ住んでたら頭おかしくなりそう
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ピルゼンのビール工場。米のバドワイザーと商標争いを何十年も争っているとか。濾過前のビールをタンクから注いで飲ませてくれましたが苦〜い!
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プラハ南東クトナーホラにある聖バルバラ教会。キラキラしてて天使が飛んでたらゴシック様式?
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セドレツ納骨堂、人骨で内装。人々はここに埋葬されるのを切望したそう、あっけらかんとした印象
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モラヴィア地方はずっとこんな草原が続く。一度草原の向こうにきれいな虹が出た
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明るいルネサンス様式のリトミシュル城、フルボカ城と違ってここなら住めそう

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チェスキークルムロフ、薔薇祭りは中世のコスプレ行列
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チェコの人気キャラ、モグラのクルテクとシロクマ(キャラ?動物園の人気者?)チェコ はトリム、地下鉄、お店とどこでも犬連れOKのよう。個人的に一番可愛かったジャックラッセル10ヶ月の男の仔

回った街・・・プラハ、フルボカ、プルゼニュ、クトラー・ホラ、クロムニェジーシュ、ブルノ、リトミシュル、オロモウツ、テルチ、チェスキークロムロフ


あけましておめでとうございます🎍

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01 /03 2019
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あけましておめでとうございます。
本日は1月3日です。
お正月三が日、雲ひとつない晴天。風もなくて穏やかなお正月らしいお天気です。
おせちを並べ、お屠蘇をいただく元日の朝、お正月の挨拶をしたとき、夫が「今年の我が家の目標は医療費の削減」と言いました(笑)
確かに、夫は眼科と歯科の常連、限りなくシロですが100%シロとは言ってもらえない肺の影の検診、さらに健診で引っかかり昨年から循環器科通いが始まりました。
私は肺がんの検診以外は、時折ドライアイのため目医者さんに行くくらいですが、ちょっとガーデニングをやりすぎると手首が痛くなったり、そこで湿布もらいに整形行けばMRIまで撮られちゃうわで、なかなかお医者さんと縁が切れません。
そういえば漢方はここしばらく行ってませんが、やはり冷えの辛いこの季節、また復活しようか…ちょっと遠いし、先生苦手だし(子どもか!)めんどくさいなぁ。
「医療費の削減」と言っても、これから年を取るのだから、ますますお医者さんと縁ができるのが普通でしょう。
でも年の始め、そのくらいの心意気でちょうどいいかもしれません。

穏やかな晴天のように、のんびりまったりしたお正月を過ごしたいところですが、今年は実家が使えない事情があり、大晦日から姉親子が我が家で過ごしています。さらに元日、ホームから一時帰宅して両親が我が家にやってきましたが、予想通り大変でした。
お正月早々グチになりますが、なかなか”ふ〜”なお正月でした。
夫は何も言いませんが、私の身内のけたたましさに内心げんなりしているかと思いきや、お酒さえ潤沢にあれば文句はないらしく、こういうところが夫と私の姉はよく似ています。具体的に「お腹空いた」とか「お酒が足りない」とかがあれば元気がなくなるのですが、あまりメンタルが繊細にできていないらしく、基本悩まない人々です。こういう人たちに限って、受験とか仕事とか得意なんです。世の中って雑なヤツに有利にできてるんじゃなかろうか!?と常々密かに思ってます。
そこいくと、私は人間がとても繊細にできていますので、なんか普段見ないけたたましいTVとか、両親が「ホームはもう飽きたから家に帰る」と言い出し、何度説得しても延々同じ話を繰り返すのに疲れてしまうのです。おまけに2人合わせて180才超えのこの夫婦、突然ケンカを始め、新年早々我が家は修羅場と化しました( ̄ー ̄;
父は気が長く温厚な人だったのですが、90才を超えてから怒りっぽくなっています。おそらく感情の制御機能が劣化してると思われます…
昨夜みんなが帰り、ようやく静かなお正月になりました。
子どもらも友人たちと出かけ、夫は囲碁や将棋番組を見るらしいので、私はトンちゃんとお散歩がてら初詣に行こうっと。
では皆さま、今年もよろしくお願いいたします。

baba.png母88才、トンちゃんをずっと拉致してます
tonzabuton.pngトンちゃん座布団カバーの中にもぐって避難








インド旅行

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11 /04 2018
分類に「旅行記」を加える予定はないので、ざっくり簡単に備忘録。
インド旅行に行って来ました。
この年で、生まれて初めてのツアー旅行。一人参加です。
40年以上前の高校の修学旅行でさえ現地集合現地解散といういい加減な学校だったため、ツアー旅行は私にとってハードルが高かったのです!心配は杞憂で一人参加の人も多く、みなさんやたら旅慣れてる人ばかり。ツアーってもっと手取り足取りだと思っていた私は、メンバーと顔合わせもせず、いきなり添乗員にじゃあデリーで再会しましょう!と言われ、もちろん席はバラバラ。デリーに着いたら、両替して来てと当然のように言われ、両替所の人が何か言ってるけど聞き取れず、近くにいた日本人が助けてくれました。出国手続きすら忘れてる私にはこの「飛行機に乗る」というのが実は一番ハードル高かったヨ(汗)

王道のインド観光地をすっ飛ばして、北東部のマイナー地域に行きました。
なぜってこの夏を思えばわざわざ暑い場所に行きたくなかったし、ヨーロッパやメジャーどころは友人と行った方が楽しそうなので、宣伝文句の『ダージリン高原で紅茶を飲み、日の出を浴びる世界第3位の高峰カンチェンジュンガを眺め、ヘリテージ(遺産)ホテルに泊まる』という優雅なイメージに騙されたため(笑)
旅慣れた参加者も添乗員の兄ちゃんに「プラス未舗装山道連日長時間ドライブ」を書き加えんかい!と文句言ってました。
インド北東部はヒマラヤ山系からの山岳地帯のため、断がい絶壁のヘアピンカーブを延々走る走る!最初のうちに大いにビビっていた私ですが、すぐに開き直りました。
観光地の話は興味のある方はガイドブック見てもらって、極私的インドの感想。

まずデリーの大気汚染。ここは誇張抜きで「ガス室」です!毎日晴れのはずなのに、10M先も霞む凄まじいスモッグ。全く太陽は見えない。肺がん患者は長く居てはいけません。

次にインドの交通事情。というか運転
訪れたシッキム州と西ベンガル州北部は山岳地帯なこともあり、道が狭くて傾斜がきついのに、どんなガードレールがない崖道でも譲り合いという概念はないようで、お互い狭〜い崖道に突っ込んでくるので毎回冷や汗。でも恐るべきインド人の運転技術。乗っていたトヨタ車がギリギリに見える道幅をあ〜ら不思議一番やばそうな場所で、ちゃんとすれ違います。コンクリートミキサー車やダンプーカーだってガンガン通ります。こんな山なんだから、まずはいい道路作って、もっとまとまって住んだらと思うけれど、山中にこんな道が張り巡らされ、どんな断崖絶壁にもバラバラと家が建ってます。
デリーはもちろん、街では車はあらゆる場所で常にクラクションを鳴らしながら走ってます。こうなるとクラクションの意味ないと思うよ。

そしてトイレ
インドに住んでいた人も、今回一番やばかった、と言ってましたが、それは覚悟の上だったのであまり気になりませんでした。
確かにバグドクラなんて空港なのにトイレぶっ壊れてて座れず、スクワット方式で足腰強くないと用もたせないのか?って思いましたけど。でもインドは和式方式も多く、洋式より汚くてもノープロブレム。
もちろんこの環境でお腹壊したら辛いな〜と心配しましたが、お腹壊すどころか、インドの食事は私にとてもあっていたようで、快食快便、これほど快腸なことは普段でもないほど!

次に旅の楽しみに欠かせない食事
朝からカレー、全然OKなくらい美味しかった〜♪
インドって南に行くと魚介類も多いらしいですが、北部は肉はチキンくらい。ともかく朝から毎食豆が出ます。ベジタリアンが多いそうで、すごくコクがあるのに肉っ気はなし。野菜だけでこんなに美味しいとは!?かなり癖のある納豆?もいけるし、モッツアレラチーズに似ている豆腐みたいなカレーも超うまい!
普段甘い紅茶コーヒーは飲みませんが、夜の街中や日の出見物で寒い中、ポットを抱えた売り子から買った甘くて暖かい飲み物は染み渡る美味しさ。フルーツもみんな美味しいけれど、路上でカットして売っているものはお腹壊すと言われてましたので、露天でちゃんとまるごとのパインを買って、目の前でカットしてもらいます。そのままで十分美味しいのに、向こうの人は何やら臭い粉をふりかけて食べてます。スイカに塩の感覚らしいので、真似してかけてもらったけど変な味。そのままの方が断然美味しい。
ともかく何を食べてもうまいぞ!インド!と思ってましたが、旅慣れたツアーメンバーは皆さん、意外にもレトルトおかゆや味噌汁を持って来てるとか。私は若い頃、一ヶ月ほどスペイン、ドイツをうろついたときも、一度も和食が恋しいとは思わなかったので、人間はともかく、胃袋は寛容な人間のようです。

あとはバザール。言葉が通じて方向音痴でなければ、もっともっとウロつきたかったけど、案の定一人で日が暮れた(街灯なくてホテルへの道が真っ暗で怖かった)道をホテルに戻ろうとしたらちょっと迷ってしまい、もう不安でいっぱい。明るい時間でも添乗員の兄ちゃんから危ない奴と思われていたのか、すぐに私のところへやって来てへばり付いてくれることが多かった(笑)
カシミアやシルクのショールを買いましたが、そもそも値段があってないような世界らしい?
最初3900ルピーと言われたものを2000ルピーに負けてもらって買ったら、帰りのデリーの空港内で全く同じものが4000ルピーで売ってたので一瞬いい買い物したと喜びましたが、そもそも空港内は街中の何倍もの値段なんだそうです。
バザールはもっとゆっくり何日でも通いたかったなぁ。
ほんと迷宮で方向が分からなくなるけれど、得体のしれないものがいっぱい売ってて、見ているだけで楽しい♪
スパイス屋さんで、インド人が買うのを真似して、おじさんが適当に手づかみでブレンドしてくれるものを買いました。新聞紙に包んでくれるだけなので、そのままスーツケースに入れて帰って来たら、持ち物全てがスパイシーな香りになってしまいました(笑)

そして犬!インド中どこも同じらしいのですが、野良犬の多いこと多いこと。
国内線で飛んだバグドグラの空港からシッキムに向かう道すがらは野良犬だけでなく、野良牛、野良ヤギ、野良ニワトリ、山の方には野良?猿も。クラクションけたたましい道路の真ん中を牛がのったりくったり歩いている風景は日本人にはとても非日常でした。
不思議なことに猫はたった3回しか見かけず。

あと子供達、小学校から制服らしくて、制服姿が可愛い。
スクールバスや相乗り契約タクシーで通う子供が多いようです。
インドの人口は綺麗なピラミッドを描いているそうで、経済は高度成長期。
21世紀はインド、中国の時代になることは間違いないことを短期間の旅行でも実感しました。
ガントクの街の広場で夜演説集会が行われていて、ガイドさんによると「インドをキレイにしよう」キャンペーン集会だそうです。恐ろしい交通事情も、そこら中に「Safety Drive!Safety Life!」というステッカーや看板が立っているので、安全に関しても意識が上がっているのかもしれません。IT技術の進んでいる国ですし、10年後に行ったら、別世界になっているのかもしれません。
人口が多くて、高度経済成長真っ最中のインド。その熱気がエネルギーとなって渦巻いている印象です。

インド、すっごく気に入りました。また行きたい。
私の旺盛な食欲をみたインドに住んでいた人から、トントンさんは南インドかスリランカが絶対気に入りますよ、と言われたので、ぜひ行ってみたいです。食べ物がもっと美味しくて、治安も良く、人々が北よりも優しくて素朴なんだそう。
ツアーメンバーにはインド10回以上というおばちゃんが居て、どこがそんなに気に入ったんですか?と聞いたら、自分でもよく分からないと言ってました。とても食の細い方で、毎回お腹を壊すそうで、インド人のキャラクターがそれほど気に入ってるわけでもなく、本当に自分でもなぜこれほど惹かれてしまうのか分からないそうです。
確かにすごく人々が親切ってわけでもなく、トイレと都会の空気と道路事情は最悪、すごく快適とは言い難い。
私も日本に帰って来て成田でトイレに入った時、なんて日本て快適な国だろうと感激しました。
不思議な国、インド。多くの人々が魅せられるのも、ちょっとだけ分かった気がします。

散々食べ物が美味しいと言っていながら、食べるのに夢中で写真取るの忘れました(;^_^
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ガントクの街ガンジー像&パイナップルを切ってもらった露天。中央の実は向こうの人が食後に噛むそうですが想像絶する不味さとか!試してみようと思ったら止められてしまった。

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日本では手に入らないシッキム茶の畑、あちこちで秋咲き桜がきれいでした
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チベット仏教僧院が多い。小僧さんたち。私の自撮り棒に興味を持って寄って来た小僧さんと写真も撮りました。

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野良牛&野良ワンコ  野良犬は様々な予防接種をしていないため、平均寿命は4年ほどかと想像します(涙) 野良牛は持ち主がいる牛も多く、放し飼いで残飯を漁っているそうです。

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このスパイス屋さんで適当にブレンドしてもらってスパイスを買いました。当分実験料理が続きそう(笑)
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乾物屋さん
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八百屋さん、ミニトマトみたいなやつは激辛唐辛子

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観光の中心はダージリンですが、もう少し標高の低いアッサム茶の畑にも寄りました。観光客は来ない場所だったため「そんなにジロジロ見てられたら仕事にならないわ〜」(ガイドさん訳)とお姉さんたちは言ってるそうです。
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世界遺産トイトレイン(ヒマラヤダージリン鉄道)蒸気機関車の方に乗りました。バラバラと灰が落ちて来て肺に悪そう(汗)
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タイガーヒル(2590m)から朝日とカンチェンジュンガ(8,586m)を眺めるのですが、これは7年前地震で崩れた展望台。リフォーム中のようですが、鉄骨やらガレキやらゴロゴロしてて危ないのに、封鎖されおらず、みんな(私も)ここに登って見ました。
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パーフェクトな朝日でした。本当に美しい。
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朝日を浴びるカンチェンジュンガ。この山の西にチョモランマ(エベレスト)も見えました。


ご近所に頼んでOKなのは?

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03 /05 2018
先日の記事「幸せなひとりぼっち」の感想のところで書いたエピソードに関してです。
休日の夕飯時、お刺身をいただきま〜す、というタイミングでお醤油を切らしてることに気がつきました。
そこで「お向かいさんにお醤油をおすそ分けしてもらおう」とした私に対し、夫が非常識だと言ってコンビニまで買いに行った話を書きました。
これに対し、リアル友達でこのブログの存在を知っている数少ない友人Tちゃんが、「醤油をいきなりもらいに行くのは、ない」と感想を話しました。
私が子どもの頃ですから、相当昔のことですが、
近所に色々商店はありましたが、閉まる時間も早く、夜になって切らしていることに気がついた母は私に入れものを持たせ、よくご近所に行かせました。
「醤油」「小麦粉」「砂糖」ずいぶんいろんなものを、お隣さんやお向かいさんに「すみません、〇〇貸してください」といったものでした。
「ください」ではなく、なぜか「貸してください」と言われた通りに伝えていましたが、母が返したかどうかは知りません。
そこで嫌な顔をされた記憶は一切なく、それどころか、お菓子のおまけをもらったり、みんなニコニコして分けてくれた記憶があり、私にとってそれはごく普通のことという感覚でした。
しかし学生の頃、友達の家で「じゃ、ご近所に分けてもらったら」と言ったら、一体どこのド田舎で育ったのか?とみんなに驚かれたことがあります。幼稚園に行かなかったこともあり、とんでもない山奥で育ったのか?と言われたこともあります。
でもごく普通の首都圏の住宅地で、近所も越してきた住民ばかりで、地元民は農家の人くらいでした。
だからこの習慣は東京の下町育ちの母の感覚だったのだと思います。

友人と年取って一人暮らしになった場合、どこまでがご近所づきあいにおいて常識か?という話題になりました。
自分では全く OK なことが他の人では、とんでもなく非常識ってこともあります。
そこで今時の(都市部の)ご近所付き合いのボーダーライン?を考えてみました。

選択肢は以下の3点です。
①はいったように私の経験で、②は友人Tちゃんが実際ご近所さんと協定を結んでいるそうです。③はTちゃんの知り合いのお宅で実際にあった出来事です。
なお、ご近所とはごく普通に、にこやかに挨拶する程度の付き合いで、個人的な付き合いはないものとします。

①夕飯時、お刺身を食べようと思ったら、醤油がない!
 コンビニはちょっと遠くて面倒。その時あなたは?
 ご近所に空き瓶持って「すみませんお醤油を少しいただけませんか?」

②一人暮らしで背中の筋肉を痛めた。
 サロンパスを貼りたいけれど、どうやっても背中に手が届かない。
 ご近所さんにピンポン。
 「すみません、これ背中に貼ってもらえませんか?」と玄関先で背中を出す。

③お葬式に行くのに、ワンピース型の喪服を着るが、どうやっても背中のファスナーに手が届かない。
 ご近所さんにピンポン。
 奥さんがお留守だけど仕方ない。出てきたご主人に
 「すみません、背中のファスナーを上げてください」と背中を向ける。

以上です。

私は①と③はあまり考えずにやってしまいそうな気がする。
②は少なくとも男性には頼まないと思う。喪服のファスナーも男性に頼むのはちょっと気がひけるけれど、まあ普通の服ではないので相手も察してくれるだろうと思います。

先日遊びに来た「繊細にして鈍感な」友、Mさんにこの3択を出したところ、生真面目な彼女、大真面目で考えていました。
結果は、
①刺身は塩で食べる。やらない。
②は我慢する。よっぽど親しくないと無理。
③夏以外なら上着で隠してファスナー開けたまま出かける。しかし夏だったら、仕方ない。近所に頼むとのことでした。

また③は3〜40代がやると問題ですが、60才以上ならあり、との答えでした。
確かに他の服ならファスナーのない服にすればいいだけですが、喪服という特別な事情のため、たいていの人は事情を汲んでくれそうな気がします。

ということで、
「ご近所に頼んでも非常識じゃないのは?」の結果は!?
♪パンパカパ〜ん♪
「喪服のファスナーを上げる」 でした!   
(注:たった3人の集計です。実行するにあたり、当ブログは一切の責任を負いません・笑)

ちなみにこれは、Tちゃんの知り合いのお宅で本当にあった話だそうで、
老夫婦が暮らす家の旦那さんしかいないところに、突然隣の家の未亡人がピンポーンとやって来て、
「すみません、ファスナーをあげてください」
と頼んだという話です。

その時、頼まれた旦那さんは少しもひるまず
「ファスナーは……下ろす方が得意なんだけどなあ」と言った。
というのは彼女の付け加えたフィクションです(笑)


ご近所付き合いとは別に、最近よく赤の他人にする頼み事があります。
認知症の母と病院などに出かけた帰り、大抵母が疲れたと言い出すので、喫茶店(ドトールとか)に入ります。その間に私は食料品などの買い物を急いでします。しかし一人残した母が自分がなぜここにいるのか忘れて、勝手にどこかに行かれるのは困る。そこで店員さんからよく見えるところに席を取り、私が帰ってくるまで絶対勝手に出て行かないように言い聞かせます。
そして店員さんに、「あのおばあさんが一人で外に出て行きそうになったら、阻止してくれ」と頼むのです。
するとみなさん、すぐに察知して「分かりました」とニッコリ承諾してくれます。
見た目的にはボケてるように見えない母ですが、その辺すぐに察知してくれるのは高齢化社会のせいでしょう。


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tonton

映画と本の備忘録。…のつもりがブログを始めて1年目、偶然の事故から「肺がん」発覚。
カテゴリに「闘病記」も加わりました。